IFRS入門 大企業の採用進む のれん・減損に注意

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『日本の上場企業で国際会計基準(IFRS)の採用が増えている。トヨタ自動車(7203)が2021年3月期から国際会計基準(IFRS)へと移行するなど、グローバルにビジネスを展開する企業で、会計基準の「国際化」が進んでいるかたち。国内の時価総額ランキング上位20社のうち13社がIFRS企業になるなど大企業で採用が進むが、日本基準や米国会計基準とは違いもある。IFRSの特徴を把握して、銘柄選びなどに役立てたい。

日本の上場企業の9割が日本基準を採用するが、時価総額ベースで考えると、IFRS採用企業の比率は2019年度で3割超となり、5年前に比べ3倍近く増えた。20年度に入ってからもトヨタや日本航空(9201)、東レ(3402)など移行が相次いでいる。

IFRSは欧州やアジアで採用が進んでいる。グローバル企業にとっては、各国に散らばる子会社と会計基準を合わせることで、財務情報を素早く把握できるというメリットがある。

投資家にとっては海外の競合企業と日本企業の会計基準がそろうことで、業績の比較がしやすくなるというメリットがある。21年3月期からIFRSに移行するトヨタは「資本市場での財務情報の国際的な比較可能性の向上などが目的」としている。

IFRSが広がる背景には、世界的な基準統一の流れがある。会計基準の違いによって経営判断や投資家への開示が遅れる懸念を払拭するためだ。09年に金融庁の企業会計審議会が「15年にも上場企業にIFRS適用を義務付ける」可能性を示したが、経済界などの反対を受けて11年に強制適用の延期を表明した経緯があり、現在は任意採用にとどまる。

IFRSと日本基準の違いで最も注目されるのは「のれん」の定期償却がないことだ。大型のM&A(合併・買収)を実施した企業にとっては、のれんの定期償却が原因で数年にわたり利益を下押しすることを避けられる。事業を早期に「黒字化」することもできるので、企業のIFRS移行を事実上、後押ししているようだ。

米国会計基準の制度変更もIFRS移行を後押ししている。新たな米国基準では、持ち合い株の評価損益を損益計算書に反映しなくてはならなくなった。実際に、20年3月期にソニー(6758)とトヨタはいずれも200億円を超える損失を計上した。IFRSでは持ち合い株の価格変動を損益計算書には計上せず、貸借対照表だけに反映させることができるため、利益の下押し要因にはならない。株価の上下が業績の変動につながることを避けられる。

のれんも定期償却がないとはいえ、減損テストを行わなくてはならず、IFRSに移行することで企業としては判断することが増えるのも事実だ。ひな型が決まっている日本基準と異なり、細かい注記を記述しなくてはいけない。

一方で、細かい注記は投資家にとっては利点でもある。あずさ監査法人の長谷川義晃・IFRSアドバイザリー室長は「例えば重要なのれんについて、見積もり方法など、どのように減損テストをしたか詳細に説明する必要があり、投資家にとっては開示情報が充実する面もある」と話す。

■のれん計上に大きな違い
国際会計基準(IFRS)と日本基準の大きな違いは、貸借対照表に計上される「のれん」の取り扱いだ。のれんはM&A(合併・買収)の際に、対象企業の純資産を上回って支払った額のことを指す。日本基準では最大20年かけて償却され、損益計算書に償却費を計上する。IFRSではのれんの定期償却が不要なかわりに、M&Aによって得た収益力が落ちていないかどうかを確かめる「減損テスト」を毎年実施する必要がある。結果次第で突然巨額の減損損失が計上されることがあるのには注意が必要だ。

日本企業による最大のM&Aとなった武田薬品工業(4502)によるアイルランド製薬大手シャイアーの買収。新薬候補の獲得により一段の成長をもくろむ一方、6.2兆円の買収によって新たに3.1兆円ののれんが生じた。武田の貸借対照表ののれんは6月末時点で総額4.0兆円にのぼり、4.7兆円ある武田の資本に匹敵する規模だ。同社は有価証券報告書の「事業等のリスク」の項目で、シャイアーの買収に際しては慎重にリスクを分析したうえ、統合後のシナジーも最大限発揮する仕組みを構築したとする。一方でM&Aで得た新薬による成長や統合によるコスト削減などシナジーが想定通り出せない場合には、のれんや無形資産の減損損失が生じ業績・財務に影響を与える可能性があるとしている。

ソフトバンクグループ(9984)の英半導体設計大手、アーム・ホールディングスの買収でも、3兆円超ののれんが生じた。巨額買収の増加で、のれんの額は大きくなってきている。

各会計基準は基準間の差異を埋める取り組みを進めており、のれんの定期償却をIFRSに導入することも議論されている。結論が出るには時間がかかるとみられるが、仮に定期償却が導入されれば、IFRSを採用して巨額のM&Aを実行した企業の最終損益は押し下げられることになる。

■「営業利益」にも違い 同業比較も難しく
国際会計基準(IFRS)の大きな特徴の1つが企業が開示する利益などの項目を独自に決めることができる点だ。共通で開示が義務付けられているのは、最終的なもうけである純利益に限られ、途中段階の項目は企業が独自の判断で、自社の業績を示すのに最適な指標を選んで開示できる。自由度が高い反面、統一された定義がなく同業他社との業績の比較がしにくいなどの課題がある。

表示方法のばらつきが目立つのが本業のもうけを指す、日本基準や米国基準で「営業利益」にあたる項目だ。日本や米国基準の営業利益は同じ会計基準に沿った開示になるが、IFRS採用企業では「事業利益」や「コア事業利益」など様々な定義の利益が開示されている。

企業が独自に開示する利益項目を決めると、収益力の比較がしにくいなどの問題が出てくる。典型的なのはNTTドコモとKDDI、ソフトバンクの携帯大手3社だ。同じIFRSを採用していても、ドコモとソフトバンクが開示する「営業利益」は日本基準と同様に、売り上げから原価や販管費を差し引き、その他損益までを含めて表示する。本業である通信事業の損益に絞って営業利益としている。

一方でKDDIの「営業利益」には持ち分法による投資損益も含まれる。持ち分法適用企業はカカクコムやauカブコム証券など40社で、2020年3月期では32億円の投資利益が営業利益に含まれる。KDDIは「営業活動と関連の深い投資先で、営業利益に含めることが適切と判断した」とする。ただ、本業の利益水準を大きく見せる余地も生じかねない。

海外でも同じような指摘が多く、国際会計基準審議会(IASB)は営業利益の基準を統一する方針を打ち出している。IFRSの持ち味だった柔軟性と、統一された基準の両立が今後の課題になりそうだ。

(福井環、南畑竜太、坂部能生)』