新たな欧州を待つ試練 英、EU離脱から1年

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『2020年1月31日に英国が欧州連合(EU)から離脱して丸1年が過ぎた。なんとか自由貿易協定(FTA)で合意したものの、EUの単一市場から抜けた弊害は少なくない。欧州統合の逆回転は企業や消費者に様々な制約をもたらす。

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英国では既に物流の混乱が起きたと報じられており、円滑な貿易を実現できるかには不安も残る。

英・EUは関税ゼロの貿易には合意したが、双方の港町では行き来するトラックの積み荷や書類の検査が始まった。フランスはこの日に備え、2018~20年に7千万ユーロ(約89億円)を検疫施設の建設、駐車場の整備などに投じてきた。

ただ報道によると英領北アイルランドでは、一部のスーパーマーケットで食料品が入荷できない事態が起きた。通関に起因する鮮度の低下を懸念し、フランスやスペインでは英産の食材の入荷を止める飲食店もある。仏税関トップのイザベル・ブロヌルメール氏は「今後物流がどう変わるかは予想しにくい」と語る。

英・EUの合意には、トヨタ自動車や日産自動車など英国で自動車をつくる企業などに配慮した規則も設けられた。通常、英・EUを行き来する物品が関税ゼロの適用を受けるには「原産地規則」を満たす必要がある。自動車などの工業製品の場合、もし域外から輸入する原材料の比率が大きい場合は無関税の対象から外れる。

だが今回、21年末まではすべてのモノの貿易について規則を満たした原産品であることを証明する「サプライヤー宣誓書」の取得が猶予される。

英・EU製以外の部品の比率が45%を超えた乗用車は最大10%の関税がかかるが、電気自動車(EV)やハイブリッド車などは基準を2026年末まで緩める。電池などの基幹部品を日本や中国・韓国などから輸入することが多いためだ。

こうした激変緩和措置はあるが、手続きの煩雑化は避けられない。英欧に拠点を構え両方を市場とする企業は販売、生産、サプライチェーン戦略の再構築を迫られる。

金融 市場分裂でコスト高
英国はEU加盟国向けの金融サービスを自由に展開できなくなった。EU共通の金融免許の枠組みである「単一パスポート制度」を外れたからだ。金融各社は対EUサービスの新たな拠点として、独フランクフルトや仏パリなどの拡充を前もって進めてきた。圧倒的な欧州金融センターとして君臨してきたロンドンの足元は揺らいでいる。

「少なくとも1700億ユーロ(約21兆3千億円)の資産がフランスに移った。移転は21年中にもっと進み、加速するはずだ」。フランス銀行(中央銀行)のビルロワドガロー総裁は1月19日の講演で、英国からの金融機能の移転ぶりを強調した。20年末までに2500人近い人員も移ったといい、金融業を飛躍させる「機会」と意気込む。

単一パスポートの失効は既定路線だった。英・EUは規制水準の共有を確認する「同等性評価」により、相互にサービスを維持できる枠組みをめざしてきた。だがEU側は移行期間終了までに承認を出さなかった。「EUの利益になるなら同等性を検討する」(欧州委員会)との立場で、結論を急がない構えだ。

英国にとってEU離脱は、大陸の規制から解放されて金融行政の裁量を手にする機会でもある。

1月上旬、英議会下院の公聴会に出席した英イングランド銀行(中央銀行)のベイリー総裁は「ルールテイカー(規制の受容者)にならないことを強く推奨する」と語った。英金融界にはもともと欧州の金融規制づくりを主導してきたのは自分たちだとの思いもあり、市場アクセスの確保のためにEUに対して安易に妥協するつもりはない。

金融機関にとっては英国と大陸側の双方に拠点が必要となりコスト高につながる。英・EUは3月末までに金融分野の協力について合意を目指しているが、どこまで歩み寄れるかは不透明だ。欧州内での金融機能の分裂は今後も進む可能性が高い。

就労 人材確保にビザの壁
就労のハードルも高くなった。「ヒトの移動の自由」を保障しているEUでは、加盟国の市民が域内で自由に就労できることが大きな利点だが、英・EUで働くにはそれぞれ査証(ビザ)が必要になる。

英国は就労目的の外国人に対しポイント制の新規則を導入した。「英語が話せる」「雇用契約を得ている」など一定の基準を満たした労働者だけにビザの発給を認める。年収は原則、2万5600ポンド(約365万円)以上が求められる。

新規則は単純労働者を減らす狙いがある。EU離脱のきっかけとなったのは、東欧などから高い賃金を求めて英国に渡る人が急増し、一部の英国民の間で「移民に職を奪われる」といった不満が芽生えたことだ。こうした移民の多くは建設や農業、介護など英国民が敬遠しがちな産業で働く。英経済を下支えしているだけに、規則の厳格化によって貴重な労働力を失うと懸念する声もある。

高度な知識が求められる医師など専門資格を持つ人も影響は避けられない。EUには職業資格を相互承認するルールがあるため、加盟国で得た資格は原則として域内で通用する。しかし、英国がEUを離脱したことで、例えば、英国で資格を得た弁護士はEUでサービスを提供するハードルが格段に高くなった。熟練技能者の自由な活動が難しくなり、英・EUの双方の競争力が低下する懸念も強い。

スペインやイタリアなど南欧で自由気ままに休暇を過ごす――。こんな英国民は少なくないが、今後はバカンスにも制約が出る。EU市民は英国に最大6カ月まではビザなしで滞在が認められるが、英国民がEUを旅行できるのは、180日間の期間内で最大90日間になった。EU市民が適用になる共通の健康保険も対象外となるため、海外旅行保険にも加入しなければならない。ペットを連れていくのにも予防接種などが求められる。

3争点、なお火種 「公正な競争」「紛争解決」「漁業権」
英国とEUの交渉で最後まで対立したのが、「公正な競争環境の確保」「紛争解決」「漁業権」の3点だった。お互いが一定の譲歩をする形でいったんはまとまったが、漁業の現場では不満も強く、今後の火種になる可能性もある。

EU側は政府補助金や雇用制度、環境規制などの産業政策でEUルールに準拠することを求め、英国は主権が回復できないとして反発してきた。合意では双方が政府補助金を独自に決められ、紛争解決ではEUの最高裁判所にあたる欧州司法裁判所は関与しないこととなった。EU側が一定の譲歩をした形だ。

英国側が譲歩したのが漁業だ。英国はEUに漁獲量の割り当ての80%を手放すことを求めてきたが、25%減で折り合った。5年半の激変緩和期間後は漁獲量を毎年交渉する。どちらかが漁業権の行使を「不当」と評価すれば、海域へのアクセス中断や水産物以外のモノにも関税をかけられる。

英水産物の輸出の約7割はEUへ輸出される。英側が漁獲量を大幅に増やしたり、英海域を独占しようとしたりすればEU側が報復に踏み切る可能性がある。

漁業関係者の大半は2016年の国民投票で離脱を支持したが、合意内容に対し漁業団体からは「ひどく失望した」との声が出た。通関手続きや動植物検査などで輸出が滞り、損害が生じる皮肉な結果となっている。

英北部スコットランドの海産物輸出業者らがロンドンの政府庁舎近くでデモを行うなど政権批判も強まる。政府は水産業界に対して2300万ポンド(約32億円)の補償金を打ち出す事態に追い込まれている。

パリ=白石透冴、ロンドン=篠崎健太、今出川リアノン、佐竹実、ウィーン=細川倫太郎、フランクフルト=深尾幸生が担当しました。