〈回顧2020〉香港、奪われた一国二制度

〈回顧2020〉香港、奪われた一国二制度
習政権
2020年12月28日 3:23 [有料会員限定]

『2020年は高度の自治を保障した「一国二制度」のもとで繁栄してきた香港の転機となる一年だった。中国は社会統制を強める「香港国家安全維持法」を6月に制定し、民主派の政治活動を締め付けた。19年に広がった抗議活動はほぼ消え、民主化運動は厳しい局面に立たされた。

年明けは民主派団体主催の大規模デモで始まった。19年のデモは、刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡せるようにする「逃亡犯条例」改正案を撤回に追い…

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・19年のデモは、刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡せるようにする「逃亡犯条例」改正案を撤回に追い込み、警察の暴力行為の追及や普通選挙の導入を掲げ、過激化していた。

・中国政府は1~2月に香港担当の政府機関トップを相次いで更迭、香港政策の立て直しに乗り出した。世界が新型コロナウイルスの猛威に翻弄された5月、国会に相当する全国人民代表大会(全人代)で香港国家安全法を制定する方針を突如、打ち出した。

・香港基本法23条は香港政府が国家分裂や政権転覆などを禁じる法律を制定しなければならないと定める。香港市民の反対が強く、英国から中国に返還されて20年以上経過しても、実現していなかった。

香港国家安全法の制定方針に賛成票を投じる習近平国家主席(5月28日、北京)=AP

・全人代の常務委員会が6月30日に香港国家安全法を可決、深夜に公布・施行した。同時に全文が初めて明らかになった。国家分裂、政権転覆、テロ活動、外国勢力と結託して国家安全に危害を加える行為の4類型を犯罪として定め、最高刑は終身刑とした。

・香港警察は7月1日、「香港独立」や大規模デモのスローガンの旗を持っていた男女10人を国家安全法違反の容疑で逮捕し、統制強化の意図を鮮明に打ち出した。

・政治活動の締め付けが厳しくなるなか、民主派は9月に予定されていた立法会選挙に照準を合わせた。7月に実施した候補者を絞り込む予備選には想定を大きく上回る約60万人が参加し、民主派の勢いを示した。ただ、香港の選挙管理当局は穏健派を含む12人の立候補を認めない決定を下し、政府はコロナを理由に選挙そのものを1年延期した。

国家安全法違反の容疑で逮捕された民主活動家の周庭氏(8月10日、香港)=ロイター

・香港警察は8月に中国共産党に批判的な論調で知られる香港紙・蘋果日報(アップル・デイリー)創業者や、民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏を国家安全法違反の容疑で一斉に逮捕した。新型コロナ対策を名目にした集会規制と合わせて、デモを徹底的に取り締まった。

・国際社会は中国への批判を強めた。日米欧の7カ国(G7)外相は6月、香港国家安全法に「重大な懸念」を表明した。トランプ米政権は7月に金融機関への制裁を可能にする香港自治法を成立させ、8月には香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官らへの制裁を発表した。

・香港問題を巡り、中国と日米欧が対立する構図が鮮明になった。もっとも中国は「香港は内政問題」との立場を崩さず、香港国家安全法の制定によって「社会が安定した」という主張を繰り返した。

・香港警察は反中的な言論や政治活動を厳しく取り締まるようになった。11月の全人代常務委で立法会議員の新たな資格要件を打ち出し、香港政府が民主派の現職4議員を排除。他の民主派15議員はこの決定に抗議し、辞職した。行政監視の機能を持つ立法会は形骸化が避けられない。

・一国二制度のもとで保障されてきた言論や集会の自由が脅かされ、教育や司法制度への影響を懸念する声も広がった。米紙ニューヨーク・タイムズは香港拠点の人員の3分の1をソウルに移す予定だ。

立法会選の予備選挙に勝利した若手の民主派候補(7月21日、香港)=ロイター

・自由都市の象徴だった香港の変化は世界に衝撃を与えた。21年は立法会選挙や行政長官を選ぶ選挙委員会の委員選挙が行われる見通しだ。民主派排除など中国の統制強化が進むとの見方が広がっている。(香港=木原雄士)

・経済、本土との一体化進む
中国政府は広東省と香港、マカオを巨大な経済圏に見立てて一体開発する「粤港澳大湾区(グレーターベイエリア)」構想を推進する。政治的に不安定な香港を本土の経済圏に取り込み、一体化を進める狙いがある。

・大湾区構想は広東省の広州や深圳など9市と香港、マカオが対象。総人口は7千万人を超え、単純合算した経済規模は韓国に匹敵する。東京やサンフランシスコなどの有力ベイエリアと並ぶ都市圏に育てる構想だ。

・すでに香港とマカオを結ぶ海上橋が開通し、香港から広州に至る高速鉄道も走っている。香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は11月の施政方針演説で、大湾区構想に全面的に協力すると表明した。香港の若者が本土で働きやすい制度を導入する。

・香港には世界レベルの大学が複数あり、企業の新規株式公開(IPO)など資金調達の環境が整っている。中国側にはこうした利点を取り込んで、中国企業の成長につなげる思惑がある。香港の金融や小売りにとっても、巨大な本土市場への足掛かりになる。

・香港経済は大規模デモや新型コロナウイルスで大きな打撃を受けたが、パニック的な資本流出は起きず、金融市場は安定している。中国企業の上場が相次ぎ、世界の投資マネーをひき付けているためだ。欧米の大手投資銀行はいまもアジアの統括拠点を香港に置く。

・中国とつながりが深い経済団体、香港中華総商会の蔡冠深(ジョナサン・チョイ)名誉会長は「中国本土の企業は香港での投資に前向きだ」と強調する。米国に上場する中国ネット通販大手の京東集団(JDドットコム)やゲーム大手の網易(ネットイース)も2020年、香港に重複上場を果たした。

・もっとも、本土との一体化が「一国二制度」を骨抜きにして、人材や資本の流出につながる恐れもある。香港は英国流の司法システムを引き継ぎ、英語が通じるなど外資系企業がビジネスをしやすい環境が整っていた。ところが、「香港国家安全維持法」の施行で中国当局の影響力が増し、ビジネスに重要な「独立した司法制度」に黄信号がともった。

・香港市民の間では自由を求め、英国やカナダへの移住に関心を持つ人が増えている。香港中文大学が9月に実施した調査によると、香港市民の44%が「機会があれば移住したい」と答えた。このうち35%は「実際に準備を進めている」と回答した。金融人材のあっせんを手掛ける会社の担当者も「香港で働きたい外国人が減っている」と明かす。金融やIT(情報技術)の専門人材が他国に移る頭脳流出(ブレインドレイン)への懸念は強い。

・大湾区の名のもとで加速する中国との一体化が香港に新たな繁栄をもたらすのか。その行方はまだ見えない。

▼一国二制度 社会主義の中国に資本主義を併存させる制度のこと。もともとは台湾統一政策として構想された。
 中国は1997年7月1日に英国から返還された香港、99年12月20日にポルトガルから返還されたマカオに適用し、「特別行政区」と位置付けた。
 憲法に当たる香港基本法は、返還後も50年間、資本主義を維持し、「高度の自治」を認めると規定している。言論や集会の自由を約束する。
 外交・防衛は中国政府が担当する。基本法の最終的な解釈権も中国側が持つと定めている。
 米国は一国二制度を前提に、関税やビザ(査証)発給で香港への優遇措置を講じてきた経緯がある。一国二制度の行方は米中関係に大きな影を落とす。

(香港国家安全維持法のポイント)

・国家分裂、政権転覆、テロ活動、外国勢力との結託を処罰。最高刑は終身刑

・香港の企業や外国人、香港外の犯罪にも適用

・中国が香港に「国家安全維持公署」を設置

・中国は外国勢力介入など特定の状況下で管轄権を行使。本土で起訴や裁判も

・行政長官が判事を指名。国家安全に危害を加える言動をした者は指名できない。

・学校、メディア、インターネットなどの監督・管理を強化

・国家安全法違反の罪で有罪判決を受けた者は、選挙に立候補できない