アベノミクスとは異質のスガノミクス

アベノミクスとは異質のスガノミクス
編集委員 大林 尚
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64021650Y0A910C2I00000/

 ※ 本来、アベノミクスの「3本の矢」とは、金融政策の「異次元緩和」で「円高を是正し」、大企業=輸出産業に息を吹き返させて、「賃金引き上げ」に持って行き、かつ、「財政政策」で「小規模・零細企業に雇われている人」の種々の負担を軽減し、消費を喚起し、「経済の好循環」につなげて行く…。そして、最後に、「規制緩和」で種々の規制を打破し、生産性を抜本的に引き上げて、日本の未来を明るいものへと変えていく…、という政策だったハズだ…。メディアでも、盛んにそういう話しが語られた…。


 しかし、結果的には、「異次元緩和」はマイナス金利の弊害が言われ、財政政策はいつの間にか「消費増税」及び「財政大盤振る舞いのステルスでの手じまい」となり、「規制緩和」は「加計学園」や「IRに伴う収賄、国会議員の逮捕」とか尻すぼみになり、盛り下がってしまった…。
 そこへ、コロナが襲いかかり、経済は縮小し、東京2020も寂しいものになるのは必定な状況となった…。

 菅さんとしては、何とか「デジタル」を突破口に、省庁縦割りを打破し、もう一度「規制緩和」へと、舵を戻したいところだろう…。ある程度の成果を上げることができれば、「本格政権」も視野に入ってくるはずだから、ここは頑張ってほしいところだ…。

※ 今日は、こんなところで…。

※ 雑用と、浮き世の義理仕事に見舞われている…。

※ 明日は明日で、注文してた「CPUファン」が配送予定だ…。また、半日(あるいは、それ以上…)潰れるだろう…。

※ まあ、人生、そう言ったものだ…。

『一大事件の発生時など、新聞各紙が同じ日に同じテーマの社説を載せることがある。題材が共通しているだけに、読み比べるとそれぞれの社論の特性がつかめる。今のように新しい政権が船出したときは、その機会がたびたびある。

17日、主要紙がこぞって菅義偉政権の発足を社説で論じた。日本経済新聞は「新首相は『安倍政治の継承』を掲げて自民党総裁選に勝利したが、前政権と全く同じではないはずだ」と前置きしたうえで「迅速と丁寧が両立した政治主導」を求めた。

朝日新聞は「菅『継承』内閣が発足 安倍政治の焼き直しはご免だ」という見出しで、冒頭から「政策のみならず、人事・体制においても、安倍政権の『継承』は歴然だ」と決めつけた。記事中に「安倍改造内閣」なる表現も登場する。菅内閣を安倍亜流内閣と皮肉った立憲民主党の枝野幸男代表と同じ見方である。

原則毎月第4水曜日に掲載します

スガノミクス(菅首相の経済政策)はその実、どちらに近いのか。成長戦略の面から考えてみる。

16日夜の首相就任記者会見で日経記者に規制改革の具体策について問われた菅氏は、ダム管理を担当する役所の縦割り行政や携帯電話3社による長年の寡占体制がもたらした弊害に触れ「規制改革を政権のど真ん中に置く」と語った。経済的規制だけではなく社会的規制を含めて変革させ、民間企業の創意工夫を引き出しやすくし、消費者の利便性を向上させ、成長につなげたいという政権戦略がみえてくる。

規制改革を成長戦略の柱に据えたのは、安倍政権も同じだ。2014年1月、雪深いスイスの山岳リゾートに飛んだ安倍氏は、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)でのスピーチで、地域を限って規制改革を推し進める国家戦略特区が始動することを紹介し「向こう2年間、いかなる既得権益といえども私の『ドリル』から無傷ではいられない」と豪語し、岩盤規制改革を果断に推し進める姿勢を示した。

菅首相は参入障壁の打破に強いこだわりを持つ

じつは「岩盤規制」は政府の規制改革会議議長を長くつとめたオリックスのシニア・チェアマン宮内義彦氏の造語だ。2004年に筆者が宮内氏にインタビューした際、公共サービスの民間開放や海外から高度人材を受け入れるための日本版グリーンカードの創設を例示し「岩盤に少し動意がみえた」と語っていた。

「ドリルから無傷ではいられない」はコンセプチュアル(概念的)なメッセージの発信に長(た)けていた前首相ならではだろう。しかし安倍政権の規制改革は、宮内氏が活躍した小泉政権の頃に比べると、成果は「中くらいなり」だった。

農協改革にはみるべき点があるが、雇用市場改革は道半ばだった。たとえば企業の経営側が従業員に相応の対価を払うことで解雇をめぐる争いに終止符を打つ「解雇の金銭解決」は、岩盤規制の象徴だが、労組団体の抵抗に遭って制度化を断念した。ダボス会議で紹介した国家戦略特区は加計学園問題のあおりで失速し、勢いを取り戻せずじまいだった。

規制改革は推進しようとする側にとって、骨が折れる政治的な難題だ。業界団体など特定勢力が有する既得権益は規制や保護政策によって生み出される。それを打ち破るのが本来の規制改革だが、権益を守ろうとする側は「推進側が新たな利権を手にしようとしている」などと反論することが往々にしてある。加計学園問題の本質は獣医師の業界団体が持つ権益だったが、論点はいつの間にか加計学園幹部と前首相との関係にすり替わっていた。

しかも、改革によって業界団体が失う既得権益は大きく外からみえやすいのに対し、多くの人が手にするメリットは1人あたりにすると小さく外からはみえにくい。参入規制を緩和・撤廃すれば競争原理が働き、新参者にとっては努力が報われやすい。半面、競争という言葉には他人を蹴落とすことで痛みを強いるニュアンスがある。こうしたこともあって、世論はどちらかというと権益を失う側に味方しがちだ。仮にこれを「規制改革のパラドックス」と呼ぶことにしよう。

国家戦略特区は加計学園問題のあおりで失速した

筆者は、安倍前首相はこのパラドックスに敏感だったのではないかと考えている。加計学園の事例は自身がかかわる問題なので別にしても、自助と市場原理を掲げる新自由主義より、アベノミクスの「第2の矢」と称して財政赤字をさほど気にすることなく政府主導で財政資金を分配する「疑似左派的」な政策をいとわなかったのがその傍証になろう。安倍氏の疑似左派的な政策については、気鋭の政治思想家である宇野重規・東京大学社会科学研究所教授が朝日新聞の言論サイト「論座」に明快な論考を寄せている。

一方の菅首相は自民党総裁選などでの発言を総合すると、新自由主義的なスタンスを前面に出そうとしているとみて差し支えなかろう。めざす国家像として「自助、共助、公助」を提示し、政府が張るセーフティーネット(安全網)はラストリゾートとして機能させると示唆したのが、それを裏づけている。

菅首相の規制改革にかける意気込みは前首相より強い。官房長官のときに携帯寡占の問題に切り込んだ実績からも、自由な競争が消費者の利便を高める原理を熟知しているのがわかる。新政権発足で政策の立案・実行過程がどう変わるか。これは、有権者はもちろん、首相に仕える霞が関官僚にとっても一大関心事だ。

新首相の発言とそこに秘められた意図を吟味することなく「前政権の継承は歴然だ」と断定する社説は、少なくとも成長戦略の観点からは参考になるまい。』