米欧同盟裂く「離間の計」、習近平軍団が仕掛けた心理戦

米欧同盟裂く「離間の計」、習近平軍団が仕掛けた心理戦
編集委員 中沢克二
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※ 読んでて、「面白い」が、そういう西暦200年代の「戦略」が、2020年代の今現在にもそのまま「通用する」ものなのかどうかが、根本的な疑問だ。

※ 妥当する策とは、その依って立つ基盤の「現実的な解析」の上に立脚するものだろう…。

※ そこがさっぱり語られないのでは、策の妥当性の判断も、つきかねる…。

『2020年12月30日夜、ほぼ全ての中国国内メディアは、中国・欧州連合(EU)投資協定の交渉妥結の速報を数億の市民が手にするスマートフォンに向けて流し続けた。6年にわたる交渉の節目にテレビ画面に現れたのは国家主席の習近平(シー・ジンピン)、EU議長国であるドイツの首相、メルケル、そしてフランス大統領のマクロンらだ。新型コロナウイルス禍を象徴するオンライン首脳会議の光景である。

中国のネット上で目立…

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・中国のネット上で目立つのは「経済上の利益より、中国の戦略的な勝利に意味がある」という反応である。まさに中国の古典、三国志演義などに繰り返し登場する典型的な「離間の計」。敵対する同盟の弱点を巧みに突く心理戦で、戦わずして漁夫の利を得る古来の計略である。この場合の三国(地域)は魏、呉、蜀ならぬ中国、欧州、米国だ。EUを構成する各国は、北大西洋条約機構(NATO)を通じて米国と同盟関係にある。

空白突いたバイデン次期政権への不意打ち

・間もなく発足する米国のバイデン次期政権は、トランプ時代にかつてないほど悪化した米欧関係を立て直す「同盟修復」を目指している。重要な目的の一つは対中政策での連携である。政治体制の異なる手ごわい中国を動かすには米欧の結束こそ肝要とみていた。

・バイデン次期政権で安全保障担当の大統領補佐官に就くジェイク・サリバンは20年12月22日、「バイデン‐ハリス(次期)政権は中国経済の慣行への共通の懸念について欧州のパートナーと早期に協議することを歓迎する」とツイッターで発信し、米欧協議前のEU・中国の早期妥結をけん制した。

・しかし既に後の祭り。直前、北京で重大な動きがあった。習近平軍団の現場部隊を率いる国務委員兼外相の王毅(ワン・イー)は中国駐在のEUと27構成国の大使らを集め、交渉妥結への強い意欲を伝えた。

訪日した中国の王毅国務委員兼外相(20年11月24日)=ロイター・共同

・そのころ欧州では中国がEUに無理な市場開放を要求したため交渉が行き詰まったとの報道が駆け巡っていた。異例の大使招集はこれを打ち消すとともに、譲歩の用意を示す儀式である。政治主導のトップダウン式交渉が透けて見える。中国は必死だったのだ。

・バイデン次期政権発足前という絶妙なタイミングで欧州と米国を隔てる大西洋に効果的な楔(くさび)が打ち込まれた。習近平軍団にとって久々の会心の得点だ。EUによると、中国は中国国有企業との公平な競争を確保する一定のルール導入に同意した。一方、EUは欧州の再生可能エネルギー市場への参入を一定の割合で中国側に認める方向だ。

・一見、中国の譲歩が目立つが、孤立回避という国際政治上の成果を総合的に考えれば、中国側の大勝利といえる。それは米国の政権交代に伴う政治的空白を突く形で成立した。米国メディアなどによる「中国の重要な地政学的勝利」といった論評にも複雑な感情がにじむ。

・くしくもEUは中国との妥結と同じ日、英国との間で自由貿易協定(FTA)などに署名し「完全離脱」に道が開かれた。もしも米国とのつながりが深い英国がEUから離脱していなければ、ドイツ首相のメルケルが大きな役割を果たした中国との早期の基本合意という結果は得られなかったかもしれない。

・メルケルは今秋の政界引退を表明している。中国との関係を重視してきたメルケルのドイツが議長国を務めていた昨年末までの妥結は、米国と対峙する習近平の中国にとって至上命題だった。

中国の習近平国家主席(右)と握手するドイツのメルケル首相(18年5月、北京)=ロイター

「西進政策」の起点はオバマ時代絡み

・皆、忘れているが、中国が欧州との関係強化を真剣に探り始めたのは、次期米大統領のバイデンが副大統領を務めていたオバマ政権の対中政策の変化に大いに関係している。代表例は、海と陸の両方で中国と欧州をつなぐ新シルクロード経済圏構想「一帯一路」だ。習近平がこの新世界戦略を大々的に発表したのは2013年の秋だった。

・東に進むのは小休止し、ひとまず西へ――。中国の実力を素直に認めない米オバマ政権に圧力をかけるため、まず西に巨費を投じて大経済圏をつくる。それが一帯一路だ。欧州まで続くユーラシア大陸、アフリカの40億人超の新経済圏への影響力を武器に米国へ再び挑む総合戦略が動き出した。

・セットで提唱されたのが、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)設立だ。習近平の外交戦略の要であるこれらは全てオバマ政権時代の米中関係の行き詰まりに由来している。

・中国の「西進政策」の効果は当初、目を見張るものがあった。AIIBの設立過程では15年3月、英国が主要7カ国(G7)で初めて参加を表明し、それに続く形で欧州各国の参加表明が相次いだ。フランスや、メルケルのドイツが追随するのはその後だ。オーストラリアも米国の反対を押し切ってAIIBに参加した。

・AIIBが設立された当時、中国と多くの国々の国際関係は今よりはるかに友好的だった。同盟国が続々と参加表明する「裏切り」を目の当たりにし、オバマ・バイデンの米政権の方が孤立を懸念せざるをえないほどだった。

・しかし、それはもはや過去の話だ。中国と多くの先進国との関係は冷え込んだ。インドとは領土紛争が激化し、45年ぶりに死者を出した。新型コロナウイルスの起源に関する国際的な独立調査を求めたオーストラリアとの関係は最悪だ。

・「言葉は悪いがカネで友情を買うのだ」。中国の対外戦略に詳しい清華大学教授の閻学通はかつて率直に説明していた。中国外交の本質を突く言説は興味深かった。これはNATO加盟国でも経済上の利益で中国の友人グループに組み込めるという自信でもあった。

・裏を返せば「金の切れ目は縁の切れ目」になる。AIIBの投融資額は思うように伸びていない。当初想定の半分以下である。昨今、AIIBが国際的な話題になることも少ない。中国マネーへの警戒感が広がり、対米関係も厳しい中国としては、なお成長する巨大市場の魅力を武器にした経済外交で事態を打開する必要に迫られていた。

・その中で中国・EU投資協定の妥結は久々に明るいニュースだ。実はこの投資協定の交渉開始もまたオバマ政権時代の米中関係の変化にまで遡る。西をめざす中国の経済安全保障の一環として14年初めに始まった6年に渡る交渉なのである。

 再び東に進む転進が招く摩擦

・それでも予断は禁物だ。協定の正式な調印、批准、そして発効まではなお曲折がありうる。まず問題になるのは、欧州議会の同意が必要なEU側の批准手続きだ。欧州議会では強制労働などウイグル族の人権問題や、香港への圧力を巡って中国政府への批判が強い。ウイグル族などをターゲットにした強制労働システムを非難する決議も採択している。これは強権的な姿勢が目立つ中国との関係強化に慎重な世論を反映している。民主主義の価値観を共有するEUだけに、当然の動きだ。

コロナ禍について発言するバイデン次期米大統領 (20年12月 29日)=ロイター

・中国は今回、大局を重んじて一定の譲歩に踏み切った。強制労働を禁じる国際労働機関(ILO)の関連条約の批准を目指すと約束したのである。とはいえ中国はウイグル族の強制労働問題の存在さえ認めていない。この意味では、EUとの約束が問題解決に資するものなのかさえ不透明だ。

・中国にとってEUとの投資協定は、米欧の間にある大西洋に楔を打ち込む「離間の計」だったが、今後は米中の間に横たわる広い太平洋を巡る権益争いが再び活発化する可能性がある。中国が東アジアの地域的な包括的経済連携(RCEP)に署名した後、習近平自ら環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を「積極的に考える」と表明したのはその兆しだ。

・これもまた米国不在の空白を突く心理戦の一種である。13年以来、西に進路を取ってきた中国が7年ぶりに転進し、太平洋に象徴される東をめざす。もしそうであればバイデン次期政権との新しい形の摩擦に発展する可能性もある。コロナ後の米中欧「三国志」からも目を離せない。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。