メルケル独首相、現実主義の功罪 対中接近に危うさ

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR2724U0X21C20A2000000

『【ベルリン=石川潤】ドイツの欧州連合(EU)議長国の任期が2020年12月末で終了した。EU議長国は各国が半年交代で持ち回るEUのかじ取り役だ。21年秋の政界引退を表明しているメルケル独首相は懸案だった新型コロナウイルスからの復興基金創設と英EU交渉をまとめ上げて自らの花道を飾ったが、年末ぎりぎりに大筋合意した中国との投資協定には実利優先の危うさもちらつく。

「EUと中国の関係には戦略的な意味があ…

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り1170文字

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!』

・「EUと中国の関係には戦略的な意味があり、それゆえ両国関係はドイツ議長国の重要事項の一つだ」。メルケル氏はこれまで6年以上交渉が続いたEUと中国の投資協定の締結に強い意欲をみせてきた。閉鎖的で技術の強制移転などの問題をはらむ中国市場に欧州企業は不満を募らせており、競争条件をそろえることが課題だった。

・メルケル氏にとって20年後半に回ってきたEU議長国は千載一遇の好機だった。9月のEU中国首脳のビデオ会議で年内合意という目標を確認すると、11月末には習近平(シー・ジンピン)国家主席に自ら電話で念を押した。

・30日の大筋合意は、欧州企業に中国市場をより広く開放するほか、中国政府による補助金の透明性を高め、技術の強制移転を禁じるという一見、バラ色の内容だ。欧州側の求めに応じ、中国は強制労働を禁じる国際労働機関(ILO)の関連条約の批准を目指すと約束した。

・ただ、EUの内外には冷ややかな声も残る。香港やウイグルの問題を抱える中国への接近は、人権軽視とも映りかねないためだ。欧州議会のビュティコファー議員は「欧州委員会は豚に口紅を塗ろうとしている」と指摘し、協定の実効性を疑問視する。中国が強制労働を禁じる方向に動くといっても、そもそもウイグル族の強制労働問題を認めていない中での効果には限界もある。

・さらに、米国の大統領交代のどさくさの対中接近は、米欧分断をはかる中国の術中にはまりかねない。米国のサリバン次期大統領補佐官(国家安全保障担当)は合意直前、ツイッターでEUの単独行動をけん制していた。

・それでもメルケル氏が動いたのは、中国が国際的に孤立して譲歩を引き出しやすい今がまたとない機会と映ったためだ。米国が独自に「第1段階の合意」を中国と結び、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)なども進むなか、欧州だけが人権問題にとらわれていては巨大市場をみすみす失いかねない。

・ドイツ政府は9月、中国依存を修正するため、価値観の近い日本などとの関係を重視するインド・太平洋外交の指針を閣議決定した。ただ、中国を切り捨てる意図はなく、対中関係を守りつつ、インド・太平洋にも手を伸ばすというのが真意に近い。

・理想主義者とみられがちなメルケル氏だが、実際は徹底した現実主義者だ。12月に国会で感情あらわにコロナ対策を訴えたのも、医療崩壊を回避させるという狙いがあってこそ。他国の借金の肩代わりしないという原則を棚上げして復興基金創設に動いたのも、欧州経済の回復が中長期的にドイツの利益になると見極めたからだ。

・現実主義は原理原則を持たないご都合主義と紙一重でもある。メルケル氏は中東欧諸国の反発を押し切って独ロのガスパイプライン計画を進め、次世代通信(5G)からの華為技術(ファーウェイ)排除にも消極的だった。実利さえ示せば原則は曲げられると強権国家に見透かされれば、将来に禍根を残す恐れもある。