HEVに現実を見た中国、判断ミスで自縄自縛の欧州

HEVに現実を見た中国、判断ミスで自縄自縛の欧州
第2回 この2年の変化
藤村俊夫 愛知工業大学工学部客員教授(工学博士)、元トヨタ自動車
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01416/00002/

『世界の自動車産業はここ2年で劇的に変化した。その動きを規制動向と規制への対応状況、電動化の拡大、エネルギー動向の観点で分析すると、次のようにまとめることができる。

[1]電動車の「現実解」はハイブリッド車(HEV)である。電池性能を含めて依然として多くの課題がある電気自動車(EV)の拡大は難しい。

[2]エンジン車とHEV、プラグインHEVに搭載するエンジンは脱化石燃料に転換し、エンジン車を存続させる。これにより、新興国を含めた多くの人が購入できる価格の実現と二酸化炭素(CO2)の削減の両立を図ることができる。

 世間にはさまざまな報道があるが、冷静に見ると世界の自動車産業はこれまで筆者が唱えてきたシナリオ(第1回の図1)の信頼性を裏付ける方向に進んでいる。以下、詳細について解説しよう。

第1回 基本方針:鍵はHEVと低炭素燃料、売れないEVでCO2は減らせない
全く強化になっていない各国・地域のCO2基準値
 CO2削減率(年)に関して、先進各国・地域の2021年~30年の基準値が出そろってきた。ところが、それらはわずか5%前後。2015年~21年の5%前後とほぼ同等であり、全く強化されていない。パリ協定(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議;COP21)の目標達成(2℃以下)を意識した新車削減率(年)である12~13%にも遠く及ばない。

 一方で、先進各国の政府は2030~40年に電動車構成比を100%(エンジン車はゼロ%。英国はHEVも除外)にすると、あたかもパリ協定を意識したかのような野心的なシナリオを表明している。だが、基準値とのギャップがあまりにも大き過ぎて、実効性に欠ける。まさに「絵に描いた餅」と言わざるをえない。日本を例にとると、国土交通省と経済産業省が、基準値とシナリオに関して全く調整していないという、まさに縦割り行政の弊害が出ている。

 CO2基準値は自動車メーカーが可能な範囲を想定して決められている。その基準値が今後見直されるとは思えない。従って、各国・地域の自動車メーカーには、生き残りを懸けて先のシナリオ(年率12~13%削減)に近い開発の推進を期待したい。

 併せて、日本をはじめ各国の政府には、せめてCO2削減を後押しする補助金と優遇税制へと見直しを進めてほしい。ZEV(無公害車)に対応するEVや燃料電池車(FCV)などで一律に手厚くするのではなく、Well to Wheel (WtW)*1でのCO2やLCA*2でのCO2と、段階的にレベルに応じて補助金や優遇税制を決めれば、地域のエネルギー事情に応じて実効性のあるCO2削減が可能になるはずだ。

*1  WtW  油田からタイヤを駆動するまでのCO2排出量。

*2  LCA 自動車のライフサイクル全体でみたCO2排出量。

進まない欧米メーカーの電動車展開
図1 世界の主要な自動車メーカーのエンジン車と電動車の構成比
2018年の主要5社の電動車構成比率を示す。非常に低調である。(作成:筆者)
[画像のクリックで拡大表示]
 図1は、2018年における世界の主要な自動車メーカーのエンジン車と電動車の構成比を示したものである。彼らは2025~30年の間にほぼ25~50%を電動車とし、残りをエンジン車とすると表明している。だが、ドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン;VW)と米General Motors(ゼネラル・モーターズ;GM)のEVおよびPHEVの比率は、2018年で共にわずか0.4%。2019年においても1%以下と非常に低調だ。

 中でもVWは、同グループ最高経営責任者(CEO)のヘルベルト・ディース氏(VW乗用車ブランドのCEOは2020年7月に退任)の下で、2025年に25%をEVとする目標を掲げて世間の注目を集めた。だが、技術的な課題が山積している上、製造ライン構成の見直しや人員削減など生産面での対応にまで苦慮している。25%という目標の実現は非常に厳しいと予想される。

 一方、HEVを得意とする日本メーカーは、HEVとPHEVの比率がトヨタ自動車が15.4%、ホンダが7%と欧米メーカーと比べて相当高い。しかも、トヨタ自動車は2019年にはこれをさらに3ポイント上積みした。今後は日産自動車も含めて日本メーカーの電動車比率はさらに高まるはずだ。

HEVが電動車の「現実解」と気付いた中国政府
 2019年、それまで拡大していた世界のEV販売にブレーキがかかった。主因はEV販売の50%を占める中国の減速だ。中国では同年9月に補助金が大幅に減額された。2016年に最大330万円もあった補助金が50万円に下がったのだ*3。これにより、それまでの急速な拡大基調から一転、前年比-2%となる78万台へと減少したのである。

*3 ただし、補助金の終了期限は2020年から2022年に延長された。

 これはEVの販売がいかに補助金に支えられてきたかを如実に表している。

 それまで自国産業を育成するためにEV一辺倒だった中国は、NEV(New Energy Vehicle;新エネルギー車)規制に含まれるCAFC(Corporate Average Fuel Consumption;企業平均燃費)への対応を考えると、やはりHEVは外せないと気付いた。そこで、2021年1月からNEV規制で優遇する低燃費車にHEVを加える方針に転換したのである。具体的には、HEVを量販するメーカーにNEVに対するクレジットを与える。

関連記事:中国「HEV外し」を急転換、VWに試練 トヨタに追い風か
 この方針転換は、HEVを得意とする日本メーカーにとって追い風だ。反対に、EVの拡販を狙っていたVWなどにとっては、EVへの補助金の減額も含めて大きな逆風となる。既に、2019年のトヨタ自動車とホンダの中国におけるHEV比率はそれぞれ16%と9%を占めている。今後はさらに拡大すると予想される。

 中国がHEVを優遇する動きは、2019年4月にトヨタ自動車が発表したHEV関連特許の無償開放と、中国メーカーへのHEVシステムの販売決定が大きく影響していることは言うまでもない。

関連記事:「次世代ハイブリッド完成の自信」か、トヨタの特許無償提供
2021年欧州CO2基準で苦しむドイツメーカー
 現実を見て軌道修正した中国に対し、それができずに苦境に陥っているのが欧州メーカーだ。原因は、2020年1月から始まったCO2基準の強化である*4。課せられたCO2基準は95g/kmと、2015年の130/kmから3割も厳しくなった。

*4 新型車は2020年1月から、継続生産車を含めたものは2021年1月から。

 欧州では「ディーゼルゲート」、すなわちVWによるディーゼル車の排出ガス不正問題で、頼みの綱であったディーゼル車の販売が落ち込んだ。この売り上げの落ち込みと傷ついたイメージの向上のために、欧州メーカーはEV路線への転換を打ち出した。ところが、肝心の顧客が付いてこず、EVの販売は欧州メーカーの期待を大きく裏切っている。

 それでもなんとかCO2を削減しようと、2017年から「マイルドHEV」の販売拡大を図ったのだが、CO2の削減効果が小さくて基準を満たす「特効薬」にはなり得ない*5。苦しんだあげく出てきたのが、パラレル方式(CO2削減効果が小さい)のHEVをベースとしたPHEVだ。欧州委員会の救済措置とも言われるこのPHEVを、欧州メーカーは2018年から押し出している。

*5 欧州メーカーは「マイルドHEV」と呼ぶが、本来は48V電源を使うエンジンのモーターアシストシステムと定義すべきものだ。この呼称は、日本メーカー(トヨタ自動車とホンダ)が得意なCO2削減効果の高いストロングHEVを造れない欧州メーカーの苦肉の策と言える。

PHEVを「クリーン車」に位置付ける欧州のカラクリ
図2 VWのPHEV「Touareg R」
(出所:VW)
[画像のクリックで拡大表示]
 欧州メーカーがCO2削減効果の高いHEV(ストロングHEV)を造れない理由は、日本メーカーがHEVに関する重要な特許の大半を押さえているからである。そこで欧州委員会が救済策として打ち出したのが、PHEVへの優遇だ。現に、ドイツの乗用車メーカーはHEVよりもむしろPHEVをラインアップに加えている図2。ところが、これはまさに名ばかりの「クリーン車」と言わざるを得ない。モーター走行(EV走行)が終了すると大量のCO2を排出するからである。

 図3は、1トリップの距離に応じたPHEVのCO2排出量を示したものである。PHEVでは「Electric Range(EV走行)」を基に「削減係数(Reduction factor;K)」が決まり、実際のCO2排出量を削減係数(K)で除したものを認証値にすることとなった。

図3 PHEVの実走行と認証値とのかい離
PHEVはモーター走行を終えると大量のCO2を排出するが、長い距離を走るほど認証値から計算したものよりも、実際のCO2排出量は大きくなる。これには削減係数(K)というカラクリが効いている。(出所:筆者)
[画像のクリックで拡大表示]
 ところが、1トリップの距離が延びるほどPHEVで認可された値から算出したCO 2排出量と、実走行を考慮したCO2排出量とのギャップが広がってしまう。例えば、100~300kmでは認証値に対して1.5~2.5倍のCO2が実際には排出されることになる。アウトバーンなどでは200~300kmの走行は日常茶飯事であるにもかかわらず、だ。

 これに対し、日本メーカーのPHEVは電池が切れてもCO2排出量の少ないHEV走行を行うため、CO2の総排出量はもともと少ない。シリーズやシリーズ/パラレルという日本メーカーが得意なHEVを持たない欧州メーカーは十分なCO2削減効果を得られないため、PHEV化と削減係数で規制を乗り切ろうという戦略なのである。

 これでは欧州委員会は、「大気中のCO2の実質的な改善よりも、自動車メーカーの救済を優先している」と非難されても仕方がないだろう。欧州メーカーも、世界でESG(環境・社会・企業統治)投資が叫ばれる中、何を重視して開発をしているのかと疑いたくなる。さらに言えば、欧州委員会はディーゼルゲートの際も、米運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)から指摘を受けるまで、既に認知していた自動車メーカーの不正を公にしなかった。その上でこの2020年CO2規制においても、環境よりも欧州メーカーの利益を優先しているのである。

ドイツメーカーに数千億円規模の罰金の可能性
 ところが、ここまでしても欧州メーカーの平均CO2排出量は、それまでの減少基調から2016年以降に悪化に転じている。ディーゼル車の販売減や大型SUV(スポーツ多目的車)の販売拡大、WLTP(国際調和排出ガス・燃費試験法)の導入などの影響を受けているからだ。

 図4に、各社のCO2基準への対応状況を示す。このままいくと大半の自動車メーカーは達成できず、販売台数の多い「ジャーマン3〔VW、BMW、Daimler(ダイムラー)〕」などは、数千億円規模の罰金が課せられる可能性がある。唯一、基準達成が見込めるのは、欧州におけるHEV比率が50%に達するトヨタ自動車だけだ。

図4 2021年欧州CO2基準に対する世界の自動車メーカーの対応状況
トヨタ自動車以外の大半の自動車メーカーが基準を満たせないと見られる。(出所:筆者)
[画像のクリックで拡大表示]
 ここで欧州におけるEVとPHEVの販売に目を向けてみよう。世界全体で見るとEVとPHEVの販売は2019年からブレーキがかかっているが、欧州における販売は前年比で40%程度増え、42万台から58万台(欧州シェアは3.6%)に増加した。2020年に入り、コロナ禍で自動車全体の販売が落ち込む状況下においても、EVとPHEVの販売は伸びている。

 だが、ここにもカラクリがある。欧州メーカーが赤字覚悟の大幅値引きをしているからだ。背景には、「2020年CO2規制の未達で罰金を払い、企業イメージを悪化させるくらいなら、利益度外視でEVとPHEVを売った方がまだましだ」という欧州メーカーの思惑がある。

 だが、果たしてその思惑通りにいくのか。上述のようにEVとPHEVのシェアがたかだか4%弱程度では“焼け石に水”にしかならない上、いつまでも赤字覚悟の販売を続けるわけにはいかない。そこで次の救済策として出てきたのが、EVとPHEVへの補助金の増額というわけだ。ドイツでは新型コロナによる経済ダメージからの再始動という名目で、EV補助金が現状の約37万円から約74万円に倍増される。ドイツ以外の国の政府も、補助金拡大を既に表明している。

 このように、欧州メーカーは現在2020年CO2規制への対応にもがき苦しんでいる。2014年のディーゼルゲートの後、拙速にEV戦略に転換したドイツ勢(言うまでもなく主犯はVWである)の判断ミスの影響が、今噴出しているのである。』