ドイツのインド太平洋戦略 狙いは「バランス外交」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66201910T11C20A1EA1000/

『「いまや世界経済の4割を占める。経済面でも政治面でも存在感が大きくなった」。アルトマイヤー独経済相は日本経済新聞に対し、「インド太平洋」に着目した理由を、こう説明した。

独政府は9月に「インド太平洋ガイドライン」を閣議決定した。具体策は年内に詰めるが、メッセージは明らかだ。「価値観を共にするパートナーと緊密に協力したい」と同経済相。日韓豪印などの国を意識する。』

『日本ではドイツは「中国と蜜月」とみられてきた。メルケル首相は足しげく中国に通い、19年までに12回に達した。日本は主要7カ国(G7)の一角なのに08年の後は15年まで訪問が途絶えた。

この空白期に重鎮ショイブレ財務相(当時)は東京に飛んだ。だが政府専用機の執務室に持ち込んだのはキッシンジャー元米国務長官の中国についての著作だった。

「親中」が原動力ではない。意見が異なる相手ほど対話を重ね、信頼関係を築こうとするのがドイツ外交。冷戦期に強大なソ連に向き合って経験を積んだ。「日本は知っているが中国はよくわからない」。外交攻勢をかける狙いを与党首脳は当時、こう語っていた。

債務危機が欧州を襲うなか、対中輸出で景気を支える思惑もあった。』

『潮目が変わったのは中国が「一帯一路」をテコに南欧・東欧に近づいた3~4年前だ。経済面に加え、欧州政治にも触手が伸びたことで警戒心が強まり、ひそかに「中国偏重」の是正に動いた。

まず外務省が「極東」とひとくくりにされていた日本と中国の担当部署を分離し、それぞれに担当課長を配した。「中国以外のアジア」に目配りする体制にし、省内で「ドイツ版インド太平洋構想」を練り始めた。

次に重要閣僚の外遊で中国優先をやめた。アルトマイヤー経済相が18年、アジアの初訪問先に選んだのは日本とインドネシア。中国も招待していたが「あえて外した」(独政府筋)。同経済相の強い意向があった。

隣国フランスが18年、「インド太平洋」重視を宣言したことも背中を押した。「パリ、デリー、キャンベラの枢軸が核になる」。マクロン大統領が仏印豪の連携をうたったことに独与党幹部は「触発された」という。

ダメ押しはコロナ禍で医薬品など「戦略物資」の中国依存が浮き彫りになったことだ。外務省が温めてきた「インド太平洋」が閣議に持ち上がり、政府方針となった。』

『ドイツは「欧州の指針」への格上げを探る。フランスは前向きだ。仏外務省報道官は取材に対し、ドイツや、インドネシア旧宗主国オランダと連携していくと明かした。』

『もっとも「特定の国を排除するわけではない」と取材先は口をそろえる。中国との摩擦は避けたいし、米国に肩入れもしたくない。企業の「脱中国」も難しい。

フォルクスワーゲンの販売は4割が中国向け。「中国は引き続き大切。インド太平洋とは、ほかの成長市場を軽んじないという意味」と保守系与党のアジア政策通、ハウプトマン連邦議会議員は解説する。

バランス外交には微妙なかじ取りがいるが、対ロシア政策などに比べてアジアでの蓄積が少ないのが弱みだ。インド太平洋の核であるはずの日韓が歴史認識で争うのをみて、ドイツは戸惑う。

それでも伝統的な関心領域ではないアジアを「包括的にみる余裕ができた」(ハウプトマン議員)のは前進だ。米国のトランプ時代が終わってもドイツは「欧州の盟主」として「世界の安定役」を意識する。日本が欧州に影響力を強めたいなら、いまがドイツに向き合うチャンスだ。

(欧州総局編集委員 赤川省吾)』