バイデン米政権が探る新たな「アジア・リバランス」

バイデン米政権が探る新たな「アジア・リバランス」
アジア総局長 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGS241QO0U1A120C2000000

※ 『シンガポールのキショール・マブバニ元国連大使は、そのさじ加減についてこう論じている。

「オバマ政権の対中政策が60%の協力と40%の競争、トランプ政権が10%の協力と90%の競争だったとしたら、バイデン政権は40%の協力と60%の競争を目指せる。ただし単独では無理。アジアの協力が必要だ」』という部分が、ポイントか…。

『トランプ前大統領の扇動が招いた米連邦議会占拠事件の衝撃が冷めやらぬなか、1月20日に就任したバイデン新大統領。民主主義や人種差別、貧富の格差など国内問題に焦点を当てた就任演説が、ようやく対外関係に触れたのは、終盤に差し掛かってからだった。

「同盟関係を修復し、もう1度世界に関与していく」。第2次世界大戦後、自由主義陣営の盟主として時に行き過ぎとも思える介入姿勢を是としてきた超大国の指導者があえて口…

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り2614文字

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

有料登録する
https://www.nikkei.com/r123/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOGN16C7X016122020000000&n_cid=DSPRM1AR08

無料登録する
https://www.nikkei.com/r123/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOGN16C7X016122020000000&n_cid=DSPRM1AR08#free

ログインする
https://www.nikkei.com/login

第2次世界大戦後、自由主義陣営の盟主として時に行き過ぎとも思える介入姿勢を是としてきた超大国の指導者があえて口にした決意を、アジアはどう受け止めたのか。

「国際問題はほとんど語らず、中国についても触れなかった。米国内の問題の多くを外部要因のせいにした前任者より、はるかに合理的だ」。こう論評した中国共産党系の環球時報は「中米が互いのやるべきことに集中し、争いをやめれば、すでにある関係を元に前進するだろう」と付け加えた。

かつて中国がオバマ政権へ提案した「新型大国関係」を想起させる指摘はしかし、希望的な見方にすぎなさそうだ。ブリンケン次期国務長官は上院の公聴会で、中国に関して「最重要課題であり、強い立場で向き合う。トランプ氏の手法には多くの点で賛成しないが(対中強硬姿勢という)基本原則は正しかった」と発言した。就任式には台湾の駐米代表が1979年の断交以来、初めて招待された。前政権より分別はあるにしても、対決路線は踏襲するということだ。

東南アジア諸国連合(ASEAN)の見方はどうか。ISEASユソフ・イシャク研究所(シンガポール)のマルコム・クック氏とイアン・ストレイ氏は、最近の共同論文でこう分析している。

「東南アジアは米中関係の悪化や(どちらの側につくかという)潜在的な選択圧力に悩まされてきた。とはいっても、弱腰で効果のないオバマ政権期の対中姿勢に戻ってほしくはない。彼らが求めるのは、中国に敵対しすぎる米国でも、融和的すぎる米国でもない」

インド太平洋調整官に起用されたキャンベル氏(右)は民主党きってのアジア通だ(国務次官補だった2012年5月、当時のASEAN議長国カンボジアの副首相との会談)=ロイター
その意味で、アジアの注目は、8年ぶりに米の地域外交の最前線に復帰する男に集まる。国家安全保障会議(NSC)内の新設ポスト「インド太平洋調整官」に就くカート・キャンベル氏(64)である。

キャンベル氏はかつてクリントン政権で国防次官補、オバマ政権では国務次官補を歴任した。いずれもアジア太平洋地域を担当し、民主党きってのアジア通とされる。もとは海軍出身だが、クリントン氏の妻ヒラリー氏がオバマ政権で国務長官に就く際、自らの懐刀として起用した。オバマ政権の副大統領だったバイデン氏によって三たび政権中枢に呼び戻された。

オバマ政権期の外交政策は就任3年目の2011年11月、オーストラリア連邦議会での演説で表明した「アジア・リバランス(再均衡)」に象徴される。米国を「太平洋国家」と定義し、対外政策の重心をそれまでの中東からアジアへ移すと宣言した。急速に台頭していた中国を軍事的にけん制しつつ、米国主導で地域秩序を作り直し、アジアの活力を自国の経済成長につなげる狙いがあった。

キャンベル氏はヒラリー氏と二人三脚で同政策を立案し、豪での大統領演説に至る地ならしをした。ヒラリー氏は就任早々の09年2月、米国務長官としてはほぼ半世紀ぶりに初外遊先にアジアを選び、その後も積極的に訪問を重ねた。4年間の在任中、アジア歴訪は延べ60カ国余に上り、外遊全体の4分の1以上を占めたという。

2011年、オバマ大統領は豪連邦議会での演説で「アジア・リバランス政策」を表明した=ロイター
アジア・リバランス政策のもと、オバマ政権の1期目の米国は、ロシアと同時に東アジア首脳会議の正式メンバーとなった。12年には民政移管したばかりのミャンマーを現職の米大統領として初めて訪問するなど、一定の成果を挙げた。しかし、13年からの政権2期目は国務長官がジョン・ケリー氏に交代し、キャンベル氏も退任すると、対アジア政策は尻すぼみとなっていく。

イラン核問題やシリア内戦、欧州への難民問題への対応に追い立てられ、ケリー氏の訪問先は欧州が中心となった。中国が12年に南シナ海のスカボロー礁の実効支配を確立し、その後も軍事施設の建設など海洋進出を加速したのに、止めることができなかった。

15年から南シナ海へ艦船を派遣する「航行の自由作戦」を始めたが、後の祭り。ASEAN内に弱腰外交への不満は募り、後にトランプ政権の大統領補佐官となった対中強硬派のピーター・ナバロ氏から「小さなこん棒を持って大声を上げただけ」と酷評された。

再登板するキャンベル氏はアジア政策をどう描き直すのか。政権への起用が報じられる直前の1月12日、米外交誌「フォーリン・アフェアーズ」に発表した論文にこんなくだりがある。

「インド太平洋諸国は中国に対し自国の自立を守るため米国に助けを求めているが、アジアの活力ある未来から北京を排除することは、現実的でも得策でもないと分かっている。(中略)よりよい解決策は、米国とそのパートナーたちが、競争はあっても平和的な地域こそが利益を生むのだと、中国を説得することであろう」

とはいえ、キャンベル氏が不在だったこの8年間で、米国の衰退と中国の台頭はさらに進み、新型コロナウイルスの感染拡大がそれに拍車をかけた。オバマ政権の頃の対中政策にはもう戻れない。キャンベル氏が挑むのは、新たなリバランスの模索にほかならない。

シンガポールのキショール・マブバニ元国連大使は、そのさじ加減についてこう論じている。

「オバマ政権の対中政策が60%の協力と40%の競争、トランプ政権が10%の協力と90%の競争だったとしたら、バイデン政権は40%の協力と60%の競争を目指せる。ただし単独では無理。アジアの協力が必要だ」

バイデン氏は副大統領時代の2011年8月、北京を訪れて当時の国家副主席だった習近平氏と会談した=ロイター
バイデン氏が就任演説で言及した関与政策とは、「米国第一」といった独善に基づく単独行動で中国の封じ込めを狙うのではなく、多国間の合意形成をよりどころに中国の覇権主義を阻止し、地域秩序にからめ取っていく方針を指しているのだろう。

だとすればそれは「失われた8年」の間に薄れたASEANからの信頼回復が大前提になる。トランプ政権が一方的に離脱した環太平洋経済連携協定(TPP)への復帰や、全く無関心だった東アジアの地域的な包括的経済連携(RCEP)への参加検討は、米国内の状況を考えればハードルが高い。

まずは、長く空席のままになっている駐ジャカルタのASEAN大使の早期任命や、トランプ氏がほとんど姿を見せなかった東アジア首脳会議へのバイデン氏自身の出席などASEAN主導の一連の国際会議への協力に前向きな姿勢を示すことが、現実的なリトマス試験紙になるはずだ。

=随時掲載

高橋徹(たかはし・とおる) 1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、ゼネコン・不動産、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010年から5年間、バンコク支局長を務めた。アジア・エディターを経て、19年4月からアジア総局長として再びバンコクに駐在。論説委員を兼務している。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。