中国GDP、28年にも米超え 日経センター予測

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM0925A0Z01C20A2000000

『日本経済研究センターは10日、アジア・太平洋地域の15カ国・地域を対象に2035年までの経済成長見通しをまとめた。中国が28年にも名目国内総生産(GDP)で米国を超えると予測した。新型コロナウイルスの感染拡大による影響からの回復スピードの違いで、早くても36年以降となるとみていた中国の逆転時期を前倒しした。

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同センターは新型コロナの影響について、今後4~5年で収束する「標準シナリオ」のほか、収束時期が標準シナリオよりもさらに4~5年遅くなる「深刻化シナリオ」の2つを基本想定として経済規模の推移を算出した。昨年調査時点では35年までには中国が米国のGDPを追い抜くことはないとの見通しだった。今回の調査では米中のGDPが逆転する時期について標準シナリオでは29年、深刻化シナリオの場合は28年になると予測した。

新型コロナの影響で、米中の就業者数や研究開発(R&D)費などの見通しに大きく差が出ることが主因としている。米欧を含む先進国では新型コロナの感染が再拡大しており、20年の経済成長は軒並み大幅なマイナスになる見通しだ。一方、中国は徹底した感染対策で、いち早く感染拡大が沈静化している。経済成長率をみても、中国は前年比でプラスを維持する見込みだ。

深刻化シナリオでは、35年時点で中国の名目GDP(香港含む)は41兆8000億㌦に達し、米国と日本を足した規模(41兆6000億㌦)を上回る見通しだ。ただ1人当たりの所得をみると35年時点で中国が約2万8000㌦と、米国(約9万4000㌦)や日本(約7万㌦)と大きな差が残る。

日経センターは「アジア経済中期予測」として、国・地域別の成長率見通しを年1回発表している。』

日本経済研究センター
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B5%8C%E6%B8%88%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC

『設立・沿革
1958年、日本経済新聞社本社内に中川順を室長にして開設された「経済研究室」を礎石として[1]、1963年に設立された非営利の民間研究機関。圓城寺次郎(元日本経済新聞社社長)が初代理事長となり、若手の経済学者に研究と発表の場を提供したのがその始まり。その後、大来佐武郎、香西泰など日本を代表するエコノミストを歴代の理事長に迎え、短期経済予測(年4回)の発表、産業構造の変化を踏まえた中期経済予測(年1回)、アジア・国際経済研究、金融問題に関する報告書、経済問題に対する報告書などを発表している。短期経済予測では民間シンクタンク有数の水準。中期経済予測は会員企業である大手企業の経営計画の基礎データとして活用されている。民間の大手シンクタンクでも中期経済予測を安定して継続予測・発表している研究所は10社に満たない中、同センターの中期予測を支持する企業は多い。

組織は会員制の社団法人として運営されており、会員には日本の大企業、官庁などが参加している。また企業や官庁から委託研修生を受け入れて、スタッフと共同して経済予測や調査を行うことを特徴としており、エコノミストの養成機関となっている。研修生OBには嶋中雄二、森永卓郎など著名人も多い。上場企業の社長も多数輩出してきた。

2010年3月19日内閣府の公益認定を受け4月1日から公益社団法人として新たに法人登録を行った(旧 社団法人)。これに伴い公益に貢献するシンクタンクとして環境対策など政策研究・提言活動を一段と強化させている。会員参加型の研究プロジェクトも推進中。2008年から企業参加型の研究プロジェクトをスタートさせた。同年の「GSR(地球規模の社会貢献)」を皮切りに、2009年には「働きたい会社」、2010年からは「地域経営」の研究を順次開始している。企業を取り巻く環境が安定せず、見通しが難しい状況が続いているため、従来にも増して、経済予測、セミナー、研修を充実させ、会員企業に役立つ情報・サービスの提供を継続的に引き上げることに取り組んでいる。』

『歴代会長
1963-1973年 有沢広巳
1973-1982年 大来佐武郎
1982-1987年 圓城寺次郎
1987-1997年 金森久雄
1997-2003年 香西泰
2004年-2008年 小島明
2008年-2012年 新井淳一
2012年-2015年 杉田亮毅
2015年-2017年 斎藤史郎
2017年 平田保雄
歴代理事長
1963-1964年 圓城寺次郎
1964-1973年 大来佐武郎
1973-1987年 金森久雄
1987-1997年 香西泰
1997-2000年 土志田征一
2000-2005年 八代尚宏
2005年-2010年 深尾光洋
2010年 – 岩田一政』