RCEP、TPPと対立せず 新局面の通商政策

RCEP、TPPと対立せず 新局面の通商政策
大庭三枝 神奈川大学教授
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO68333030Q1A120C2KE8000

『ポイント
○投資や知財など共通ルールの策定が核に
○中国が自らを縛る規定に加わるのも重要
○持続可能な発展目指す共通ルールも必要
2020年11月、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国および日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの15カ国により署名された。世界の国内総生産(GDP)、貿易および人口規模の約3割を占める巨大な経済圏の誕生だ。

インドも含め…

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り2655文字

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

有料登録する
https://www.nikkei.com/r123/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOGN16C7X016122020000000&n_cid=DSPRM1AR08

無料登録する
https://www.nikkei.com/r123/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOGN16C7X016122020000000&n_cid=DSPRM1AR08#free

ログインする
https://www.nikkei.com/login

インドも含めた16カ国で交渉開始が宣言されたのは12年11月。各国の間で交錯する利害を調整するのは容易でなく、交渉期限は何度も先送りされた。インドは最終的に参加を見送った。こうした曲折を経て、何とか交渉合意にこぎ着けた。

10年代を通じ、米中のパワーバランスの変化に伴う地域環境の変化に加え、米トランプ政権が打ち出した対決的な通商政策に代表されるような世界的な保護主義的風潮の強まりの中で、アジア地域秩序の見通しは不透明感を増している。RCEP交渉合意は、不安定な状況を受けての各国のリスクヘッジ(回避)の表れであり、また揺らぎつつある自由で開かれた国際経済秩序を維持し、さらに発展させるという東アジア諸国の姿勢の表明でもある。

◇   ◇

RCEPの成果として関心が集中するきらいがあるのが物品貿易の段階的関税撤廃だ。だが今後の地域統合や国際経済秩序にとって一層重要なのは、国境を越えるサプライチェーン(供給網)の展開がけん引する「21世紀型貿易」をRCEPにより促進することで、経済発展を加速するための共通のルール構築を一定程度成功させたという点だ。

国境を越えるサプライチェーンの拡大・深化により発展を遂げた東アジアが一層発展するには、モノ、ヒト、アイデア、投資の双方向の円滑な流れをこれまで以上の水準で保証する国際ルールが必要となる。RCEP参加各国の当局がそうした認識を一定程度共有していたからこそ、RCEP交渉は妥結に至ったのだ。

よって関税撤廃以上に動的な効果をもたらす共通ルールの策定がRCEPの核となる。特に原産地規則、サービス、投資、知的財産権の各章での規定が、現行のASEAN+1の自由貿易協定(FTA)や世界貿易機関(WTO)の貿易関連投資措置協定(TRIMs)、知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPs)といった現行の各分野の協定で取り決められた以上の水準で設けられたことに注目すべきだ(表参照)。

また電子商取引の章で、公共の政策上および安全保障上の理由で制限を課すことを妨げないという条件付きながら、国内のサーバー設置を義務づけるデータローカライゼーションの禁止規定や電子情報の越境を妨げないデータフリーフローに関する規定が盛り込まれた。デジタル経済が拡大し、デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速が見込まれる中でこの規定が設けられた意義は大きい。

15カ国の経済規模や発展程度には大きな差があり、交渉過程では様々な利害対立が顕在化した。そして各国が協定内容を順守するまでの移行期間が設けられるなどの配慮もなされた。また物品貿易の自由化度やルール水準は、18年12月に米国抜きで発効した環太平洋経済連携協定(TPP11)よりも低くなっている。

それでも、多様な東アジア諸国が経済活動に関わる国際ルールの一定の共有を実現させたことは、地域の経済秩序のあり方を今後大きく規定するだろう。RCEPは合同委員会の開催や事務局の設置といった規定を設けており、今後一層の制度化も見込まれる。

RCEPを中国主導の枠組みとみるのは、投資や電子商取引などで中国を縛るルールが構築された点からも単純すぎる見方だ。むしろ00年代を通じASEANが域外国それぞれと構築してきたASEAN+1のFTAを下敷きにした、ASEAN中心の広域経済統合を目指す枠組みである点がもっと留意されるべきだ。

かねてASEANは、サプライチェーン強じん化を含む東南アジア・東アジア全体の連結性強化により発展を目指す方向性を打ち出している。新型コロナで打撃を受けた経済の回復と発展のための方策として、その重要性がより強調されている。さらにRCEPが中国、韓国、日本が参加する初の地域貿易協定(RTA)であること、またそれがASEANという結節点の存在により初めて実現したことも重要な意味を持つ。

TPPとRCEPをことさら対立させて語るのも、広域地域経済統合の本質を見誤る。保護主義的風潮への異議申し立てと自由で開かれた国際経済秩序の維持・強化、サプライチェーンの深化・拡大という基本線はRCEPもTPPも共有している。将来にはTPPとRCEPが基礎となり、アジア太平洋全体の地域統合を目指すアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)が実現するかもしれない。

◇   ◇

もちろん、どの国が地域経済統合で中心的な役割を担うのかといった地政学的な競争とRCEPは無縁でない。中国・ASEAN間貿易や中国からの投資の拡大傾向は続き、広域経済圏構想「一帯一路」の求心力もあいまって、中国経済の存在感は増大しつつある。

重要なのは、中国が短期的には自国経済にとって必ずしもプラスにならず、また自国の経済活動に一定の規律を課すルール策定に参加した事実の重みだ。自由で開かれた経済秩序の枠外にある中国よりも、国際秩序のルール順守を主張しつつ発展を目指す中国の方が手ごわい。習近平(シー・ジンピン)国家主席のTPP参加可能性への言及の真の意図は明らかでないが、RCEP参加の事実を考慮に入れたうえで、今後の出方を注視する必要がある。

おおば・みえ 68年生まれ。東京大博士(学術)。専門は国際関係論、アジアの地域主義・地域統合
日本など他のRCEPメンバーは、中国の経済的プレゼンス拡大は不可避であることを前提としつつ、RCEPの活用を通じてASEAN後発国も含めたすべての国の経済主体のサプライチェーンへの参入を一層促すことで、域内全体の発展を目指すべきだろう。

拡大する中国経済のプレゼンスとバランスをとる観点からインドの加盟が期待されるのも理解できる。だがインドの参加には、保護主義を排し国内での様々な規制撤廃に踏み切り、国境を越えたサプライチェーンへの参入度合いを高めることが自国の発展を促すための最適の選択というビジョンをインドの当局者が共有することが前提となろう。

市場原理にけん引された国境を越えたサプライチェーンの拡大は、そこに参入できた経済主体や地域とそうでない経済主体や地域との間の格差を生み、また環境をはじめとする公共の利益を損なう事態も引き起こしかねない。こうした課題に対処するため、RCEPは公正かつ持続可能な発展を実現するための共通ルールも設けることが肝要だ。

RCEPは中小企業の章を設けるなど、こうした課題への問題意識はうかがえるが、TPPにはある労働、環境の章は存在しない。日本は公正かつ持続可能な発展のためのこうした新たな規定をRCEPに加え、その内容をより一層充実させる試みに尽力すべきだ。