「Game Breaking: How Cheat Codes Changed Video Games Forever」

UAVのヘロンが ベングリオン国際空港に 堂々と着陸。
https://st2019.site/?p=15210

 ※ 兵頭二十八氏のサイトからの情報だ…。この人にしては珍しく、ゲームネタだ…。しかし、いつもながら、参考になる…。

 ※「スカイリム」の話しが出てきている…。
 オレも、その「前身」とも言うべき「オブリビオン」で遊んだことがある…。ゲームの最初は、ダンジョンものなんだが、オープンワールドと言いつつ、それを体験するためには、「地下牢」から脱出して、外の世界に出る必要がある…。しかし、これが、なかなか脱出できないんだよ…。「出方」が分からず、しばらくほったらかしにしていた…。ネットで調べて、やっと「出方」が分かって、脱出できた…。しかし、そこでもう気力が尽きて、「オープンワールド」で遊ぶどころの話しじゃなくなった…。
 コンソール機じゃなく、PCで遊ぶと、コントローラーを繋がず「キーボード&マウス」では、とても操作が追いつかない…。いきなり、後ろから弓で射られて、死んだりする…。コントローラーを繋いでまで、遊ぶ気には、ちょっとならんな…。
 そういうことで、遊ぶゲームの種類も、そういう方面から、限られてくる…。

 ※ その製作会社のベセスダも、後続のヒット作を出せず、会社も左前になったらしい…。

 ※ 最近、マイクロソフトがベセスダの親会社の買収に乗り出したというニュースを、聞いたな…。

「マイクロソフトがBethesda親会社を買収、Elder ScrollsやFalloutなどがXboxクラウドゲーミングサービスへ」
https://jp.techcrunch.com/2020/09/21/2020-09-21-microsoft-set-to-acquire-bethesda-parent-zenimax-for-7-5b/

『David Silverberg 記者による2020-2-27記事「Game Breaking: How Cheat Codes Changed Video Games Forever」。
    デジタルゲームの「チート・コード」は、最初は、開発者がベータ・テストをするとき、レベルを自在にジャンプするための道具として、埋め込まれていた。ゲームが仕上がったあと、それがチーティングの裏道として使われるようになった。

 キャラクターに付与される強弱の変数を書き換えてじぶんのキャラクターを不死身化してしまうチートが、次に登場した。これは8ビット時代、ゲームコードをいったんPCメモリーにすべて読み込む過程があるのを悪用したのだ。

 「アタリ2600」や「ニンテンドーES」のような専用コンソールマシンが普及すると、この細工は難しくなるはずだった。ゲームコードはプラスチックパッケージの中に保持されたままであって、外からアクセスできないからだ。

 しかし80年代、NESのために人気ソフト「グラディウス」を開発した はしもと・かずひさ は、デバッグ作業を合理化するための覚えやすいチート操作を自分で埋め込まねばならなくなった。

 具体的にはたとえば、矢印キーを「上、上、下、下、左、右、左、右」と押し、ついで「Bボタン、Aボタン」そして「スタート」ボタン……といった呪文的な手順をなぞることで、開発者の搭乗艦はとりあえず不死身になる仕組み。

 こういう裏技はチーターから「コナミ・コード」と呼ばれるようになった。
 「コナミ・コード」は「コントラ」のようなアーケードゲームにも存在したから、それを知っているチーターは、ゲームセンター内で人々から天才的プレイヤーとして注目されるわけである。

 ゲーマーたちが、たまたま知りえた、そうしたコード情報をやりとりするメディアとして、初期には複数のゲーム雑誌があった。まだSNSの時代ではなかったから。

 新しいゲームが発売されると、オタクたちは競ってチート・コードを発見しようとした。そして、人に教えようとした。

 どれほどの需要があったか。1988年に『ニンテンドー・パワー』というゲーム誌は、創刊5ヶ月にして累積150万部を売り上げた。

 任天堂の自社ゲームでなくとも、ゲームメーカーはまず任天堂のテストを受けなければならない。その情報を最初に公表できる人々が裏技情報を語ってくれるのだから、この雑誌の競争力は圧倒的だった。

 ゲーム会社と雑誌編集部の間には暗黙の連携があった。新登場のゲームの最初の紹介記事の中で、裏技を知らせるようなことはけっしてしない。次号以降から、逐次にリークしていくのだ。

 1990年、チートのための専用ハードウェアが開発・販売されるようになった。
 この時代は、ゲーム機も、SNES、ゲームボーイ、セガジェネシス、ゲームギアーなどと多様化している。
 まず「ゲーム・ジニー」というチートマシン。ゲームカートリッジの一端に直接結合する。

 そして、たとえば保存されているマリオのライフが3しかないときに、それを99に変更することができた。カートリッヂのメモリーとゲーム機との間に介入して。

 もうひとつ、「ゲーム・シャーク」というチート器材。ゲーム中にソースコードを探り出して、どの変数が何に対応しているかをじぶんで絞り込み、理解してからその変数を変更することができるというハードウェアだった。
 「ゲーム・シャーク」は、PCゲームがCD-ROMとなり、ゲーム機としてプレイステーションやXボックスが登場する時代にも対応した。

 1993年、「モータルコンバット」を筆頭とする、血なまぐさいゲームソフトを規制しろと騒ぐ連邦議員があらわれた。

 ジョー・リーバーマン上院議員にいわせると、「クリスマスを盗んだグリンチ」のようなゲームは、クリスマスについての子どものイメージを悪くし、拷問を楽しむような情操に誘導するので、有害だと。

 そこでたとえば セガジェネシス は、モータルコンバットを開始する前にプレイヤーに対して「流血」についての確認を求めるオプションを設けた。

 FPS=一人視点射撃系ゲームのさいしょの商品が「ドゥーム」である。

 このゲームには2つのチート・コードが最初から入れられていた。あたかも、それがシェアされ拡散されるのを望んでいたかのように。

 すなわち、プレイヤーは、あるコードをタイプすると、壁を通り抜けられるようになるのだ。
 これは非常に面白いと歓迎された。
 そこで、1996年の「デューク・ニューケム 3D」や、もっと後年の「スカイリム」でも採用された。
 ※ニューケムは《やつらに核兵器をブチ込め》という略号。

 1997発売の「ゴールデンアイ007」は、3DのFPSとして重要な試みを始めた。
 このゲームでは、プレイヤーはチートをする必要があるのだ。しかし、勝ち続けるためには、そのチートを反復行使できないようになっている。
 つまりチート行為は、まったくゲーム空間の中で完結させられている。

 そしてチートの嗜好も昔とは違っている。ライヴを増やすのではなく、武器やキャラクターを非現実的に変化させるチートを無数に用意しているのだ。もはやプレイヤーは無制限のライヴを得ても面白くない時代に来ている。この趨勢が、今も続いている。

 ※80年代末から、97年以前の話は、とても明るい。当時のゲーム業界の下っ端の人たちの風貌を回想するだけでも、明るくなる。良い時代だった。あのひとたちは今、ご健勝にお暮らしなのだろうか? そんなことが気になる年齢に、なってしまいました。』