「菅内閣」誕生で政治はどう動く?

「菅内閣」誕生で政治はどう動く?自民党総裁選の内幕を伊藤惇夫氏が斬る
ダイヤモンド編集部 小尾拓也:副編集長
経済・政治 DOL特別レポート
2020.9.8 5:15
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『来る9月14日、自由民主党の総裁選が実施される。7年8カ月に及んだ安倍政権は、功績と共に多くの課題を残した。次期自民党総裁には新しい首相として、難しい国の舵取りが求められる。総裁選における「菅一強」は揺るがないのか。新政権のもとで解散・総選挙はいつ行われるのか。注目すべきポイントを、政治アナリストの伊藤惇夫氏に聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部 副編集長 小尾拓也)

雪崩を打って「勝ち馬」に
自民党内で勢力図が一変
――安倍首相の辞任を受けて9月14日に実施される自由民主党の総裁選は、候補が3名に絞られました。現段階では、党内5派閥の支持を受けた菅義偉・官房長官が圧倒的に有利な状況です。各派閥が雪崩を打って「菅支持」に回ったのは、なぜでしょうか。

 ひとことで言えば、「勝ち馬」に飛び乗ろうとする動きが起きているということ。しかし、なぜ菅氏が急速に「勝ち馬」と認識され始めたのかは、定かではありません。強いて言えば、「石破茂・元幹事長だけは総裁にしたくない」という考えが、党内で強かったのでしょう。それが一番大きな理由だと思います。

 一方で、次期総裁の本命とされてきた岸田文雄・政調会長が失速した影響もあります。6月を境に安倍首相が方針転換し、岸田氏は後継候補から外れたと見られています。理由は、新型コロナ対策で党の責任者を務めたにもかかわらず、発信力・存在感が高まらないから。また、コロナ支援策として岸田氏が主張してきた、30万円を減収世帯に限定給付する構想が閣議決定後に覆され、国民への一律10万円給付に変更された一件で、岸田氏の政治手腕には大きなマイナスイメージがついてしまいました。

 興味深いのは、この頃から麻生太郎・副総理も「岸田は平時の宰相だ」と言い始めたことです。過去、金丸信・副総理が将来の総裁候補について述べた「平時の羽田(孜)、乱世の小沢(一郎)、大乱世の梶山(静六)」という発言に倣ったのでしょう。

 実はこの発言、それで終わりではなくて、金丸氏は「政治の世界に平時はない。そして大乱世になったら自民党はない」と付け加えました。要するに、「総裁候補は小沢一郎しかいない」と言いたかったわけです。麻生氏がそこまで考えて金丸氏の発言を引用したとすれば、「岸田氏では無理だ」と言いたかったのかもしれません。

本命だった岸田氏が失速する中、安倍政権を支えてきた人たちの間で、「次の総裁候補探し」が始まっていました。そこに安倍首相が突然辞任を表明したため、ここで緊急登板できるのは石破氏や岸田氏ではなく、長年官房長官を務め、安倍首相の政策運営を知り尽くしている菅氏しかいない、という機運が一気に高まったのでしょう。

――菅氏が「本命」に躍り出るまでには、どういうやり取りがあったのでしょうか。

 安倍首相から総裁選を任された二階俊博・幹事長は、早い段階から菅氏と頻繁に会合を重ねており、そこで総裁選への出馬を後押ししていたと見られます。二階氏は動物的な勘の鋭い人物。党内や安倍首相の意向をある程度察知した段階で、菅氏擁立へと舵を切ったのでしょう。

 菅氏自身も、7月上旬くらいから微妙にスタンスが変わってきていました。それまでは「次期総裁になる気は全くない」との発言で一貫していましたが、親しい人に対しては必ずしもそれを否定しないことがあったといいます。安倍首相に一番近いところにいたので、首相の体調面の変化にいち早く気付き、「もしかしたら」という思いがあったのかもしれません。

二階幹事長にとっては
「勝利こそが正義」
――二階氏は、石破氏とも気脈を通じている印象がありました。総裁選で党員投票を省略し、地方票に強い石破氏のハシゴを外す方向へ動いたのは、なぜでしょうか。

 二階氏は、「勝つことが正義」と考えている人。菅総裁が誕生したら、少なくとも自身の幹事長留任はほぼ確実となります。勝つためには、いつもあらゆる選択肢を持ちたいと思っているのでしょう。石破氏の勉強会への出席要請に応じたり、「期待の星」と発言したりしたのは、当時の勢力図を見据えながらのリップサービスの一環と思われます。先の東京都知事選でも、「必ず勝つ」と確信したからこそ、自民党との間に深い溝がある小池百合子氏の支援を表明したのです。

――石破氏を総裁にしたくないという雰囲気が、自民党内でここまで根強い理由は何でしょう。

 今の自民党の実力者たちは、これまでの安倍政権の体制を崩したくない。変化ではなく、継続を前提に考えているのです。石破氏は、国政選挙で6連勝し総裁として結果を出し続けた安倍首相に対して、批判的な態度を貫きました。そんな石破氏がもし総裁になれば、体制をガラリと変えてしまう恐れがあります。それを大方の人が不安に感じたのでしょう。

石破氏が総裁選で
苦戦する真の理由とは
 さらに勘繰ると、好き嫌いの問題だけではないのかもしれません。安倍政権下で起きた森友、加計、桜を見る会などの問題を石破氏に追及され、不都合な真実が明るみに出たら、自民党は混乱に陥ります。そうした側面から、石破氏が危険視された可能性もあります。

 かつて、田中角栄首相が金脈批判で辞任し、その後、当時の自民党内で最弱の反主流派だった三木武夫氏が、総裁に就任したケースがあります。これは、国民にクリーンなイメージを与えることが目的でしたが、三木首相はその後発覚したロッキード事件で疑惑の積極的な究明に動きました。そのこともあって、田中元首相は裁判の被告人となったのです。そうした「過去の記憶」も、情勢に影響を与えたかもしれません。

――岸田氏や石破氏が、これから劣勢を挽回できるチャンスはあるでしょうか。

 ここまで菅氏支持が固まってしまうと、難しいでしょう。しかし、2人がそれでも出馬するのは、「次」を見据えているからです。次期総裁は、安倍首相の残りの任期を引き継ぐ形になります。来年9月にはまた自民党総裁選が行われるため、そこでもう一度勝負できる。もし来年も目指すなら、今回出馬しておかないと、「勝ち目のない戦いから逃げる人」というネガティブなイメージが付き、不利になってしまいます。つまり今回は、勝ち負けではなく、出馬をすること自体に意義があるのです。

 もちろん、どちらが2位につけて、どちらが3位に沈むかという問題はあります。今回の結果が、次期総裁選の優劣に少なからぬ影響を及ぼすことが考えられます。

――目下、次の自民党総裁・内閣総理大臣に最も近いと思われる菅氏ですが、菅政権ができると仮定した場合、その政治手腕をどう見ますか。

 菅氏は、少なくとも内政では十分経験を積んでおり、個別の政策には非常に強い印象があります。よって、安倍政権の路線を継承するには最適だと思います。ただ、アベノミクスをはじめとする安倍政権下の政策が、全て成功しているわけではない。それをどれだけ軌道修正できる手腕があるかは、未知数です。

 また、菅氏はパフォーマンスが得意ではないので、安倍首相のように華々しく外交を展開することは考えづらいです。外交をはじめ自分の苦手分野は、適任者を選んである程度の裁量を与え、任せていく体制になると思います。

菅氏は修羅場をくぐってきた
ただの「つなぎ」ではない
 いずれにせよ、総裁を目指すほどの政治家には、自分がのし上がるために戦略的にライバルを蹴落としたり、時の実力者に食い込んだりするパワーが必要です。今回、安倍政権の「単なるつなぎ」と評されることが多い菅氏ですが、安倍政権ができるまでは、戦っては負け続けるという修羅場をくぐり抜けてきました。多くの派閥に支持されるのは成り行きではなく、「たたき上げ」の強さも評価されてのことだと思います。

――「菅内閣」の重要閣僚には、誰が選ばれそうでしょうか。

 現段階では予想できませんが、どういう人事をやるかによって、菅氏の「腹の内」がわかります。派閥のバランスを重視したり、安倍政権で主流派だった人たちを重用したりする人事なら、「つなぎ」の意識が強いでしょう。反対に「菅カラー」を打ち出す人事なら、来年の総裁選も勝ち抜いて長期政権を築こうという意欲が強いことになります。
 
――新首相の元で、衆議院の解散・総選挙はあるのでしょうか。あるとしたら、どのタイミングでしょうか。

 永田町では、10月25日投票などという噂も出ています。安倍首相が辞任を表明した途端、「ご祝儀」で政権の支持率が50%を超えて復活する一方、立憲民主党や国民民主党の合流などで野党の体制が整っていないからです。こうした状況を好機と捉えて、早期解散を主張する人は自民党内にいます。また新しい首相にとって、早い段階で解散・総選挙を行い国民に信を問うことは、悪い選択肢ではありません。

解散・総選挙は
近いのか、先なのか
 ただ私は、早期に解散・総選挙がないとしても、菅氏は首相になったとしたら、来年9月までの任期中に解散のタイミングをうかがい続けると思います。どんなに謙虚な政治家でも、首相になったら1日でも長くその座にいたいものだから。

 ともあれ、解散は首相の専権事項です。政界には、「解散についてだけ首相は嘘をついてもいい」という不文律もあります。だから、解散の時期は本当に予測不能です。

――来年の総裁選は、どんな顔ぶれになりそうですか。

 仮に今回の総裁選で菅氏が勝利を収めた場合、石破氏と岸田氏が次期総裁選に名乗りを上げる可能性は高いです。ただ、岸田氏はこのままだと微妙かもしれません。非常に優秀な政治家ではありますが、今党内では、「安倍首相からの禅譲を待つ戦わない政治家」といった評価が増えています。来年も立候補を目指すなら、これから「発信力」を磨いていかないといけません。

 新しい注目株を挙げるとすれば、今回出馬を見送った河野太郎・防衛大臣です。河野氏は危なっかしいところもあるけれど、発信力が強く、国民の人気も高い。実は、菅氏も河野氏を買っています。2009年の総裁選に河野氏が出馬し、谷垣禎一氏と争った際、菅氏は宏池会に所属していましたが、派閥の意向に逆らって河野氏を支持しました。もし菅氏が今回総裁になったら、自分の後継に河野氏を推す可能性はあります。

――今振り返って、安倍政権の8年弱をどう評価していますか。レガシー(遺産)と呼ばれる成果がなかったとも言われていますが。

「記録は残るけれど記憶に残らない政権」だったと思います。過去の歴代政権を振り返ると、吉田茂の日本の独立回復、岸信介の日米安保改定、佐藤栄作の沖縄返還、中曽根康弘の行政改革、田中角栄の日中国交正常化など、首相の名前と実績がセットで浮かんできます。しかし、安倍氏にはそれがない。

 印象が強いのは、経済政策アベノミクスで株高・円安を演出したことですが、あれは金融市場が、リーマンショックの後遺症から「自然治癒」する過程と時期が重なった側面も大きいと思います。特に株高は、日銀とGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の大量の資金投入により、2~3割は下駄を履いた状態だったでしょう。

その一方、マイナス金利政策で金融機関は疲弊し、財政は出動するだけで建て直しは行われず、国の借金は増え続けました。デフレ脱却は「永遠の道半ば」の状態です。

 また、積極的な外交は評価されていますが、ロシアとの北方領土問題や北朝鮮との拉致問題は解決しておらず、日韓関係は過去最悪と、成果に乏しいです。日中関係は改善に向かっていますが、米国と仲が悪くなると日本へ向いてくるという、中国側の都合が大きい。

 米国のトランプ大統領と良好な関係を築けたことは評価できますが、通商交渉では押されまくりで、国益にはなりませんでした。「仲良くすれば何とかなる」という発想に留まらず、日米地位協定の改定くらいまで踏み込めればレガシーをつくれましたが、そのレベルまでは至りませんでした。

「やっている感」の演出だけで
レガシーがなかった安倍政権
――なぜ、長期政権を築けたのでしょうか。

 第一次政権の教訓からか、第二次以降の政権では理念的な政策を掲げずに、経済を前面に押し出して実務的なイメージをアピールしました。そのことから考えても、政権を長期化させること自体が目的だったのではないか。そして、窮地に陥ると解散総選挙を打って切り抜け、安保法制や特定秘密保護法案を成立させるというやり方を続けました。

 その過程で奏功したのが、「やっている感」の演出です。三本の矢、女性活躍、一億総活躍、地方創生、働き方改革、人づくり革命というように、華々しい看板を掲げて国民の期待を集め、飽きられてきたら違う看板にかけ替えるという作戦を繰り返し、国民の支持を持続させました。結局、どれも大きな成果は出ていませんが、うまいやり方だったとは思います。野党勢力がかつてなく弱体化していたことも、環境的な追い風になりました。
 
 政権の正しい在り方は、「一内閣・一仕事」だと私は思います。一度大きなテーマを掲げたらそこに集中し、「目標を成し遂げられたら内閣がつぶれてもいい」というくらいの気概でことに当たる。安倍政権は、それとは正反対でした。現内閣が成し遂げられなかったことをいかに実現していくかが、次の総理・総裁に課せられた使命なのです。』