デジタル人民元 「大陸国家」初の基軸通貨狙うか

デジタル人民元 「大陸国家」初の基軸通貨狙うか
編集委員 清水功哉
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『2020年10月26日 2:00 [有料会員限定]

「あれほど力を入れた報告書を出すほど、差し迫った話なのか」。日米欧の中央銀行グループが10月上旬、中銀デジタル通貨(CBDC)に関する報告書を出したことについて、ある日本の金融当局OBが漏らした感想だ。

確かに中銀デジタル通貨がすぐに日本で発行されることはないだろう。技術面などで詰めるべき点はなお少なくない。どの程度のニーズがあるのかという問題もある。ただ、中銀デジタル通貨は単にそうした点だけで論…

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・中銀デジタル通貨は単にそうした点だけで論じるべき話ではない。この分野で先行する中国への対抗という地政学的な意味も持つ話だからだ。

・そこで、本稿では、国家の地理的な条件に着目して国際情勢を分析する地政学の知見を踏まえつつ、中国が計画するデジタル人民元が持つ意味を考える。浮かび上がるのは、歴史的にシーパワー(海洋国家)優位だった通貨覇権の構図をデジタル人民元が崩すシナリオだ。ランドパワー(大陸国家)から初めて基軸通貨が生まれる可能性も意識されやすくなりそうだ。どういうことか。

・シーパワーやランドパワーは地政学の概念だ。前者は海で囲まれていたり、海に接する部分が多かったりする国。米国、英国、日本などだ。後者はユーラシア大陸の中国、ロシア、ドイツなど。以下では前者を海洋国家、後者を大陸国家と記すが、地政学には両者の対立を軸に国際情勢を見る視点がある。そして近代以降、強い経済的な覇権を確立し、世界で幅広く使われる通貨(基軸通貨)を握ったのは海洋国家の側だった。かつては英国、今は米国だ。

「海洋国家」優位だった従来の通貨覇権

・なぜ海洋国家が基軸通貨国となったのか。様々な理由があるだろうが、海を渡った活動により世界に張り巡らせた植民地や同盟国などのネットワークで貿易を活発化。自国通貨の利用を広げた面がありそうだ。

・自国通貨が貿易、投資、決済などで世界的に使われるようになると、様々なメリットを享受できる。貿易で為替変動リスクを気にしなくてすむ。対外赤字が膨らんだ場合の不安感も小さい。海外流出した自国通貨は投資の形で戻ってくる可能性が高いからだ。自らに脅威になる国があれば、決済をできなくする制裁もできる。こうした利点により、通貨覇権の裏付けとなる国力が一段と強まる好循環が起きる。

・もちろん、歴史を振り返ればロシアやドイツのように大陸国家の中にも大きな存在感を持った例はあった。だが基軸通貨を持つには至らなかった。独仏主導で導入した欧州単一通貨ユーロも大陸国家が基軸通貨を持とうと狙った例と言えるが、ドル覇権を揺るがす存在になっていない。貿易、投資、決済の国際的なネットワークづくりで大陸国家は見劣りする。

・そこに登場するのが中国のデジタル人民元だ。2022年までに発行する方針で、実証実験も始めている。日米欧をリードしているのは事実だろう。ただ、過去の法則を当てはめれば、大陸国家、中国が基軸通貨を持つのは難しいことになる。実際、現時点ではドルと比べた人民元の存在感はかなり小さい(グラフ参照)。

・だが、従来の「常識」はアナログ時代のものにすぎないかもしれない。デジタル通貨を手にした国家がどのような影響力を持つのか。明らかになっていない部分も多いのだ。

・ここで重要な意味を持つのは、デジタル技術に高い関心を持つ新興国の間で、この分野の研究・開発に力を入れる中国の影響力が高まっている点である。伊藤亜聖東大准教授は近著『デジタル化する新興国』(中公新書)で「デジタルの領域に目を向けた場合、新興国(あるいは第三世界)における中国の影響力は製造業や一般的なインフラ建設よりも強く現れる可能性がある」と指摘する。

中国はデジタル技術を武器に新興国に進出

・似たことは通貨にも言えそうだ。デジタル人民元は、「アナログ人民元」では見られなかったような新興国への普及を実現させる可能性がある。デジタル通貨は国民の経済活動を監視しやすく、権威主義的な政権が多い新興国には魅力的な面もあるかもしれない。中国と欧州をつなぐ巨大な経済圏をつくる「一帯一路」構想にそって、新興国を中心にデジタル人民元が行き渡るシナリオも絵空事とはいいにくい。デジタル人民元が基軸通貨になるかはともかく、「ドル通貨圏とは独立の通貨圏が形成される可能性は十分にある」(元財務官で現アジア開発銀行総裁の浅川雅嗣氏)。

・いずれにせよ、従来、国際的なネットワークづくりで海洋国家と比べて劣勢だった大陸国家の弱点をデジタル技術が補う可能性に注意が必要だ。一概には言えないが、海洋国家は外との交流を重視してきた「開かれた体質」により、自由貿易、市場経済、民主主義といった価値観との親和性が高かった印象があるのに対して、大陸国家には違った傾向もあるのではないか。権威主義的な政治体制を持ち、金融政策の独立性も低い中国が、デジタル通貨を武器に経済圏を形成・拡大するなら、日本の経済安全保障にいかなる意味を持つのか。こうした点に関する議論も深めるべきだろう。