トランプ敗退これだけの理由

トランプ敗退これだけの理由
斎藤 彰 (ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/21299

『トランプ大統領は3日投票日の前日までなりふり構わずあわただしく各州を飛び回り、必死の巻き返しを図ったが、ついに再選を果たせなかった。以下に敗因を検証する―。

バイデン氏の勝利を喜ぶ支持者(AP/AFLO)
2016年との違い
 前回大統領選では投票日直前までクリントン民主党候補がリードしていたにもかかわらず、最後に逆転されたことから、多くの米メディアでは今回も4年前同様、劣勢だったトランプ氏がミシガン、ウイスコンシン、ペンシルバニアなどの接戦州を制し再選されるとの見方が少なくなかった。わが国でも、その逆転劇の再現を期待する論調まで見られた。

 しかし、前回との大きな違いは第一に、トランプ氏は今回、在野の挑戦者としてではなく、現職大統領としての4年近くの実績を厳しく問われる選挙となったことだ。とくに「再び偉大なアメリカを! Make America Great Again(MAGA)」のスローガンを前面に掲げて登場したにもかかわらず、国民が受け止めたアメリカの今日の現状は「MAGA」とは程遠いものだった。「偉大なアメリカ」どころか、アメリカの世界における信頼はこの4年間に、著しく低下した。人種差別問題でも、「白人至上主義者」の過激な運動に理解を示すなど、アメリカ社会の分裂を拡大させる結果となった。世界最多の感染者数、死者数となったコロナ禍の惨状についても、国民の大半は大統領としての失政ぶりを手厳しく批判した。経済は持ち直したものの、医療・福祉、環境、教育などの重要国内政策はほとんど手づかず状態のままだった。

 第二に、属性別に見た有権者投票動向の劇的変化がある。すなわち、2016年選挙では、65歳以上の高齢者、都市郊外居住者、白人女性、無党派層、軍人・退役軍人・軍属の大半がトランプ候補支持に回ったが、今回は逆にバイデン民主党候補支持が大半を占めた。

 第三に、民主、共和両党の「党員」「党支持者」数の変化がある。すなわち、男性、女性ともに2016年より、民主党側のシェアが拡大したのに対し、共和党は減少してきた。特に今回、Pew Research世論調査によると、女性で「民主党員」「民主党支持」の立場を事前に明らかにした回答者は56%に達し、「共和党」側の38%を大きく上回った。しかも、近年、全米での女性投票率は男性投票率を上回る傾向があり、今回とくに、女性有権者間でのトランプ不人気が選挙結果に与えた影響も無視できない。

 第四に、トランプ氏が戦った相手の違いがある。前回選挙ではヒラリー・クリントン民主党候補が、男勝りの言動などを理由に多くの女性層の反発を招いたのに加え、国務長官執務時代の私的メール問題が選挙戦の最後まで足かせとなった。当初からトランプ氏にとっては比較的くみしやすい相手だったといえる。

 それでもトランプ氏は、本選では総得票数で300万票以上もクリントン氏に差を許すなど、最後まで苦戦を強いられた。結果的には「辛勝」だった。これに対し、バイデン候補は選挙戦を通じ終始「好感度」においても安定してトランプ氏を上回り、主だったスキャンダルで足をすくわれることもなかった。政治手腕では、過去8年間、オバマ政権下で副大統領を務めてきただけに、それだけトランプ氏にとっては手ごわい相手となった。

剥がされた金メッキ体質と資質
 トランプ氏は前回選挙で、アメリカン・ドリームを体現する「最も成功した億万長者」として多くの支持を集め当選を果たした。しかし、大統領就任後、自らが所有するフロリダ州のリゾート施設、ワシントンの高級ホテルなどを私用で頻繁に利用し、自身が所有する企業収益の増収を図るなど、あけすけな公費乱用ぶりが世間の批判にさらされた。

 たとえば、フロリダのリゾートの場合、在任中、100回以上にわたり滞在、そのたびに投じられた大統領専用機エアフォースワン関連費用、多数の警護要員随行、ゲストを招いてのパーティー費用などの公費乱用は莫大な額に達し、マスコミの批判にさらされてきた。

 自らが豪語してきた「億万長者」のトレードマークについても、過去の営業実態が明るみになるにつれ多くの疑念が浮上した。その一つは、所得税の納税申告をめぐる疑惑だ。ニューヨーク・タイムズ紙などの調査報道によると、大統領就任前の過去10年間にわたり、ほとんど税金を支払っていなかったほか、就任後も、2017年、2018年の2年間の所得税納税額がいずれも750ドルにとどまった。その理由として、事業展開のための負債がかさみ、収入のほとんどを返済に回したことなどが挙げられている。

 大統領としての「資質」も4年足らずの間に、その中身が世間の前に丸裸にされた。トランプ氏はホワイトハウス入りして以来、ほとんど毎日のように執務室や自室から民主党攻撃のツイートを発信してきたが、ワシントン・ポスト紙の事実調査班「ファクト・チェッカー」によると、内容が全く根拠を欠くものだったり、不正確な記述が3万回近くあった。記者会見や演説集会でも、自分と折り合いの悪い人物を下劣な表現で非難中傷する場面が度重なり、次第に有権者の間でも、大統領としての品格、振る舞いに対する評判を著しく落とす結果となった。

 選挙戦終盤では、リードを許すバイデン候補を「犯罪人」呼ばわりし「刑務所送りだ」などと、過激な表現で攻撃するといった、その品格を疑うケースが重なり、結果的に党派を問わず、全米の良識派の多くの支持を損なう事態を招いた。

 「Pew Research」による世界の指導者を対象とした信頼度比較調査で、トランプ大統領はほとんどの欧州諸国首脳の後塵を拝し、習近平中国共産党総書記以下の評価を受けるというみじめな結果だった。

 各機関による事前の支持率調査で、トランプ政権の「経済政策」と経済実績についてはつねに50%以上の評価を残してきたものの、「好感度」ではほとんどの調査で30%台にとどまったことは、多くの有権者がトランプ氏の個人的品格、資質に見切りをつけたことを意味している。

コロナ・ファクター
 アメリカのコロナ感染者数は今年初め発生以来、11月2日現在、全米で938万人、死者23万1000人に達し、世界最悪記録を更新し続けている。その要因について様々な指摘があるものの、コロナ感染危機に対する当初からのトランプ大統領個人の姿勢、および同政権の感染予防対策の不徹底と混乱ぶりが事態の悪化を招いたことは否定できない。そのことは、大統領選の事前世論調査で、過半数を大きく上回る有権者がトランプ政権の失政ぶりを批判したことにも示されている。

 今回の大統領選の一つの特色として、前回選挙でトランプ氏を支持した白人女性層、65歳以上の高齢者層のうち、60%以上がバイデン候補支持に回ったことが挙げられたが、その理由として、子供を持つ母親、病弱体質の高齢者の多くがコロナ感染リスクを身近に深刻に受け止め、反トランプ票の増加につながったことが指摘されている。

 さらに白人、非白人を問わず、医療保険対象外の低所得者層の間でも、十分な感染予防対策、治療の恩恵を受けられず、それが結果的に、国民健康保険制度を軽視してきた共和党政権への批判を広げることになった。

 トランプ大統領自身が、国立アレルギー・感染症研究所長を務め、ウイルス感染の権威として尊敬を集めるアンソニー・ファウチ博士ら専門家のコロナ感染拡大防止に対する見解をことごとく無視し続けたことについて、アメリカの権威ある医学雑誌数誌が大統領の「一連のサイエンスを無視した言動」を告発する異例の論陣を張るなど、トランプ政権に対する世間の信用を著しく落とした。

 コロナ対策に対する失政が大統領選での直接の敗因ではないとしても、トランプ氏にとっては足をすくわれる結果となった点は否めない。

共和党員の離反
 「接戦州で共和党支持者が1%でもトランプ大統領から造反すれば、バイデン候補の勝利につながる」―アンチ・トランプの共和党組織として知られる「Lincoln Project」ストラテジスト、リード・ギャレン氏は投票日の直前、テレビ・インタビューでこう予言していた。ジョン・ケーシック前オハイオ州知事の選対本部長を務めたベス・ハンセン女史も「トランプ氏は今回、4年前にくらべ1%以上の支持を失うリスクがある。2020年選挙では、かつてなく多くの共和党不満分子がトランプ氏を拒否するだろう」と語っていた。

 実際にコーリン・パウエル元国務長官ら、過去の共和党政権で要職にあった著名な多くの共和党員たちが堰切ったように、トランプ大統領の常軌を逸脱した言動や政策を批判、今回の大統領選で異例の「バイデン候補支持」方針を事前に表明した。

 こうした共和党内における不吉な動きは、現実のものとなったようだ。最後まで両候補が接戦を演じたペンシルバニア州内での有権者動向について、同州出身で事情通のチャーリー・デント元共和党議員は開票後の6日、CNNテレビとのインタビューで次のように証言している:

 「私は、州内の多くの共和党員たちが今回はトランプ大統領の狂気じみた言動に嫌気がし、バイデン候補に投票したことを知っている。私もバイデン候補に投票した一人だ。彼らの大半は民主党の諸政策に同調しているわけではない。バイデン氏に投票した理由は単純だ。彼はドナルド・トランプではなかったからだ」

 今回の選挙で勝敗の決め手となったペンシルバニア、ウイスコンシン、ミシガンなどの州での開票結果はいずれも僅差だっただけに、こうした共和党員の離反がひとつの重要なカギとなったことは否定できない。

裏目に出た郵便投票攻撃
 今回選挙の最大の特徴の一つは、史上空前規模の郵便および期日前投票だった。これまでの集計分析では投票総数約1億5000万票のうち、実に1億票近くが事前投票だった。そして、そのうち、7割前後がバイデン支持だったとされる。

 バイデン陣営はコロナ危機が拡大し始めた今年春以来、①選挙当日に投票所に大勢の有権者が駆けつけることで感染が拡大する恐れがある②テキサス州など共和党地盤州では、「コロナ感染」を口実として、各郡ごとの投票所数を極端に減らし、遠隔地に住む高齢者や低所得層の投票意欲をそぐ政治的な動きがあった③数少ない投票所での感染を警戒し多くの有権者が棄権する事態を回避する必要があった―などの事情から、そのための対応策として、投票日前の郵便での投票の重要性を全米各地で繰り返し熱心に訴えてきた。

 ところが、トランプ氏は今年1月以来、選挙戦を通じ「選挙不正の温床」だとして、この郵便投票を一貫して激しく批判し続けてきた。去る3日投票日翌日から集計が始まってからも、ホワイトハウスの自室からツイートを連日発信、そのたびに「郵便投票は本当の選挙ではない」「郵便で投函された票は集計から除外すべきだ」などと、有権者の感情を逆なでする主張を繰り返した。

 ニューヨーク・タイムズ紙などの報道によると、こうした大統領による当初からの郵便投票の正当性を無視する言動が、かえって有権者の投票意欲を駆り立てる結果となった。実際に、これまでの各州選管当局のデータ集計結果によると、投票日投票総数は1億143万票、このうち投票所での投票総数が3500票、残りの8000万票近くが郵便投票だった。

 そして開票が始まった当初は、当日投票分の集計でトランプ氏が優位に立ったかに見えたが、その後、期日前投票および郵便投票の集計がスタートした時点で、集計票の7割近くがバイデン支持票であることが明確となり、形勢が一気に逆転、結局、最後まで票を争ったペンシルバニア、アリゾナ、ジョージア、ネバダ各州でバイデン候補にリードを許し、そのまま敗北に追い込まれる事態を招いた。

 就任当初から、アメリカン・デモクラシーの制度そのものや、同政権の政治姿勢を厳しく監視してきた多くのマスメディアを一網打尽に非難する極端な言動を繰り返すことで、熱狂的支持者を引き寄せてきた。しかし、その常軌を逸脱した「トランピズム」が、最後にこれ以上ない手厳しい裁きを受ける結果となったといえよう。』