中間管理職はいるのか?

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『池永寛明(大阪ガス エネルギー・文化研究所)
2020/09/02 14:58
「半沢直樹」が記録的高視聴率。放送時間の日曜21時台には予定を入れずにテレビに釘付けとなる。“さすがにこれはないで”“ありえへん”といいながら、観ている。昔も今も、日本人は勧善懲悪が好き。水戸黄門に、必殺シリーズの中村主水に、ウルトラマンに、アンパンマンにと、主人公はスーパースターから普通の人まで、良い人が悪い人の横暴に我慢に我慢を重ねて耐え忍んで爆発するという主人公に自分を重ね合わせ、スカッとする。いつも同じパターンで安心して、一週間に一度の密かな楽しみとなっている人が多いだろう。

水戸黄門の助さん格さんは大暴れし、中村主水たち裏稼業の仕事人は依頼人の晴らせぬ恨みを晴らし、ウルトラマンはスペシウム光線などで怪獣をやっつけ、アンパンマンはバイキンマンを毎回吹っ飛ばし、半沢直樹は「左遷」という人事でどこかに吹っ飛ばす。それを見て、みんな留飲を下げる。

「半沢直樹」では、悪い人が左遷されるだけでなく、良い人も左遷される。“これって20年前のバブル前後の話じゃないの?”“今ではありえへん”と思うが、ビジネスでの人間関係の上司と部下、同僚という「構造」は今も変わらないと、「半沢直樹」に没入する。
ちなみに「上司」は奈良時代の荘園管理者の役職名以来の言葉であり、「部下」も「同僚」(僚とは役人のこと)も同じく1300年以上前から使われている。日本の仕事関係の構図は基本は変わらない。

■ 仕事の「場所」が大きく変わる
職住一体の生業はあったが、仕事は家を出て役所・会社・工場などに行くものだった。江戸時代の江戸づめ武士スタイルから400年続いた勤め人スタイル。テレワーク・リモートワーク・在宅勤務・オンライン会議で、どこでも、いつでも、だれとでも仕事ができるという仕事の「場」と「時」が大きく変わろうとしている。

オンライン会議は思っていたよりも操作は簡単で、画像も音声もいい、リアルであり、もしかするとオフィスにいる以上に鮮明であり、息遣いまで感じられたりする。オンラインで、ほとんど支障ない。このようにして、仕事をするスタイルがガラッと変わっていく。

リモートワークが1週間2週間の試行からはじまり、1か月2か月半年とつづき、個人ワークがすすんでいくなか、いつもオフィスの席のそばにいたマネジャーや課長は「なにをしているだろう」と内心思いだした。
これまでどんどん会社組織は階層を減らしてフラット化してきたが、テレワーク・リモートワークは組織の階層を、さらに減らしていくことになる。そうなったら、「そもそも中間管理職はいるのだろうか?」と思うようになる。もともとメンバーからは中間管理職の姿・行動は見えづらかったが、さらに見えなくなった。中間管理職はテレワークになって、さらに大変になっているということはメンバーに伝わらない。

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■ マネジャーはつらい
いつからか組織は巨大化していった。日本経済の拡大とともに、バブル・ITブームの20年前から大きな組織が増え、組織は肥大化し、フロアーに人がいっぱい集められて座るレイアウトになって、同じ組織でも部・課がちがったら、どこのだれなのかがわからなくなるようになった。自分が所属する部・課以外の人々との交流が減っていくと、組織の空気、匂いが感じられなくなり、組織全体が分からなくなっていく。

仕事が増えるなか、仕事の効率化をしないといけないといって、当初事務まわりの改善から、OA化・IT化がすすめられた。改善されるたびに、組織をいじる。そして仕事の進め方が変わる。マネジャー・課長は本当に大変。何度も何度もワークスタイルの変革だといわれるが、ディベロップメント(開発)業務よりも、マネジメント(管理)業務のウエイトが高まっていく。本来すべき仕事ができない。

組織のなかで「文書」が大切で、かつては丁寧に手書きした。なんどもなんども書くので推敲され、結果として良い文書となった。昔はコピー機がなかったので、印刷するのに半日もかかったりした。それを専門の仕事としている人もいた。コピー機で楽になった。FAXが組み込まれたものもでてきた。どんどん便利になっていった。

なんといってもメール、インターネット、スケジューラの登場は革命的だった。この三点が「上司」という役割を根底から変えた。それまで上司だから手にできた、上司しか持っていない多くの「情報」を誰もが手にすることができるようになった。職場内の情報革命が起こった。

職場内の「報告-連絡-相談」の仕組みはメールで大きく変った。それまで上司の顔色を観察して行っていた「ホウレンソウ」はメールで、いつでもどこでもできるようになった。なによりも組織内を走りまわり電話をかけまくって日程調整をした会議のセットが楽になった。その面倒だった調整業務が「スケジューラ」で簡単に即座にできるようになった。楽になったが、組織と組織の間が開いていくことになる。

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組織内の事務があれもこれも電子化されて、書類が減った。それまでのハンコ決裁から「電子決裁」となったが、なんでもかんでも電子決裁なので決裁者の業務は飛躍的に増えた。

そして固定電話一色のワークスタイルに携帯電話があらわれ、仕事場が「オフィスのなか」から「いつでもどこでも」となり、さらにスマホのLINE・チャットなどで、いつでもみんなとつながるようになり、ずっと仕事に追われるようになった。
働き方改革と言い出した。部下にとっては良いが、上司の働き方改革とはならない。そしてコロナ禍でテレワークとなった。上司の管理業務はさらに増え「マネジメント>ディベロップメント」のウエイトがさらに高まる。上司は本当に大変だが、マネジメントばかりしているマネジャー・課長などいらないという声があがる。

このように生産性は飛躍的に高まったが、それでも日本の生産性は低いといわれるのは、なぜか。
たしかに事務関連における技術は進んだ。OAとかITといわれたオフィス改革は、ムダな「仕事」や非効率だと思われた「仕事」をターゲットに、「事務処理」分野での生産性をあげ、それに費やしていた時間を減らしたが、「仕事」をする人にとってより良いものになったのだろうか。仕事を細分化して部分部分は効率化できたが、逆にプロセスがブラックボックスして全体が見えなくなり、組織全体の力が弱まった。

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■ マネジャーはどうしたらいいのだろう
これまでの業務改善は「仕事」を見ているが、仕事をしている「人」を見ていない。ムダな仕事に着目するが、それをしている「人」を見ていない。なぜ「それ」をしているのか、「それ」をしている意味を読み解かずに仕事を「改善」したので、部分最適となったが、全体最適とならなかった。

誰かが楽になると、誰かに負荷がかかる。目に見える問題は解決されてよくなったが、本当にしなければならないことができなくなった。大切なことが後回しになり、時間切れとなった。ITで便利になったが、決裁などやらなければならないことが増えて、本来しなければならない仕事が回らなくなった。優先順位はどうしてもそっちになる。目に見えることはしなければ目立つが、目に見えないことはしなくても目立たない。だから本当にしなければならないことができなくなった。こうしてレベルがおちて品質がおちていく、会社の力がおちていく。

では、コロナ禍後のテレワーク時代、どうしたらいいのか。テレワークは与えられた仕事をこなすという意味では在宅で十分であるが、仕事の幅を広げる、仕事を大きくするうえでは、在宅では限界がある。メンバー間や組織内の仕事・情報をつなぎ回転させ増幅させてきた中間管理職であるマネジャーや課長・部長の役割は従前以上に求められるようになる。
しかしとても大切だが目に見えないこの「仕事」は、ITやAIを中心とする技術アプローチによる生産性向上の議論からは、どうしても抜けおちる。さらにコロナ禍のテレワークが進み責任が曖昧になる可能性が高まるなか、組織の明確化・組織の価値創造を高めるために、会社内の部・課を分社化したり社内分社化するということことも考えられるが、その話はまた後日。』