法律から「等」追放を 不明確でデジタル化阻む

法律から「等」追放を 不明確でデジタル化阻む
編集委員 前田昌孝
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66041390Q0A111C2000000/

『筆者が住む町の職員はなぜ4つの暗証番号のうち、2つはカードだけではダメだと言ったのか。総務省住民制度課の説明では、事務処理要領のなかに「機器の不具合等」があった場合には別途、本人確認書類が必要だとの記載があり、町ではこれを拡大解釈したようだという。暗証番号にロックがかかったカードは「完璧なカード」ではなく、機器の不具合「等」に当たるとみなされたわけだ。

「等」の解釈には幅があるから、国と町でズレが生じても仕方がない。町の専門職員が1時間もかけて調べなければならないほど、規定が複雑なことも問題だ。現に全国の自治体は本人確認書類の要否でバラバラだ。マイナンバーカードの自己否定につながる運用を疑問視する国民も多いだろう。とにかくこのままでは行政手続きのデジタル化は難しい。住民制度課の担当者は「分かりやすいルールに書き直す」と話していた。』

『問題は「等」に「など」の意味を持たせる使い方だ。金融商品取引法もかなり多いが、主な法律をみると、法律全体の文字数に比べて最も高頻度だったのが銀行法だ。「預金者等」「定期積金等」「株式等」などとやたら出てくる。ただ、「『預金者等』とは、預金者及び定期積金の積金者をいう」という具合に、「等」の定義を明確にする条文もあるから、罪一等減じるべきかもしれない。

驚くのは租税特別措置法の2万1600回だ。全部で324万文字、文書作成ソフトに落とすとA4判で2650ページにもなる法律だから仕方がないのかもしれないが、税金は国民の財産権の侵害だから、どんな課税も法律に基づかなければならないのが民主主義国の基本ルールだ。「租税法律主義」と呼ばれる。その法律が「等」だらけでは、徴税官の裁量が働きやすく、租税法律主義は有名無実になる。これはデジタル化以前の問題だ。』

 ※ そうは、いかんだろう…。

 ※ それは、そういう風に、「制度設計」してあるからだ…。

 ※ 典型的な例を、紹介しよう…。民法の「裁判離婚の成立要件」の条文だ…。

 ※ 『(裁判上の離婚)
第770条
1.夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2.裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。』

 ※ 第1条第5項に、『その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。』とある…。

 ※ 第2条には、『一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるとき』とある…。

 ※ いわゆる、「一般条項」というものだ…。こういう条項は、数限りなく存在する…。

 ※ 妥当な結論を得るために、現場の裁判官(「等」の例では、現場の担当公務員)に、わざわざ相当程度の「裁量」を与えているわけだよ…。

 ※ そして、その一回一回の「判断」「処理」の積み重ねが、「判例」になったり、「先例」になったりして行く…。

 ※ むろん、その上級職の判断も、集約されていく…。判例だったら、地裁 → 高裁 → 最高裁と集約されていく…。行政処理だったら、現場の担当者 → 係長 → 課長 → 局長…、などと集約されていく…。

 ※ そういう風に、社会的な「制度」や「システム」というものは、ある程度「伸びたり、縮んだり」できるように、制度設計することが多い…。

 ※ もちろん、「その職を担当する人間が、適切な判断を、現状や実態に即した形で行う。」という前提なわけだ…。

 ※ そこにも、AIが導入されて行く流れになるやも、しれんがな…。

 ※ しかし、それも「補助的な」形でだろう…。最終判断は、「人間が行う」ということからは、逃れられんだろう…。