アラブの大義、薄れる重み 経済・対イランで宿敵握手

アラブの大義、薄れる重み 経済・対イランで宿敵握手
塗り替わる中東勢力図(上)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63919230W0A910C2FF2000/

『中東湾岸のアラブ国家であるアラブ首長国連邦(UAE)とバーレーンは15日、イスラエルとの国交正常化に関する合意文書に署名した。イラン封じ込めや脱石油の改革をにらみ、長年の敵対関係に終止符を打ったが、中東の安定につながるかは見通せない。

「我々が(UAEに)続く国となりたい」。米メディアによると8月13日、UAEとイスラエルの国交正常化合意の電撃発表からわずか数時間後、バーレーンの政府高官はクシュナー米大統領上級顧問に電話をかけた。

トランプ大統領の娘婿でユダヤ系のクシュナー氏は政権の中東政策に強い影響力を持つ。9月上旬にはバーレーンに飛び、ハマド国王と会談、15日の署名式に同国を加えることに成功した。和解の流れが一気に広がったと世界に見せつけた。

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トランプ氏は15日、「5、6カ国がすぐ後に続く」と述べ、国交正常化のドミノが起きると自信を示した。取り沙汰されるのは同じ湾岸のオマーンやアフリカのスーダンといった国々だ。

1948年のイスラエル建国以来、アラブ諸国は4次にわたる中東戦争をイスラエルと戦った。占領地を取り戻し、パレスチナ難民の帰還を実現することは「アラブの大義」とされ、エジプトとヨルダンを除くアラブ諸国はイスラエルへのボイコットを続けてきた。

しかし、中東戦争の記憶が遠のくなかで、「大義」の重要性は相対的に低下した。各国は増加する若者の雇用や、石油にたよらない国づくりといった切実な経済の課題に直面するためだ。

アラブ、イスラエルがともに対立するイランは核開発を進め、シリアやイラクの混乱に乗じて地域での影響力を高めた。共通の脅威に対処するため、アラブとイスラエルが接近することは自然な流れだったが、成果が得られるとは限らない。

15日、米ホワイトハウスで国交正常化合意の署名式に出席した(左から)イスラエルのネタニヤフ首相、トランプ大統領、バーレーン、UAEの両外相=AP

15日、緑の芝が輝くホワイトハウスの庭園ではイスラエルのネタニヤフ首相、UAEのアブドラ外相、バーレーンのザヤニ外相が、トランプ氏を仲介役に合意文書に署名した。

その光景にはどこか既視感もつきまとう。1993年、クリントン米大統領の後押しで、アラファト・パレスチナ解放機構(PLO)議長、ラビン・イスラエル首相がパレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)に署名した。

それから27年、「歴史的」とうたわれたオスロ合意はイスラエルとパレスチナの2国家共存を目指したが、和平プロセスは暗礁に乗り上げたままだ。

パレスチナ問題の進展が期待できないなかで、経済と対イランの共通利害が突き動かした連携には危うさもある。

ネタニヤフ氏は正常化合意後も米国による最新鋭戦闘機F35のUAEへの売却に反対の立場を表明し、アラブ諸国への不信感の根深さを示した。イランはパレスチナに同情的な立場を打ち出して、アラブ諸国に対抗する。

国際社会の長年の合意に反し、エルサレムをイスラエルの首都と一方的に認めるなど、強引に親イスラエルの姿勢を貫いてきたトランプ氏。再選を目指す11月の大統領選挙を控え、外交政策で得点を稼いだ。

北朝鮮の非核化交渉が頓挫し、中国との対立も深刻になるなか、「ディールメーカー」としての手腕を誇示したが、シリアやイラクに駐留する米軍の縮小を進めるなど中東の長期的な安定への関心は薄い。

今回の地殻変動が中東の新たな秩序形成につながるのか。勢力図の塗り替えは始まったばかりだ。(ドバイ=岐部秀光、ワシントン=中村亮)』

オイルマネーあるうちに 技術立国の夢実現へ実利優先
塗り替わる中東勢力図(中)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63962210X10C20A9FF2000/

『国交正常化の直前の9月上旬、イスラエルの大手ハポアリム銀行の幹部がアラブ首長国連邦(UAE)に入った。国際送金で提携する準備だ。産油国UAEがイスラエルの先端技術に関心を示す協力合意が相次いでいる。中東の金融センターを自負するバーレーンもUAEに追随した。オイルマネーを流し込むお膳立てが大急ぎで進む。

石油の富をどう使うかが分かれ道に(UAEの首都アブダビの高層ビル群)=ロイター
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「イスラエルは天然資源が乏しくハイテクに強い。技術革新には常に開発投資が必要で、UAEとの取り合わせは強力だ」。イスラエルの投資会社タミル・フィッシュマン・インベストメントのエルダド・タミル最高経営責任者(CEO)は期待を込める。

同国はIT(情報技術)や医療などの開発企業が勃興し「中東のシリコンバレー」とも呼ばれる。年7兆円もの石油輸出収入があり投資余力の大きいUAEは魅力的だ。「イスラエルの技術企業は米欧や中国から資金を得てきたが、UAEは流れを変える」とイスラエル・ベンチャー・キャピタルのグイ・ホルツマンCEOはみる。

既に新型コロナウイルスの検査キット開発などで両国企業の合意が相次ぎ、ITや軍事技術にも可能性は広がる。UAEの狙いは、技術の取り込みと産業の多角化だ。

再生可能エネルギーへの重点投資など、いち早く石油頼みから抜け出そうとしてきた。7月には中東初の火星探査機を三菱重工業のロケットで打ち上げた。「技術立国」の夢に、UAEの若者は胸を膨らませる。

脱・石油は時間との闘いだ。最大の原油輸出国サウジアラビアは、目指す国営石油会社サウジアラムコの海外上場がなかなか実現しない。

化石燃料への逆風は強まり、世界は再生可能エネルギーへの転換に大きくカジを切る。原油価格の低迷で財政赤字は膨らむ。いつまでも石油収入を分配するばかりの仕組みを維持できない。

脱・石油の取り組みで先行したUAEのドバイのモデルも万能ではない。大胆なインフラ投資とルール整備で中東のビジネスハブに成長したが、吸い寄せてきた物流や観光の需要は新型コロナで蒸発した。自らが高い付加価値を生む経済でなければ、危機にもろい。

試行錯誤を重ねてきたUAEが、経済改革の究極のお手本をイスラエルに見いだした可能性は高い。同国は天然資源は乏しいが、軍OBらの積極的な起業で、世界から資金を集める技術立国に変貌した。同じ中東の国々が学ぶことは多い。

UAEもバーレーンも、20世紀前半までペルシャ湾で採れる天然真珠が資金源だった。日本で発展した養殖技術によって真珠ビジネスは壊滅的な打撃を受けたが、石油が危機を救い、近代化を成し遂げた。そのオイルマネーがあるうちにイスラエルとのタッグで技術主導型の経済をめざす。

ポンペオ米国務長官は8月下旬にオマーンやスーダンを訪れており、国交正常化への追随を促したとみられている。経済構造の改革加速は、これらの国々や慎重姿勢を崩さないサウジをイスラエルに近づける力となる。

(カイロ=久門武史)』