「地中貯留」促進へ官民組織を 温暖化ガス実質ゼロの論点

「地中貯留」促進へ官民組織を 温暖化ガス実質ゼロの論点
茅陽一 東京大学名誉教授/山口光恒 地球環境産業技術研究機構参与
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO67697770V21C20A2KE8000

『ポイント
○30年間で実現可能なのか具体策の検討を
○化石燃料を相当利用するのは避けられず
○部門別技術別工程表と削減コストを示せ

2015年末に地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」で合意したのは、工業化以降の気温上昇を2度を十分下回る(努力目標は1.5度)幅にすることだった。18年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、1.5度の実現には、50年ごろまでに世界の温暖化ガス排出を実質ゼロにする必要…』

・以来、19年6月に英国が50年実質ゼロを法律で定め、欧州連合(EU)も20年3月に同様な法案を出している。中国は9月に60年実質ゼロを表明した。こうした中で菅義偉首相は10月26日に従来の50年80%削減を撤回し、50年実質ゼロを宣言した。政府はもとより、経済界でも動きが急である。二酸化炭素(CO2)の長期滞留性から、排出をゼロにしない限り気温は上昇を続けるため、筆者はかねて実質ゼロを主張している。しかし重要なのは、あと30年で可能なのか、その障害と解決策は、そしてコストの冷静な検討と開示の必要性である。

◇   ◇

・この観点で参考になるのが英国のシナリオだ。国内対策での基本は電化推進と脱炭素製法による水素利用、それに大量のCCS(化石燃料からの炭素を捕捉して地中に貯留する技術)とBECCS(CCS付きバイオエネルギー、これによりマイナス排出となる)の活用である。

・電化には発電部門の脱炭素化が必須で、50年には再生可能エネルギーと原子力で8割弱、化石燃料はCCS付き天然ガス2割強で発電部門からの排出をほぼゼロにする。建物の暖房と陸海運は電気と水素の組み合わせ、航空はバイオマス、産業は水素やCCSなどにより全部門での削減を目指す。それでも残る産業・運輸・農業部門などの排出は発電を中心にBECCSで相殺し、少量だが大気中のCO2を直接回収して地中に貯留する技術(DACS)、それに航空機旅行を控えるなど生活習慣の変化を組み合わせて実現するという内容である。

・このための分野別対策費用も公開し、全体としては国内総生産(GDP)の1~2%のコストとしている。筆者にはこのコストは楽観的に見えるが、特筆すべきはCCSとBECCSを主としたマイナス排出への依存が1.8億トン(17年排出量の36%)と極めて高い点である(図参照)。

・もう一つ参考になるのが国際エネルギー機関(IEA)のシナリオで、こちらは世界レベルで70年実質ゼロを基本としている。それ以降ゼロ排出を続けると、2100年の気温上昇は1.65~1.8度程度で収まるのでパリ協定の要件は十分満たす。IEAでは800の対策技術を詳細に検討した結果、目標達成に必要な削減量のうち4分の3は現在市場に出回っていない試作段階・実証実験段階にある新たな技術での削減が必要としている。削減の主な方策は省エネ、再エネのほか電化、CCS、水素などが挙げられている。

・では我が国はどうか。政府は50年ゼロを宣言したが、具体的に現在から50年までの移行シナリオは示していない。政府の成長戦略会議やイノベーション関連会議などの検討内容を見ると、電化+発電の脱炭素化、水素利用、カーボンリサイクル(CCU)などが取り上げられている。しかし水素は2次エネルギーであって、どのような1次エネルギーから作るかが問題だ。

・化石燃料火力から作る電力での電気分解や、化石燃料の改質で作るのだったら脱炭素にはならないし、CCUでは大気からの直接回収(DAC)や、バイオマス燃焼で排出されるCO2を利用しない限りCO2が大気に放出され、ゼロエミッションとはならない。電動車も脱炭素電力でなければ同様である。CCSとBECCSは触れられてはいるが強調されていない。

・だが現在の日本では、化石燃料を全く用いずにエネルギーを賄うのはほぼ不可能である。電源構成では火力発電が75%を占める。再エネは確かに非炭素エネルギーだが、出力は不規則変動型で、需給調整をバッテリーだけで行うのは容量面および季節変動など長期変動の調整の両面から困難だ。その意味で火力が調整電源としても必要である。

・従って、50年になっても日本はおそらく化石燃料をかなりの程度利用せざるを得ず、実質ゼロの目標を満たすためにはCCSを相当導入することが不可避であろう。欧米では年百万トン以上の大規模CCSを導入している例はいくつかあるが、日本はまだない。北海道苫小牧沖で行った、3年間で30万トンというCO2貯留実験がほぼ唯一である。

かや・よういち 34年生まれ。東京大博士(工学)。地球環境産業技術研究機構理事長

・CCSを大規模に導入するとなると、コスト負担と貯留場所の調査などが問題となる。前者はCO2トン当たり1万円前後で、市場に任せるだけでは導入は難しい。後者は筆者らの所属する研究機構が基礎的な調査を行っているが、貯留を具体化するとなると、より大規模かつ詳細な地点設定とその地質調査が必要だ。また実施に際して法的責任の明確化も必要となる。

・これらの問題を解決するには、どうしても国と企業の共同開発体制の組織化が必要で、この一環として新設の脱炭素基金を使って、国がCO2の輸送と貯留のインフラ整備を行い、個別企業が回収を受け持つのも一案だ。CCSの導入への具体的な努力を一刻も早く始めるべきではないか。

やまぐち・みつつね 39年生まれ。慶応大経卒。専門は環境経済学。元慶応大教授

・以上、CCSの必要性について述べたが、実質ゼロの達成には、電力だけでなく鉄鋼・セメントなどエネルギー集約産業、航空機や農業などからの削減不能な排出を相殺するためのネガティブエミッション技術(NETs)の検討も必須である。BECCS、DACSはその例で、CCSもあわせ、目標達成には50年に英国の2倍程度(3億~4億トン)は必要だろう。

・このうちBECCSはその実施に大きな緑地面積が必要で、種の多様性への影響もある。DACSは装置コストや大気中に0.04%しかないCO2を大量に捕捉するため、エネルギーコストが高額になるという大きな壁がある。BECCSについては国内努力も必要だが、用地問題などを考えると、国際クレジット購入を含めて途上国との協力が不可欠だろう。

◇   ◇

・いずれにせよCCSとBECCS、DACSなどNETsの導入は必然で、それなしでの実質ゼロはあり得ない。この点および国際競争力への影響を考慮した上で、30年目標との整合性を視野に入れつつ、目標達成に向けた部門別・技術別ロードマップとコストを国民に示し、その合意を得て進めることが肝要である。

・日本は現在コロナ対策で財政赤字と政府債務が急膨張している。さらに高齢化や年金問題など課題が山積している。こうした中で気候変動問題も含めた全体のバランスをどうとるか、この点についての国民への説明も必要である。