「戦狼中国は日米開戦・真珠湾攻撃前の日本」で大激論

「戦狼中国は日米開戦・真珠湾攻撃前の日本」で大激論
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63856750V10C20A9I10000/

『「戦狼外交」に象徴される威勢のよい声ばかりはびこる中国で、日米開戦前の日本の失敗を教訓にすべきだとする冷静な警告が相次いで現れ、大論争を巻き起こしている。激論の焦点の一つは、1941年、ハワイ真珠湾攻撃に至る前に目立った四方八方を敵にする日本である。

日本海軍航空隊による真珠湾攻撃で炎上する米軍戦艦「カリフォルニア」=1941年12月8日(ホノルル・アリゾナ記念館蔵)=共同
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共産党・政府の政策を正面から批判できない現代中国の体制下では、時に過去の歴史を暗喩として現政権に諫言(かんげん)する複雑な手法がとられてきた。今回は国家主席、習近平(シー・ジンピン)「一強体制」と関係が深い現外交路線への婉曲(えんきょく)な批判だけに注目度は高い。

1941年当時、国民党政権の中華民国は日本と戦争中で、戦後の日中国交回復後も共産党政権が過去の日本の軍国主義を厳しく批判してきた。その宿敵、日本と今の中国が似た過ちを犯していると示唆する論旨は、斬新な半面、政治的にはかなりのリスクをはらむ。

■「体制内」の学者らから諫言

確かに中国の現状は厳しい。南シナ海、香港、台湾といった問題も絡む米トランプ政権との対峙、報復合戦に陥ったオーストラリアとの関係、45年ぶりに死者を出したインドとの衝突、華為技術(ファーウェイ)が絡むカナダとの摩擦、台湾が関係するチェコとの確執……。

日米開戦を報じた中外商業新報
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さらに中国寄りが目立ったドイツも初のインド・太平洋外交の指針(ガイドライン)を閣議決定するなど微妙にスタンスを変え始めた。

真珠湾攻撃前の日本が登場する話題の学者の論文は2つある。いずれも共産党体制内の人物だ。まずは外交官出身の学者、袁南生。「多くの国に同時に対抗するのは、ただ外交の災難だけであろうか」と題した文章で「四方を全て敵にするのは外交の失敗」と断じ、その危険性を歴史を振り返りながら批判した。

袁は、ハワイ真珠湾攻撃によって米、英、フランス、豪、中国、最後はソ連までも同時に敵にした日本の例を挙げた。これに関連して、新型コロナウイルス禍で再注目された米国の学者、ジャレド・ダイアモンドの著書も引用し、自らの能力を高く評価しすぎた結果、壊滅的な結果を招いた当時の日本統治者のミスも指摘した。

また、周りを全て敵にする外交の典型として、清時代の1900年、西太后が、民意に押される形で義和団とともに排外主義に走ったケースも例示している。この時はロシア、英、米、仏、ドイツ、日本、イタリアなど8カ国連合軍が北京に入り、最終的に計11カ国を相手に屈辱的な北京議定書が交わされた。

ほかにも史実を挙げて「外交が民意に拉致されてしまう危険」を訴えている。駐サンフランシスコ中国総領事を務め、外交官を養成する外交学院の共産党委員会トップまで歴任した学者だけに説得力がある。「非常に理性的な文章だ」。中国の知識人らからは評価する声が多い。

■「売国奴」との批判

一方、交流サイト上では、中国で「左」と呼ばれる民族主義の色濃い面々から、先鋭的な攻撃を受けている。「この書き手は売国奴だ」「学校帰りに5人の不良に脅されて小銭を巻き上げられたのに、その5人を敵としないのか」。5人とは米、豪、インド、カナダ、チェコを指すようだ。

これだけの論争が起き、習近平時代の外交政策への批判と受けとめられているのに、当初は論文が検閲当局による削除対象にならなかったのは興味をひく。関係者は「内部に同調する意見が一定数あることを意味する」と解説する。とはいえ発表から1週間近くを経て、ネット上の大論争が収拾しにくくなると、ついに閲覧不能になった。

米軍が2015年5月に公表した、南沙(英語名スプラトリー)諸島のミスチーフ礁の画像=ロイター
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もう一つの論文は中国新権威主義を代表する学者、蕭功秦が米中関係を論じたものだ。1941年央にベトナムのカムラン湾など南部仏印(フランス領インドシナ)に進駐した日本軍の行動が、フィリピンを含む米国の核心的な利益を侵すとみなされ、日本を正面から敵視。最終的に真珠湾攻撃で日米開戦に至る過程を指摘している。

1940年夏より前、米国は日本の中国侵略に抗議していたが、なお対日経済関係は保たれ、鉄スクラップ、石油を日本に供給していた経緯にわざわざ触れているのが興味深い。

ところが日米開戦前になると、米国は鉄スクラップの禁輸から、南部仏印進駐を契機にした対日石油全面禁輸に踏み込む。いわゆる「ABCD包囲網」の完成である。米英中にオランダを加えた対日貿易制限は日本に大きな痛手を与えた。南部仏印進駐はマレー、ビルマといった英国の権益にも脅威を与え、米英がともに「喉元に突き付けられた刃」と感じたのは大きい。

最終的に日米開戦の引き金となったのが、日本軍によるインドシナ半島の南部仏印進駐だという歴史的経緯は、中国ではそれほど知られていない。もし、これがもう少し広く認識されていれば、中国の行動に変化が出たのかどうか。

論文の筆者である蕭はそこまで説明していないが、あえて深読みすれば、日本軍による南部仏印進駐が現在の中国による南シナ海での人工島造成と軍事化。米国が日本に供給していた鉄スクラップと石油は、現代中国が米国中心の供給網に依存してきた半導体とその関連技術に見えてくる。

80年近く時を隔てた日本軍の南部仏印進駐と、中国による南シナ海の人工島造成。米国が自国の利益への挑戦とみなす点では確かに両者は酷似している。

米国ではオバマ政権からトランプ政権に変わっても当初はハイテク分野で中国との交流を保っていた。しかし、15日に発効したファーウェイへの新たな輸出規制が象徴する現在の米中関係は、もはや摩擦の域を超え、軍事的な衝突だけがない「戦争状態」に近い。

中国の習近平国家主席(右)と会談するトランプ米大統領(2019年6月、大阪市)=AP
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米国は7月、南シナ海で権益拡大に動く中国の行動を「違法」と断じた。南シナ海を巡る中国の主権主張を全面的に退けた2016年のオランダ・ハーグの仲裁裁判所判断を支持する立場からだった。米国務長官のポンペオは声明で「世界は中国が南シナ海を自らの海洋帝国として扱うのを認めない」という強い態度を示した。

中国国務委員兼外相の王毅(ワン・イー)は「米国は南シナ海の軍事化の最大の推進者であり、地域の平和に対する最も危険な要因だ」と反論している。だが、米側が「違法」と踏み込んだ以上、次に違法状態解消に向けた具体的行動に踏み切ることになる。人工島造成に関与した中国企業への制裁はその一環だ。

■日本まで敵にしないために

安倍晋三が2度目の首相に就任したのは12年12月。習近平が共産党トップに就いた1カ月余り後で、2人はほぼ同じ時期、日中のトップにいた。7年8カ月ぶりとなる日本の首相交代で注目されるのが日中関係である。

自民党の両院議員総会で安倍首相(左)に花束を手渡す菅新総裁(14日午後、東京都内のホテル)=共同
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新首相となる菅義偉は、先の自民党総裁選を巡る日本記者クラブでの討論会で、元幹事長の石破茂が提起するアジア版NATO(北大西洋条約機構)構想に批判の目を向けた。「米中が対立する中で、反中包囲網にならざるを得ないのではないか」。日米同盟を基軸とする戦略外交を掲げながらも、日米開戦前の対日包囲網を思い起こさせる「反中包囲網」には慎重な姿勢に見える。

ただ、コロナ禍で延期された習近平国賓来日の今後については、まだ具体的な日程を考える時期ではないとしている。

習近平政権は日本の新政権にどう対処するのか。沖縄県の尖閣諸島などを巡って日本との確執が強まれば、やがて反中包囲網づくりが現実化する。中国は、身内の学者らが諫言した四方の敵をさらに増やさない知恵を持ち合わせているのか。今こそ真珠湾攻撃に至った過去の日本の失敗に学ぶべきだ。そうでなければ大惨事を招きかねない。(敬称略)』