韓国タンカーの拿捕、にじむイランの苦悩

韓国タンカーの拿捕、にじむイランの苦悩
編集委員 松尾博文
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH121DI0S1A110C2000000

 ※ 「情報と国家」…。

 ※ どうやって「情報」を、いち早く掴むのか…。そして、掴んだ「情報」を、どのように使うのか…。

 ※ そこが「国家の死命を制する」のは、昔も今も変わらない…。

『イラン革命防衛隊が4日、中東ホルムズ海峡付近を航行中の韓国船籍のタンカーを拿捕(だほ)した。ペルシャ湾の入り口に位置するホルムズ海峡はエネルギー輸送の動脈だ。ここで起きた拘束劇は、中東に原油輸入を依存する日本にとっても人ごとではない。韓国船はなぜ拘束されたのか。目をこらすと、米国による長い制裁下にあるイランの苦悩といらだちが見えてくる。

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・タンカーは石油化学品のメタノールを積み、サウジアラビアからアラブ首長国連邦(UAE)に向かっていたところを拿捕された。船は20人の船員らとともにイランのバンダルアバス港に移された。

・ホルムズ海峡はもっとも狭いところで幅33キロメートル。ここを毎日、世界の石油消費の2割近い1700万バレルを積んだタンカーが行き交う。日本に届く原油の8割もこの狭い海峡を抜けてくる。

・ホルムズ海峡付近ではここ数年、船舶を狙う攻撃などが相次いでいる。日本郵船や商船三井は2019年から同地域を航行中の船舶に保安体制の強化を指示している。それでも今回はイランが韓国船を狙い撃ちにしたと考えるのが自然だ。

・原因とされるのは、米国の対イラン制裁に伴い、韓国の銀行口座から送金できなくなった70億ドル(約7200億円)のイラン資産だ。主に韓国がイランから輸入した原油などの代金とされる。この扱いをめぐり、両国は2年以上にわたって対立している。

テヘランを訪問した韓国外務省の崔鍾建(チェ・ジョンゴン)第1次官(左)と会談するイランのザリフ外相(11日)=WANA・ロイター

・18年にイラン核合意から一方的に離脱したトランプ米政権は、金融取引や原油売買の制限など対イラン制裁を復活させた。イランと取引する外国企業も2次制裁の対象になる。イランから原油を買っていた日本も、国内の関連口座から代金を送れない。

・それでもイランの不満の矛先が日本でなく、韓国に向かういくつかの理由が浮上する。

・1つは韓国での凍結資産が日本よりもはるかに大きいことだ。ロイター通信は日本から動かせなくなっているイラン資産は15億ドル(約1540億円)と伝える。日本政府関係者は「韓国より1桁小さい」と言う。

・韓国は原油に加え、コンデンセート(超軽質原油)を多い時には日量30万バレル程度輸入していた。イランにとって最大の売り先だ。石油関係者によると、米国が18年の石油取引についての制裁を発動後、調達を停止したが、この代金が積み上がっていたという。

・加えて日本政府関係者は「米国が段階的に制裁を強化する過程で、日本は国内にあるイラン資産を合法的に決済に使う道を残したが、韓国は出遅れたようだ」と明かす。中国のイラン向け原油代金は韓国より大きいとみられるが、イラン外務省報道官は「中国にあるイラン資産はいつでも使える」と語る。インドは石油とインド産品とのバーター取引など金融決済を介在しない貿易維持を探った。相対的にイランは韓国の70億ドルを問題視するようになった。

イランのロウハニ大統領=ロイター

・金融決済の道が断たれたイランは輸入物資の入手が困難になった。なかでもコロナ禍の下で医薬品不足が深刻になっている。イランは韓国に繰り返し返還を要求した。ロウハニ大統領が文在寅(ムン・ジェイン)大統領へ2度にわたり〝督促状〟を送ったとの報道もある。両国間では制裁の対象にならない人道支援物資の取引などが動き出したものの、決定的な解決策は見いだせず、韓国政府高官が協議のためにイランを訪問する直前での拿捕だった。

・先鋭化する米国とイランの対立も影を落とす。慶応義塾大学の田中浩一郎教授は「イランにはセンチネル作戦にいち早く乗ろうとした韓国にいらだちがある」と指摘する。センチネル作戦とはホルムズ海峡の航行安全の確保を目的とするが、トランプ政権が主導する事実上の反イラン軍事同盟だ。イラン封じ込めへ有志連合の艦艇が民間船舶の護衛にあたるが、19年の活動開始時点での参加は米国、英国、オーストラリアなど7カ国にとどまる。韓国は正式に参加しないが、協力姿勢を示していた。

・韓国タンカーの拿捕が起きたのは、センチネル作戦の舞台であるホルムズ海峡だ。さらに事件が起きた1月4日は、20年1月3日に米軍が革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害してからほぼ1年のタイミングだ。

・同じ日、イランは米欧など6カ国と交わした核合意が定める上限を大きく超える20%のウラン濃縮に着手した。核爆弾の開発が加速しかねない危険な行動だ。

 2008年4月、イラン中部ナタンズのウラン濃縮施設を歩くアハマディネジャド大統領(中央、当時)ら(AP=共同)

・20日には米国でバイデン次期大統領が就任する。バイデン氏は核合意への復帰を示唆するが、イランによる合意が定める義務の履行を条件とする。流れに逆行するイランの行動はなぜなのか。

・田中教授は「イランには米大統領が誰であろうと、やるべきことはやるという強い姿勢を示すことが重要。加えて米国民の分断に直面するバイデン政権にとってイラン問題の優先順位は低い。取りかかるのは春以降、ひょっとすると夏になる。イランとしては、米制裁にとらわれることなく欧州諸国に核合意の履行を求め、バイデン政権が核合意へ早期に取り組むよう仕向ける狙いがある」と見る。

・しかし、核やホルムズ海峡をめぐる、一触即発の挑発は米国の反イラン意識を高め、イラン国内の強硬路線を一段と台頭させる悪循環に陥りかねない。21年6月の大統領選挙で任期満了となるロウハニ大統領にとって「危険な賭け」(田中教授)であるのは間違いない。

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