「持久戦」に「大食い禁止」 内に向く中国の事情

「持久戦」に「大食い禁止」 内に向く中国の事情
編集委員 村山宏
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63905560W0A910C2000000/

『近ごろ北京ではやるもの、持久戦、国内大循環、食べ残しと大食いの禁止……。北京に本拠を置く中国メディアを最近にぎわしている言葉の数々だ。いずれも言い出したのは習近平(シー・ジンピン)国家主席で、習氏が使い始めるや、学者や高官が追従して「流行語」となった。一見すると関連のない言い回しが並んでいるようだが、米中対立が終わりを見せないなかで、中国が内向きにならざるをえない事情が言葉の端々から見えてくる。

習近平国家主席が使った言葉がすぐに「流行語」になる=ロイター

中国共産党は7月30日、習氏の主宰で政治局会議を開いて今後の方針を決定した。そこには「我々が直面している多くの問題は中長期のものであり、持久戦の角度から認識しなければならない」という文言があった。持久戦は建国の指導者、毛沢東が1938年に発表した論文「持久戦を論ず」が典拠だ。日中戦争の局面が中国に不利となる状況下で、毛沢東は長期戦を展望し、長く続く防御戦に耐えながら反抗の機会をうかがう戦略を説いた。

■国内完結型の経済目指す

毛沢東好きの習氏は持久戦という用語をこれまでも愛用し、毛沢東の「持久戦を論ず」の書店での売れ行きも好調とされてきた。持久戦という言葉は米中対立の激化とともにさらに使用頻度が上がり、政治局会議を受けて8月には習氏の持久戦の意味を解説する多くの学者の論文がメディアに載った。もっとも、7月の会議で使った持久戦は米国との攻防だけを意味するのではなく、国内完結型経済に向けた長期的な奮闘も指している。

それを裏付ける文言も7月の政治局会議では提示された。「国内大循環を主体とし、国内国際の双循環が相互に促進し合う新たな発展方式を急ぎ形成する」という部分だ。主として国内で回る経済活動を目指し、そこに国外との経済活動を組み合わせる成長モデルを意味するようだ。ここで注目されるキーワードが「国内大循環」であり、略して「内循環」と呼ばれる。習氏は5月後半に開かれた政治協商会議の席で、この内循環を外部に向けて初めて使った。

内循環が登場した当初、「コロナ禍で世界貿易が縮小するなかで内需を成長の柱にするのだろう」という程度に理解された。だが、習氏はその後も内循環という言葉を頻繁に使い、戦略性を帯びた政治用語と受け止められつつある。折しも米国が華為技術(ファーウェイ)への半導体供給を停止するよう各国・地域の企業に求め始めた時期と重なった。中国経済が世界と切り離されても持続できる仕組みを準備せよという号令にも聞こえる。

■曲がり角の「一帯一路」

内循環を自力更生と比較しながら解説するメディアの記事も見受けられる。自力更生は1945年にやはり毛沢東が使い始めた政治スローガンだ。外国に頼らずに自らの力で発展する道を表す。1960年代に中国は米国と敵対し、さらにはソ連とも対立したが、この時期に盛んに用いられた。中国が78年に対外開放政策に転換してからは聞かれなくなった。新たに登場した内循環は自力更生を想起させるが、外部との関係を断つとまでは言っていない。

内循環の重視は中国の世界戦略を修正する意味合いも帯びる。少子高齢化が進行する中国の内需は成熟に向かい、高成長を望めなくなった。指導部は国外進出が持続的な成長には欠かせないと判断し、習氏は就任後まもなく中国からアジア・アフリカへと連なる経済圏構想の「一帯一路」を打ち出した。成長鈍化を補うためにアジア・アフリカ諸国への輸出や投資を増やそうという狙いだった。皮肉にもこの戦略が米国との対立の導火線となった。

レストランのテーブルに置かれた食べ残さないように求める表示(江蘇省揚州市)=AP

米中対立が深まるなかで一帯一路プロジェクトも想定通りにいかなくなった。最近の中国メディアは「世界が百年に一度の局面の大きな変化に臨んでいる」という表現を多用する。これもまた習氏が使った表現だ。世界とつながることで中国経済は大きな利益を享受してきたが、米国をはじめとする主要国が内向き姿勢を強めており、中国も世界情勢の変化に合わせて海外依存を減らす方向に転換を迫られているのかもしれない。

世界経済とのデカップリング(切り離し)への警戒は、習氏が8月11日に明らかにした、食べ物を粗末にするなという重要指示からもうかがえる。メディアでは食べ残しだけでなく大食いも批判された。食糧安全保障への意識を高める狙いだ。中国はオーストラリアと深刻な対立状況に陥り、牛肉などの輸入制限に踏み切っている。穀物の自給はほぼできているが、対立が他国に広がれば海外依存度の高い大豆や水産物などの調達に支障をきたす恐れがある。

中国は1950年代末から60年代初めにかけて似たような経験をしている。革命の輸出につながる強硬な外交政策を譲らずに孤立を深めた。アジア・アフリカの友好国は多かったが、米国やソ連といった主要国との関係は悪化を極めた。中国は自力更生を掲げて大躍進と呼ばれる急進的な社会主義経済政策を実施したものの、逆に農業生産の低下を招いた。自然災害も重なって深刻な食糧不足に見舞われ、少なくとも1600万人が餓死したとされている。

当時と異なり、現在の中国は世界経済と深くリンクし、簡単にデカップリングはできない。中国も孤立回避に向けて欧州などへ外交攻勢を強めるだろう。ただ、中国は国内事情から外交で大幅な妥協に踏み込みにくく、結果として主要国との関係悪化が続くこともあり得ると考えているようだ。それが持久戦や内循環が語られる背景だろう。中国を取り巻く国際環境の変化と同時に、中国が変化にどう対応するかも気になるところだ。

北京のはやり言葉には注意を払いたい。』