鎌倉から南北朝へ 「志」めぐる人間模様

鎌倉から南北朝へ 「志」めぐる人間模様
第12回日経小説大賞、天津佳之氏「利生の人」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFG050TB0V01C20A2000000

『第12回日経小説大賞(日本経済新聞社・日経BP共催)の最終選考会が行われ、天津佳之氏の「利生の人 尊氏と正成」が受賞作に決まった。鎌倉時代から南北朝時代へ移る激動期を舞台に、後醍醐天皇、帝に味方する楠木正成、北朝側に転じた足利尊氏の人間模様を描く。彼らが共有した志を、仏や菩薩(ぼさつ)が人々に利益を与えることを意味する「利生」という言葉でとらえた意欲作だ。

400字詰め原稿用紙で300枚から400枚程度の長編を対象とする第12回日経小説大賞には257編の応募があった。歴史・時代小説、経済小説、ミステリーなどジャンルは多岐にわたり、応募者は50~70代で全体の7割を占めた。

第1次選考を通過した20編から最終候補となったのは5編。受賞作「利生の人 尊氏と正成」のほか、江戸時代の茶人・小堀遠州の公金横領事件を明治時代の数寄者が推理する天野行人氏「在中庵(あん) 遠州添状(そえじょう)」、18歳で娘を産んで4年になる女性と付き合う男性を主人公とする江波年紀氏「他人の子供」、安楽死が合法化された2070年の日本を描いた森堂はっか氏「デストピア・ジャパン」、バブル期の証券マンの生活をつづった放生充氏「胸叩(たた)き」が候補に挙がった。

最終選考は4日、東京都内で辻原登、髙樹のぶ子、伊集院静の選考委員3氏がそろって行われた。5作品の内容や完成度について議論を重ねた結果、「利生の人」と「他人の子供」に絞られた。

「他人の子供」に関しては「終着させづらい物語を、ラストに手紙をうまく用いて読者を納得させている」点などが評価された一方、文章面での課題も指摘された。代わって「利生の人」が浮上。「史実の重みが物語に生かされている」「一騎打ちの場面の描き方がうまい」といった声があがった。

〈あらすじ〉
時は鎌倉末期。討幕の陰謀が発覚したことで後醍醐天皇は一時隠岐に流されるが、北条得宗の悪政への不満から、治世の主体を幕府から朝廷に取り返すという近臣たちの討幕運動は各地の勢力と結びつき、やがて幕府内にも広がる。幕府の重職にあった足利高氏(尊氏)が、帝方の楠木正成に呼応するように寝返ったことで、ついに鎌倉幕府は滅亡。後醍醐帝が京に戻り、建武の新政がはじまるなか、帝と正成と高氏は同じ「利生」の志を持った禅宗の同門であることがわかる。「民がおのおのの本分を為し、生きる甲斐のある世にする」。しかし、私利私欲がうごめく政治の腐敗は、治世者が代われど止めようがなく、尊氏と正成の運命は引き裂かれていく。
いつも確かな理想があった──天津佳之氏

あまつ・よしゆき 1979年静岡県伊東市出身、大正大学文学部卒業。書店員、編集プロダクションのライターを経て、現在は業界新聞記者。大阪府茨木市在住。
15歳の高校受験真っただ中、勉強するふりをして物語らしきものをつづり出したのが、そもそもの始まりでした。以来25年余り。気が付けば文章を書くことが生業となり、そして今、小説ということにようやく手が届いた感慨をかみ締めています。

「書かなければならない、と思うことを書きなさい」。ある人が私にくれた言葉です。書かなければならない、今の時代が必要とすることは何か。時代を知るには、その前の時代を、貫く流れを知らなければ。そう考えることが、私を歴史に導きました。そこには、この国に連綿と受け継がれてきた哲学や美学、そして先人たちの生き様がありました。もちろん、上手(うま)くいったことも、いかなかったこともあります。ただ、いつの時代も確かな理想があった。それを伝えなければという思いが、私の原点です。

鎌倉末期から南北朝期は、とかく恣意的な評価を受けてきた時代ですが、近年になり自由に論じることができる空気が醸成されてきたように思います。令和という新しい時代にあって、改めてこの時代を描くことは何がしかの意味があるのではないか。そう思い資料に当たってみると、そこには、敵味方を超えて理想を追い求めた、気持ちの良い男たちの姿がありました。どうか、それが読者の皆様に伝わればと念じて已(や)みません。

最後に、これまで支えてくれた家族と友人たちに、選考委員の先生方、関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。

辻原登氏 テーマを充全に展開

辻原登氏 

「利生の人 尊氏と正成」。〝利生〟とは衆生に神仏の利益をもたらすこと、という意味だそうだが、尊氏と正成はまさにその体現者たらんと戦った歴史上の人物らしい。テーマをタイトルとして掲げるところに作柄のまっすぐさがあり、中身もそれに充全に応えた。

「胸叩き」は、主人公のトリックスター的ずっこけぶりが面白い。作者はさらに過激にこの方向で、もうひと踏んばりを。

「他人の子供」。最初推すつもりで臨んだが、途中で変心した。エピソードにフィードバックが多過ぎて流れを滞らせる点と、筆法の品性のなさが読み手を遠ざけるかもしれない。

「在中庵 遠州添状」。遠州一代記は大変よく出来(でき)ているが、探偵物語は恐らく不要。

「デストピア・ジャパン」。私は最後に、安楽死を巡るこの近未来小説を推した。ノエルという若い主人公の女性が、肉のずだ袋を引きずって、精神が死んでいく世界を、孤独なまま横切って行く姿に強い印象を受けた。力があるから、小説の構造をもっと複雑に作った方がいい。訳が分からなくなるくらいに。

髙樹のぶ子氏 完成度の高さと安定感

高樋のぶ子氏 

「利生の人 尊氏と正成」は、以前の候補作「梅花、未(いま)だ咲かず」で菅原道真の生涯を書いた人らしく、今作も丁寧で詳しく、完成度と安定感により受賞作に推した。鎌倉幕府の重鎮であった尊氏が討幕を目指し、後醍醐天皇の新政を目指す正成へ、男として親愛の情を覚えるという傾斜が面白い。そして最後に正成を自害に追い込む運命は、戦乱のドラマとして重い感動をもたらす。今後は史料からもう少し離れて、人間ドラマを創り上げる方向を試して欲しい。

「胸叩き」も二度目の候補だったが、バブル期の証券会社の内部告発は面白かったものの、後半はサスペンスアクションのドラマのようで文章も少々荒い。会社に翻弄された男の怒りは伝わってくるが、哀(かな)しみまでは届いていなかった。問題作「デストピア・ジャパン」は、コンビニで自殺用キットが売られている近未来小説で、発想の妙と、所々にはっと胸を打たれる真実が垣間見えた。だが主人公がなぜ自殺したいのかは見えてこない。こうした小説は、この「なぜ」を読者に抱かせないだけの、異層における豪腕が求められるのではないか。

伊集院静氏 確かな歴史考察と安定した文章

伊集院静氏

今年も、このコロナ禍の中で二百五十作を超える応募があったという。こころ強い限りである。最終候補に五編の作品が残り、それぞれに才気のある作品があった。中でも一昨年それ以前に候補になられた作者が再挑戦して下さったことは喜ばしいことだった。天野行人氏の「在中庵 遠州添状」は現代に至るまでの茶人、数寄者の来歴、心情をよく書き分けていた。ただ残念なのは、小堀遠州の魅力が、他者からの評価ばかりに感じられた。遠州が、どんな人であったかを知りたかったし、添状の関与人たちがあまりに諄(くど)く思った。放生充氏の「胸叩き」は正直、面白かったし、全体のバランスが巧みで、これで受賞はいいかとさえ思った。森堂はっかさんの「デストピア・ジャパン」は作者自身のことが心配になった。テーマと当人の、時間と経験のギャップを考えさせられ、さらに不安になった。江波年紀氏の「他人の子供」は文章は自由でいいが、品性、品格に欠落があまりに目立った。これを小説としてどう考えるかは、わかれるだろう。天津佳之氏の「利生の人 尊氏と正成」は歴史考察も確かで文章も安定感があった。受賞にふさわしい。しかし私には作者が何を描きたかったか、見えなかったのが残念だった。

新選考委員に角田光代氏 第13回応募要項』