「ルールを破るべき時がある」自衛隊特殊部隊の危機対応術

「ルールを破るべき時がある」自衛隊特殊部隊の危機対応術
吉野 次郎
日経ビジネス記者
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00087/102800109/?P=1

『黙ってルールに従う人を軽蔑する『邦人奪還』の主人公、藤井義貴3佐は伊藤さんの分身ですよね。

伊藤祐靖氏(以下、伊藤):私はルールを絶対視する人を軽蔑しているわけではありません。ルールに従うことは大切です。ただし非常時は異なります。平時に作られたルールに従っていたら、目的を達成できない状況が非常時です。それでも平時のルールを守ろうとする人は、頭がぶっ壊れているのではないかと思う。非常時は職務権限を与えられている人物が、状況に合った新しい規則を作るべきです。

 敵兵と対峙しているときに、自衛隊法の何条で禁じられているから対抗できないなどとびびっている上官は、物事を決断する立場にいてはいけません。

伊藤祐靖(いとう・すけやす)
1964年、東京都に生まれ。日本体育大学を卒業し、海上自衛隊に入隊。防衛大学校指導教官、護衛艦「たちかぜ」砲術長、護衛艦「みょうこう」航海長、特殊部隊「特別警備隊」先任小隊長などを歴任。2007年に2等海佐で退官。フィリピンのミンダナオ島で自らの技術を磨き直し、現在は各国の警察、軍隊への指導で世界を巡る。国内では警備会社などのアドバイザーを務めるかたわら私塾を開き、現役自衛官らを指導している。

赤信号を守るか、命を救うかで迷う?

産業界でも、かつて日商岩井(現・双日)の米駐在員が会社の金で勝手に創業当時の米ナイキ(当時の社名はブルーリボンスポーツ)を倒産から救うなど、内規を無視した現場の判断でピンチを乗り切ったという「美談」が存在します。けれども平時のルールを非常時に破っていいとなると、現場が混乱して収拾がつかなくなる恐れはありませんか?

伊藤:そうした無秩序な状態に陥らないためにも、ルールを作ったときの精神に立ち返ってしっかりと判断する必要があります。目的を達成するためなら、ルールがどのように障害となっており、無視していいかどうかを見極めるわけです。何でもかんでも無視すればいいわけではありません。非常時に対応できるよう、日ごろから訓練を通じてルールに縛られることなく行動する習慣を身に付けねばなりません。

 例えば瀕死(ひんし)の重傷者をクルマに乗せて運転していたとしましょう。信号を無視してまで一刻も早く病院に到着しなければならないとき、赤信号に従うべきでしょうか。「赤信号で止まる」というルールが作られたのは、交通事故を起こさせないためでしょう? 右を見て左を見て、ほかのクルマが通る様子がなく、事故を起こさないとの確信があれば救命を優先し、自己責任において赤信号を無視すべきではないでしょうか。その結果、後から罰せられるのなら、罰せられればよい。

非常時に仕事を任せられる適性を持つのはどのような人だと思いますか?

伊藤:私心がなく、保身に興味がない人です。そういう人は「アメとムチ」では動かず、社会ルールに従う気がありません。平時においては厄介者として扱われます。平時の社会を動かすのは、残りの9割の「普通の人々」です。普通の人は保身に走るため、非常時にはルールに縛られて決断ができません。そこで厄介者の出番となるわけです。平時と非常時に、両者をうまく使い分ける人事を発令できるトップが求められます。

伊藤さんが現役の自衛官だったころ、非常時に平時のルールに従う理不尽な場面に遭遇したことはありますか?

伊藤:1999年に能登半島沖を航行していた北朝鮮の工作船を、当時乗務していた護衛艦「みょうこう」で追跡していたときのことです。一緒に追跡していた海上保安庁の巡視艇から「燃料が少なくなってきたので帰投する」との無線連絡があったときには逆上しました。燃料がなくなったって、沈むわけじゃない。それよりも日本人を拉致しているかもしれない不審船の追跡を優先すべきではないか。あのときは平時のルールで行動している巡視艇を撃沈してやろうかと思いました。

 とはいえ、後から振り返れば、ルールに従うのが苦手な私でさえ、あのときは従っていました。だから海上保安庁の連中を非難できません。

伊藤祐靖氏が初代先任小隊長を務めた海上自衛隊・特別警備隊(写真:共同通信)

部下に命を捨てさせるマナー

どういうことでしょう。

伊藤:みょうこうから激しい警告射撃を受けた不審船は停止し、立ち入り検査を実施する隊員たちが乗り移る段階を迎えました。自衛隊として初めての経験です。私は命令を伝える末端の自衛隊幹部として、立ち入り検査を担う隊員たちに突入を命じることになりました。ただ隊員たちの訓練も装備も不足しています。不審船内で北朝鮮の工作員と銃撃戦となり、果ては船ごと自爆され、隊員たちが死ぬ可能性があることは明らかでした。

 隊員の1人から「本当に行く意味があるのでしょうか?」と問われ、私は「うるせーな、行って来い」と言ってしまった。平時のルールに従ったという点で、私は海上保安庁と同じことをしてしまいました。一生の恥だと思っています。

 あのときの私には、部下に命じる前に命令を発した政府の上層部になぜその命令を出したか確認する義務がありました。「確実に隊員が死ぬことが分かっているから命令を撤回してほしい」と訴えたかったわけではありません。命を投げ捨てる覚悟を前提に、自衛官は給料をもらっているわけですから。

 ただ上層部には「我が国は拉致されている真っ最中の自国民をいかなる犠牲を払ってでも奪還するのだ。そのヒストリーを創るために立ち入り検査を命じているんだ」と言ってほしかった。それを部下に伝えて、出撃させるべきでした(編集部注:結局、隊員たちが乗り移る直前に不審船が再度動き出し、最終的に取り逃がす。これをきっかけに政府は特殊部隊の創設を決意した)。非常時に重大な命令を発する人間は、何のために命じるのか、部下に説明するのがマナーです。「本当はこんな命令を発するのは嫌なんだけど、ルールで決まっているから」という雰囲気をプンプン匂わせてしまうような人間は、仕事を変えるべきです。

上官、あるいはビジネスの世界で言うなら上司から疑問が多い命令や指示が出されたら、部下はどう振る舞えばよいでしょう。

伊藤:当然、部下であっても上司にミスを指摘すべきです。丁寧にご注進してもいいし、乱暴に「あんたね、そんなことも知らないのかよ」と指摘してもよい。言葉とタイミングを選んで、上司から「間違えた。指示を撤回する」という言葉を引き出す努力をすべきです。

 もちろん私は現役の自衛官時代、波風を立てる目的で上官に意見していたわけではありません。部下が最高の能力を発揮できる環境を整えるという目的、志があればこそ、上司をも動かさねばならないときがある。単に上司からの言葉をそのまま部下に伝える中間管理職は失格です。

 また会社でも部下からの指摘に聞く耳を持たない上司は、本気で任務に取り組んでいないと言えます。本気で売り上げを増やしたい、業績を伸ばしたいと思うのなら、ミスを指摘してきたのが入社したての新人であっても、上司は指摘が当たっている可能性を排除してはなりません。

 そのためにも上司は部下が意見を言いやすい雰囲気づくりに努める必要があります。特殊部隊ではドーベルマンのような風貌の隊員も珍しくありませんでした。そうした屈強なメンバーでも、階級も年齢も上の私には意見しづらいのが実情です。意見を率直に言い合える雰囲気を整える必要があると感じ、私は隊内で敬語を禁じるなどの工夫をしていました。

「ボクシングしながら上司に実況中継」の理不尽

特殊作戦中は、いちいち最前線の隊員が上官の指示を仰いでいる時間的な余裕がない場面も多そうです。

伊藤:事態が刻一刻と変化しているときは、変化への対応能力が勝負を決します。隊員が上官と無線でやり取りしている時間は無駄でしかありません。また上官に状況を報告したところで、現場に漂う臭いから恐怖、隣の隊員の目が引きつっている様子まですべて伝えられるわけがない。上官は最前線の隊員に権限を与え、彼らに判断を任せるのが合理的です。

 指示を受けなくても的確に判断が下せるようにするために、私は日ごろから自分の方針や好みを隊員たちに徹底的に理解させていました。その上で作戦の目的をはっきりさせれば、いざというとき部下は自ら考え、行動できるようになります。

 上司はいったん権限を委譲したら、作戦行動中は不安や恐怖心をぐっと抑え、最前線の隊員たちへの口出しを我慢しなければなりません。不安に耐えられず部下に報告を求めたら、ただでさえてんてこ舞いの現場の混乱が増すだけです。隊員たちはボクシングをしながら、自ら実況中継をしなければならない羽目に陥ります。また報告を求められた部下は信頼されていないと思い、モチベーションが下がります。

 とはいえこれはあらゆる現場に最適な管理法ではありません。私は3つの管理法があると思っています。

詳しく教えてください。

現場に権限を与えない選択肢も

伊藤:1つは今説明したように現場の部下が自ら考えて判断を下せるように訓練するというもの。加えて、一定の条件を満たせば、それから先は特定の行動について現場の判断に任せるという権限委譲の仕方もあります。これが2つ目の現場管理法です。例えばタクシー会社が運転手との間で、「燃料が4分の1まで減ったら、後は運転手の判断でいつでも燃料を補充してよい」と取り決めるといったことです。勝手に行動されたら困るけれども、毎回許可を求められても困る場合などに有効です。

 そして3つ目が、現場からすべての報告を受け、すべてについて指示するという管理の方法です。実はこの方法を各国の海軍が採用しています。陸戦隊である特殊部隊を除き、海上自衛隊も同様です。特殊部隊以外の海上自衛官は基本的に、船舶や航空機に乗って行動します。通信技術の発達で、動画など膨大なデータを船舶などから本部に送ることができるようになりました。そのため、地球の裏側に派遣されていても、現場で何が起きているのか手に取るように分かり、本部で的確な状況判断が可能となっています。

 企業でもこの3つの現場管理法をうまく使い分ければいいのではないでしょうか。社長なり部長なりがきっちりと業務を分析して、どの管理スタイルが自社に合っているのか、判断すればよいでしょう。』