米軍駐留経費「静かな対話を」 日本が水面下交渉要求 外交文書公開、89年の海部首相初訪米巡り

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『1989年夏の海部俊樹首相初訪米に際し、在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)を巡って日本政府が米側に首脳会談などで議題にせず、実務者レベルでの「静かな対話」を水面下で行うよう求めていたことが、23日公開の外交文書で分かった。ハイレベルでの対立が表面化すれば、大幅負担増を求める声が米議会で強まり、対日圧力にさらされると警戒したためだ。

 日米首脳会談終了後、ブッシュ米大統領(右)の案内でホワイトハウスを出る海部俊樹首相(1989年9月、ワシントン)=ロイター・共同

この時は日本の交渉がある程度奏功したが、1年後にイラクがクウェートを侵攻する湾岸危機が発生すると状況は変化。米国が求める人的貢献に日本が応じられず、対米支援のための財政負担を余儀なくされていく実態が浮かび上がった。

日米両政府は今年10月、来年度以降の駐留経費の交渉を始めた。負担増を求める米国と、渋る日本が水面下で交渉するという構図は変わっておらず、信夫隆司日本大教授(日米史)は「今にも通じる問題」と指摘する。

89年8月30日の極秘公電などによると、米側は駐留経費問題を「外相間で話し合わせることにしたい」と提案し、首脳会談で「全く提起しないという選択肢はない」と主張。日本側は「静かな対話の原則に反する」と反発し「提起されれば、できることもできなくなる」と再考を迫った。

実際、9月1日の外相会談でベーカー国務長官は「議会から刀を突き付けられている」と述べ「創造的な責任の分かち合い」が重要だと強調。一方、首脳会談でブッシュ大統領(第41代)は議会の対日圧力に触れながらも「負担分担の問題は日本にとり機微な問題であることは良く承知している」と述べるにとどめた。

信夫氏は「8月に政権を発足させた直後の海部氏をあまり追い込みたくないとの配慮があったのでは」と分析している。

その後90年8月に湾岸危機が起きると、日本は人的貢献に応じられず、同11月の即位の礼で来日したクエール副大統領が海部氏に「湾岸で(日本の)プレゼンスが見られないことは目に付く」と伝達。以降、日本は財政拠出を増やし、湾岸危機と湾岸戦争を通じて総額130億ドル(約1兆3500億円)を負担した。〔共同〕』