香港、リベラル教育が標的に 自由な発想より愛国

香港、リベラル教育が標的に 自由な発想より愛国
香港支局 木原雄士
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM0741U0X01C20A2000000

『香港政府は2019年の大規模デモや20年の香港国家安全維持法を受けて、教育制度の見直しに乗り出した。自由な発想や多様な見方を養う目的で高校に導入した「通識教育(リベラル・スタディーズ)」を縮小して、愛国教育にカジを切るのが特徴だ。政治活動への締め付けが教育現場にも及んできた。

大規模デモには多くの中高生も参加した(2019年9月、香港)=ロイター
「生徒は国家の発展や憲法について学ぶ必要がある」。香港政府は11月、通識教育のカリキュラムを大幅に見直すと発表した。

通識教育とは09年に高校で必修になり、12年からは大学入試にも採用された科目。「今日香港」、「現代中国」、「全球化(グローバル化)」など6分野、12のテーマについて幅広く学び、思考力を養うのが目的だ。3年で250時間を確保していた授業時間を半分に減らし、中国本土での視察学習を新たに取り入れるなど内容を抜本的に見直す。授業で使う教科書には審査制度を導入し、学校は当局が作成した推薦リストの中から選ぶ仕組みとする。より中国の発展や国家のアイデンティティーについて重点的に学ぶ科目になる見通しだ。

「教育制度の後退」
香港で20年以上、通識教育の教師を務める張鋭輝さんは「さまざまな問題について多角的、批判的に考え、自分の意見を持てるようにするのが狙いだ」と話す。授業では時事問題を取り上げ、生徒に議論させることも多い。

天安門事件や香港の民主化デモなど政治的な話題を扱う場合も「教師が自分の意見を押しつけるのではなく、生徒自身に考えさせる」という。張さんは「通識教育は新たな時代の社会参画のために重要だとして必修科目になった。いまの議論は教育制度の後退だ」と嘆く。

見直しのきっかけになったのは大規模デモだ。19年の抗議活動は大学生から中高生にも広がり、授業ボイコットを呼びかける動きもあった。デモに絡む逮捕者は1万人を超え、そのうち少なくとも3600人が学生や生徒だった。教師の逮捕者も100人を超えた。

中国当局は自由すぎる教育制度が反中的な思想の素地になったとにらむ。「黒い手を切り落とし、子どもたちを守れ」。中国政府で香港を担当する国務院香港マカオ事務弁公室は6月にこんな表現で教育改革の必要性を訴えた。

12年に愛国教育への反対運動に参加した黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏や周庭(アグネス・チョウ)氏はのちに民主活動家になった。もともと教育問題と民主化運動のつながりは深い。香港の親中派は「学校に毒をばらまいている」などと通識教育への批判を強める。

親の間で戸惑い広がる
香港では今年、プロテストソングの演奏を許可した教師や、授業で香港の独立運動を取り上げた教師らが相次いで事実上、解雇された。政府が任意で教科書を点検する仕組みも設け、「天安門事件」や「三権分立」「雨傘運動」などの記述を削除させた。香港政府の楊潤雄・教育局局長は12月、不適格な教師を監視する新たな組織の設置を検討すると表明した。

「一国二制度」が適用される香港は中国本土と教育制度が異なる。香港の教育関係者の間で通識教育への評価は高かった。6月末に施行した香港国家安全法は学校への監督強化や「国家安全教育」の推進を掲げる。教育現場にも政治的な圧力が強まり、子どもを持つ親の間では戸惑いが広がる。

親中派は自由な教育がデモの素地になったと批判する=ロイター

英国への留学などをあっせんするコンサルティング会社、英識教育の創業者である陳思銘氏は「政治的な理由から、子供の教育を海外で受けさせたいという希望が急増している。海外をめざす年齢も若くなっている」と話す。

なかでも英語教育を受けられ、香港と文化や歴史的なつながりが深い英国の人気が高い。陳氏によると、香港から英国の全寮制の寄宿学校には通常、年1600~1800人ほどが入学する。今年は同社だけで約1000人の希望者がおり、前年比1.6倍の規模という。

5歳と7歳の息子を持つ40代の母親、黄さん(仮名)は将来、子どもの教育のため英国に渡る決心をした。自身はカナダの大学を卒業して香港に戻ったが、昨年来の警察の厳しいデモ取り締まりや香港国家安全法の施行に心底、失望したという。「香港のもっとも良かった時代は過ぎ去った。戻ることはないと思う」。黄さんはそう話した。』