「スガノミクス」の本丸は労働市場改革、待ったなしの最重要課題とは

https://diamond.jp/articles/-/248937

「スガノミクス」の本丸は労働市場改革、待ったなしの最重要課題とは
永濱利廣:第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト
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連載 政策・マーケットラボ
2020.9.17 3:40 会員限定今月残り3記事(※無料会員登録で、5本までは読める)

※ マクロ経済的には、課題は明らかだ…。アベノミクス(形を変えた「円安政策」)で、日本の「大企業(=輸出産業)」を支援した…。だから、「大企業(=上場企業)」は、息を吹き返した…。

※ しかし、「利益」は「内部留保」として、企業内に積まれて、さっぱり「経済循環」の方に回らなかった…。「株高」で、「資産家層」は潤ったが、そういう層の「贅沢消費」だけでは、「経済の好循環」回すには、力不足だった…。

※「経済の好循環」を回すには、「小規模零細企業」に雇われている層の消費活動を活発にする必要がある…。しかし、それがなかなか難しい…。将来の「生活設計」「人生設計」にも、関わる話しだ…。無闇に、お上が「消費しろ!」と叫んだところで、空しいだけだ…。

※ しかも、税制的には、「消費税」頼みだから、ここの消費を直撃する…。

※ それでもなんとか、IFRSとか、デジタルトランスフォーメーションとか、「貯蓄から、投資へ!」とか、待機児童ゼロとか、働き方改革とか、言い立てて、「消費喚起策」に出ているが、なかなか効果は出ない…。

『菅新政権の経済政策
最優先はコロナ対策
 16日、発足した菅新政権は、「アベノミクス継承」を強調しており、さらにそれを前進させると明言している。

 当面は、すでにコロナ対策として強化されている金融・財政政策の継続に加えて、安全性の高いワクチンや治療薬の普及などで、新型コロナウィルスに対する国民の不安心理を軽減することで需要喚起を図ることが最重要課題だ。

 新型コロナウィルス発生前も米中摩擦や消費増税の影響などにより日本経済は景気後退局面にあり、経済は正常化していなかった。

 こうしたことからすれば、コロナ後も需要喚起策は最重要課題になる。

 アベノミクスの進化版となるであろう「スガノミクス」は、アベノミクスで道半ばとなった成長戦略の中でもほとんど進まなかった労働市場改革を前進させなければならない。

リーマンショック時を上回る
過去最大の需要不足状態

 そもそも、なぜアベノミクスで経済が正常化まで到達しなかったのかというと、円安などで好況を謳歌した企業の儲けが十分に投資や従業員などへの配分に回らず、企業が貯蓄超過主体から脱することができなかったことが主因だ。

図表1:国内ISバランスの推移
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 アベノミクス以前に長期デフレが放置されてきたことにより、企業や家計のマインドが過度に委縮していたことが軽視されていた。 

 さらに企業業績の回復が賃金上昇→消費拡大→企業の売り上げや利益拡大といった経済の好循環が機能する前の2014年4月に消費増税をしたことや、結果的にすでに景気後退局面入りしていた2019年10月にも消費増税を実施したことで、経済の正常化を遠のかせてしまった。

図表2:実質個人消費と実質公共投資
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 こうした中で起きたコロナショックにより日本経済のデフレギャップはリーマンショックを上回る過去最大の需要不足状態に陥ってしまったわけだ。

図表3:GDPギャップの推移
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不安心理が払しょくされないと
需要は元に戻らない
 リーマンショック時は金融危機が原因だったため、大規模な金融・財政政策で経済の立て直しは可能だった。

 しかし、コロナショックはウイルス感染が原因のため、どんなに大規模な金融・財政政策を講じても、感染拡大に対する不安心理が払しょくされない限り、需要は元に戻らない。

 新政権は、国民のコロナ感染に対する不安心理を一刻も早く軽減させることが最優先の課題となる。

 具体的には、いかに早く日本国民全員に安全性の高いワクチンや治療薬を普及させるかが重要だ。

 それと並行して、予備費なども有効に活用してウィズコロナの中でも少しでも国民の不安心理軽減に貢献するようなメリハリの利いた検査・医療体制の充実や、自治体の裁量などを拡げるコロナ特措法の改正なども急ぐべきだろう。

実質賃金拡大が明確になるまで
財政・金融は拙速な「出口」回避

 そして感染収束後の政策対応として最も重要なのが、金融財政政策の正常化をあせらず、拙速に政策が「出口」に向かわせないことだ。

 アベノミクスの期間、日本経済が「戦後2番目」に長い景気拡張期だったにもかかわらず、景気の力強い回復を実現できなかった最大の要因は、経済の好循環が機能し始める前に消費増税と公共事業削減を行い、せっかくの金融緩和の効果を相殺してしまったからだ。

 コロナ対策で巨額の国債発行をしたことで、財政健全化を重視する緊縮財政派からはコロナ増税の議論が出てきている。しかしスガノミクスでは、コロナ感染が収束、消費などが回復してデフレギャップが縮小したとしても、好循環が持続して雇用者の実質賃金が明確に拡大基調になるまでは、緊縮財政はできるだけ避けるべきだ。

 需要刺激という面では、所得の海外流出を防ぐこともこれに貢献する。

 アベノミクス以前、リーマンショック後、超円高などに見舞われ「産業の六重苦」が言われたが、その中に「高い電気料金」問題があった。

 電気料金に反映されている天然ガス価格を日米欧で比較すると、日本では東日本大震災後に中東諸国と高値で長期契約してしまった影響もあり、アベノミクス以降も高止まりしている。

シェール革命で国内調達ができる米国は低水準であることに加え、輸入にも依存している欧州でもだぶついた米国のシェールを大量に輸入して貯蔵することなどにより、近年、急激に天然ガスの価格を下げている。

図表4:天然ガス価格の推移
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 スガノミクスではオールジャパンでエネルギーの調達先を多様化することなどに積極的に取り組み、天然ガス価格の抑制を通じて所得の海外流出を最小限に抑えることにも取り組むことだ。

抜本的労働市場改革に踏み込め
流動化とあわせ就業支援

 コロナ後の経済正常化を考えれば、労働市場改革が「一丁目一番地」だ。

 日本の人口動態を考えれば、特に2020年代後半以降の人口減少がかなりの勢いで加速し経済成長も非常に厳しくなることを考えると、労働市場改革は経済構造の改革では最も重要と言える。

 実際に足元でも、本当は働きたいが何がしかの理由で求職活動をしていない、いわゆる就業希望の非労働力人口が300万人以上(2020年4-6月期時点)、存在している。

図表5:就業希望の非労働力人口
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 その理由の内訳をみると、「適当な仕事がありそうにない」と回答する女性が最も多く、続いて「出産・育児のため」とする女性が多い。これを考えると、就業のミスマッチ解消や出産・育児などの支援が引き続き喫緊の課題と言える。 

 また、コロナ後は女性のシニアだけではなく、外国人の活躍も重要と考えられる。

 しかし、こうした女性・シニア・外国人の就業をこれまで阻害してきた最大の要因が日本特有の雇用慣行だ。

同じ会社に長く勤めるほど賃金などで恩恵が受けやすい就業構造を変えていくことが必要だろう。これが変わらない限り、なかなか労働市場の流動化は難しい状況だと思われる。

 象徴的なのが、正社員の賃金構造がいまだ年功序列となっていることだ。これを打破すべく一刻も早く踏み込む必要があるのが、正社員の解雇ルールの明確化やホワイトカラー・エグゼンプション制度の導入だ。

 安倍政権でも導入が図られたが、結局はとん挫した。しかし日本経済の生産性をあげるためにも労働市場の流動化を促す政策が重要だ。

 参考にしたいのが、スウェーデンやデンマークなどの積極的労働市場政策である。

 スウェーデンやデンマークなどの労働市場が流動的であるため、企業はその時々で必要な労働力を確保し、積極的に従業員を採用できる。

 ただ見落とされがちなのは、労働市場の流動化とあわせて、政府が失業者に対し、新たなスキルを得て労働市場に戻れるようなさまざま就業支援をしていることだ。

 失業しても学び直して、前職より条件のいい仕事に就くことが普通に行われている。

 これを日本でも「スガノミクス」の一環として実践すれば、人手不足となりがちなデジタル関連産業なども優秀な人材を確保しやすくなるだろう。

 コロナショックを受けた産業構造の変化に対応して迅速に労働力がシフトする効果が見込めるだけでなく、手厚い職業訓練などで労働力のスキル向上にもつながる。

 こうして労働市場が流動化すれば、企業が人材引き留めのために賃上げを積極的にするといった好循環が生まれる。

「デジタル庁」は
新しい話ではない
 労働市場改革は菅氏が重視するデジタル化とも関係する。

 コロナ禍で海外諸国との遅れが改めて浮き彫りになったデジタル化をいかにキャッチアップするかも優先して取り組むべき政策課題だ。

 民間のデジタル化を進めるには、行政のデジタル化を進めることが欠かせない。

 菅氏はアベノミクス継承を基本にIT推進や省庁の縦割り排除などを掲げるが、行政のデジタル化は「骨太2020」でも最優先課題とされていた。

特に、官邸に司令塔機能を作り、今後一年間を集中改革期間として、マイナンバー制度の抜本改革や地方自治体のシステム標準化に取り組むとされているが、スガノミクスではそれをキャッチフレーズ倒れにするのでなく具体化することが問われる。

 何よりも期待したいのは、政府がデジタル化にかかわるソフトウェアや研究開発投資など無形資産への投資を拡大することだ。

 政府がデジタル化を後押しすることによって、産業構造が高度化し、労働市場改革との相乗効果でハイテク人材などの雇用も増える。

 政府のデジタル化を含む無形資産投資を国際比較すると、日本は無形資産の割合が低く、建設投資がほとんどを占めている。

図表6:政府固定資産に占める無形固定資産比率
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 政府の無形資産投資を拡大するには、デジタル化投資が投資とみなされない財政法を大胆に見直し、無形資産投資の財源を赤字国債発行でもできるようにする法改正が欠かせない。

 また電子政府についても、加速が必要だ。日本政府は2000年代からさまざまな計画を立て、電子政府に取り組んできた。日本は電子政府の取り組みに無策との批判もあるが、国連の電子政府ランキングでも上位に食い込んでいる。

 しかし、個人の電子申請利用率は最下位だ。それを考えると、行政のデジタル化の実効を上げるには、利用者の目線での取り組みが大事だ。

(第一生命経済研究所 経済調査部首席エコノミスト 永濱利廣)』