うるさいのがキライな日本人 ― めんどくさい日本②

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『“オレのときはこうだった”と上司に説教されるのがうるさい。同僚が酒を誘ってくるのがうるさい。満員電車の隣に立ってスマホゲームをしている若者がうるさい。おじいさんおばあさんがスポーツクラブの施設を占拠してうるさい。家に帰ったら親に質問攻めされるのがうるさい。デパートのエレベーターに乗ったら中国人観光客の集団がいて、大音響につつまれてうるさい。日本人は「うるさい」がきらい。煩いは煩(わずら)わしいとも読むが、煩(うるさ)いとも読む。うるさいはめんどくさい、わずらわしいとつながる。「煩(うるさ)い」も日本人を理解するキーワード。

煩(うるさ)いとはなに?
①音が大きい
外国人、とりわけ中国人は日本に来られると、駅から商業施設から街の静寂ぶりにびっくりする。こんなに人が多いのに、どうして静かなんだろうと感じるという。日本人の印象は「物静か」。本当は日本人は静かが好きなのではなく、「うるさい」のがキライなだけ。外国人の日本人解釈は、「内向的で自信がないから無口」と映る。中国人は日本の街なかを大きな声で喋りながら歩くが、日本人の声は殆どきこえない。日本人からすると、中国人は“うるさい”と感じる。しかし中国人からすれば、日本人は“暗いなぁ”と感じる。中国人は日本人のいう“うるさい”という状態を悪いとは思っていない。“普通”だと思っている。東南アジアに行っても同じく“うるさい”。街は喧騒に包まれている。この「うるさい」が日本人と外国人を分けるコンセプトのひとつである。音が大きいことを嫌がる、うるさいというのが日本人の特徴。
②ひつこい
“何回も何回もうるさいなぁ” ねぇねぇお父さん…と声をかけられると“うるさいなぁ”と感じる。ひつこい状態が“うるさい”。日本人はひつこいことを嫌がるのに対して、欧米人は相手がわかるまで何度でも言う。日本人は「推して知るべし」であり、“推し量ればわかるはずだ、なんども言わせないでよ、うるさいことを言わないで”であり、ひつこいことを嫌う。なぜなのか ― 理由はなにか。“日本人だから”としか言いようがない。ハエがうるさい〔五月蠅い〕、 お母さんがうるさい、何度も何度も言ってくるからうるさいな、わかっているよ ― とにかく日本人はうるさいのがキライ。
③いちいち文句を言う
小さいことにいちいち文句をつける。そんなこと、どうでもいいんとちがう?うるさいヤツだなぁ…の「うるさい」
④手間がかかって、やっかい
髪の毛が目にかかってうるさい。役所の手続きがうるさくて…、手間がかかってめんどくさい。
⑤高い要求水準、こだわり、見識
あの人は味にうるさい。うるさいというのは「要求水準」が高いこと
このように「うるさい」のバリエーションがある。この「うるさい」を英語にあてはめると、別々の英語となる。イザナギ・イザナミ時代のイザナギは黄泉(よみ)がえりしたときに、「煩い」を脱ぎ捨てた時の「煩い=うるさい」こそが日本人の根源的な特性であり、世界にはない(前回書いた、日本の「患者」と英語の「patient」に見られる病気への考え方の違いにもつながる)。さらに外国人の声が大きいのは、大きく言わないと伝わらないから大きな声を出しているのであって、みんなが大きな声を出すから全体として音が大きくなるのは当たり前。ひつこくないと引き下がる(=負ける)ことになるから、伝わるまで、分かってもらうまで何度も何度も言う。日本人は何度もいわれると、うるさいと思う。

前回、古事記の話で、煩(わざわ)いは外からまとわりついて、体に棲(す)みついてくるので、禊(みそぎ)によって脱ぎ捨てた服から煩(わざわ)いの神がうまれたことに触れた。神は今もなお日本人の身の回りにいて、何かあると外からまとわりついてくる、外患として取り憑(つ)く。とにかく日本人はうるさい事柄を嫌がる。手間がかかることを外国人が嫌がるのは「合理的ではない」からであって、日本人はただ「うるさい」から嫌がる、めんどくさいなぁ、うるさいなぁと。外国人はそうではない、必要な事だったら、細かいことだってやる。日本人はうるさいというだけで、嫌がる、拒否する。“それは無理”と、詳しく調べも聴かずに受け入れない。

「うるさい」事柄がどんどん増えつづけている。なぜ増えているかというと、外からやってくる「うるさいこと」が増えているのではなく、自分の側から“これ、うるさい、めんどくさい” “これ、無理、イヤ”といって、「うるさい」を増やしている。

近くの保育所で遊ぶ子供の声がうるさい。
新しくできた保育所ではなく、その保育所は昔からあって昔と同じように子どもは遊んでいるのに、うるさいという。このように、そもそもあったことでさえ、うるさいといいだした。自分からどんどんうるさいものを見つけ出し、それを脱ぎ捨てよう、切り捨てようとする。自分にまとわりつく「煩(わずら)い」として、どこからか「煩(うるさ)い」ものをみつけだして、拒否する。

近所の「うるさい」おやじが減った。
昔、“ここでこれしたらあかん、こうせなあかん”と言う口やかましいおやじがいたものだが、近所、街のなかの「うるさい」おやじをみんなが「うるさい」と言って排除していったから、いなくなった。しかも排除するだけでなく、社会システムのプロセスを複雑化させた。昔の社会プロセス、人と人との関係・手順はもっと単純であったが、「うるさい」のボルテージがあがり、いろいろな事柄の手順を複雑にさせた。うるさいことを言う人が増えれば増えるほど、マニュアルが分厚くなる。こういう時はこうする、そんな時はこうすると、めんどうである。やはり、めんどうな日本である。

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人はそもそもめんどくさいし、うるさい。
そのうるさい人がだれかと関わらざるを得ない。それが「煩(わざわ)い」となる。人と人との関係がめんどくさくなるという煩(わざわ)い。あなたが「うるさい」と思っているが、相手からすればあなたが「うるさい」と思う。このように、社会はめんどくさい。

太古の昔から人は社会を形成するにあたって、うるささにどのように対処するかの知恵をしぼった。それが社会のルールとなり、モラルとなった。社会に暗黙のコードがあった。うるさいものに対して、何らかのルールなり暗黙のコードで、「うるさいもの」と調和・バランスさせる社会をつくってきた。だから赤ちゃんが電車の中で泣いたって、“まぁ、赤ちゃんは泣くものだ”と、みんな、うるささに対応していた。それが今の社会では、対応できなくなっている。“めんどくさいなぁ、うるさいなぁ”と、赤ちゃんをあやす親に文句をいう。ちょっと前まであったルール・暗黙のコードが現代社会で通じにくくなりつつある。「暗号表」が共有できなくなり、「うるさい」が増えつづけている。』

めんどくさい日本①

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『“いちいちめんどくさい、ああめんどくさい、なんかめんどくさいな”―テレビでも学校生活でも会社でも毎日飛びかう。なんでもかんでも、めんどくさい。最近とみに、この“めんどくさい”が増えている。日本人はとかく“めんどくさい”ことがキライ。実はめんどくさいは“日本社会・文化とはなにか”を考える極めて大切なキーワード。

“めんどくさい”に込めている意味は人それぞれちがっている。ニュアンス言葉である。もともとの意味から変形して、人によって、様々な「めんどくさい」が使われる。しかしめんどくさいには、体裁が悪い、厄介だ、うるさい、わずらわしい…といろいろな意味があるが、日本古来より使われる「わずらわしい」がベースにあると考えられる。その「わずらわしい」とはなにか。

病気になることを「患(わずら)い」という。罹患・患病・患者と、病には「患」という漢字があてられる。日本語の「患者」は、病気を患うこと。患いが普通の状態(健康体)にまとわりついて病となる。だから自らにまとわりついた患(わずら)い=病を振り払うのが日本人。英語では患者のことをペイシェント(patient)といい、耐えるという意味となる。英語圏の患者は、病気に耐える、耐えてじっと待つ、耐えて忍ぶのに対して、日本語圏の「患者」は自分の意志で、患(わずら)い=病を振り払おうとする。わずらいは振り払えるものだと考える。このように病気に対する英語圏の人と日本人とでは考え方が大きく違っている。だから本来医療の考え方は日本と西洋とはちがっていた。ではこの「わずらい」はどこから生まれたのか。実は古事記に登場する。

古事記と日本書記に、「男神イザナギ・女神イザナミ」の夫婦神が登場する。夫婦神は国づくりをおこなうが、女神イザナミが大火傷を負って死ぬ。嘆き悲しんだ男神イザナギは、死者の国「黄泉(よみ)」の国に死んだイザナミに一目会いたくて訪ねる。黄泉の国でイザナギが見たイザナミは、変わり果てた姿だった。イザナミは喜んで会いに来てくれたイザナギに抱きつこうとするが、イザナギは異臭のする腐敗した、むごたらしいイザナミを振り払って、逃げ帰ってしまう。私がこんな姿になってしまったら愛してくれないのかとイザナミは恨みを持つ。黄泉の国から帰ってきた(「よみがえる」の語源)イザナギは、イザナミに抱きつかれて付いた汚れや臭いを振り払おうと、着ていた服を脱ぐ。これが「けがれ」を受けた人間がそれを振り払う「みぞぎ」の始まりである。そして黄泉の国でイザナミに抱きつかれ、汚れ脱ぎ捨てた衣服、杖や帯、袋、帽子から、12の神様が生まれた。そのなかで脱ぎ捨てた服から生まれたのが「和豆良比能宇新能神(わずらいのうしのかみ)」(日本書記では「煩神(わずらいのかみ)」)という神様だった。古事記・日本書記の時代に、日本人・日本社会を特徴づける「煩い」「けがれ」「みそぎ」という文字がうまれた。日本人の煩いは、このように古代からつづいている。
イザナギはわずらわしいもの、うるさいものを脱ぎ捨てた。だから日本人はみそぎをして身を清めたり、結界を張る。外からわずらわしいものが内に入ってこないようにする。ここで日本人の「内と外、ウチとソト」の概念がうまれる。 自分にくっついてくるのはわずらわしく、うるさい。うるさいものは外からやってきて、まとわりつこうとする。病にかかったり、変になるのは自分がおかしいのではなく、外からわずらいがとりつくからなのだ。だからわずらわしいものが外から入って来ないようにする。入ってきてとりついてしまったら、振り払う。そのために、おはらい、みそぎをする。そもそも入ってこないよう、盛り塩、しめ縄、神社の鳥居、川などの「結界」を張る。たとえば伊勢神宮の参拝はなんども川を渡るが、それが結界であり、外から「うるさいもの」「わずらわしいもの」が入ってこないような空間構造をデザインしたり、日本住居には縁側や中庭のようなウチでもないソトでもない中間ゾーンを日本人はつくってきたのである。

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わずらいが外から内に入ってくる。人にとりつこうとするわずらいはうるさいのだ。だから「戸は開けたままにしないで閉めなさい」と親は子どもにいってきたし、「この線のなかには入ってはいけない」というような行動様式が承継されてきた。結界が張られたら、その内には入らない日本人を外国人はとても不思議に思うが、日本人は今でも自然にそうする。目に見えようが目に見えまいが、「結界」を意識する。これが日本文化である。
日本人が内と外に執拗にこだわるのは、この「わずらい」の存在からである。外から来るのはわずらいであり、うるさいもの。内のことだったら内々(うちうち)で話し合えばなんとかなるが、外から入ってくるものは「わざわい=災い=禍=厄」であり、話が通じないかもしれずなんともならない。だから「内憂外患」という言葉も生まれた。内のことは憂いで、どうしようどうしようと悩めばすむが、“わずらわしいこと・うるさいこと”は外からやってきて、内が大変なことになる。だから内と外を分けてきた。外にいるわざわいが内と外の境界を突破し、自分にとり憑こうとするから、入らせないようにする。このわずらいこそ、日本人・日本社会の特性を規定するキーワードのひとつである。

親も妻も夫も子供すら煩わしい。“面倒くさい、うっとおしい、うざい、気持ち悪い…”というように、煩わしいの同義語が日本語にはいっぱいある。だから内と外の“結界”が大切だった。しかしながらこの内と外の境界、区切り、仕切り、中間、縁側、中庭が、限りなく薄くなり、減りつつある。分厚かった“界”がどんどん薄くなっている(第三の場所(サードプレイス)として日本人に受け入れられたスターバックスはこの文脈にある)。“界”は人の皮膚のすぐそばまで来ている。だから夫婦であっても、“これは私の流儀だ”“オレのやり方だ”と主張し、自分以外はみんな、“うるさい”“うざい”“面倒くさい” “わずらわしい”となった。これこそ、現代の日本社会を理解する重要なコンセプトである。

日本人は世界一「煩わしいこと=うるさいこと=面倒くさいこと」がキライなのだ。次回はこの“煩わしい、うるさい、面倒くさい”が日本社会・文化にどういう影響を与えているかを考える。』

日本の生きるもうひとつの道「外してはいけないこと」 ― スリッパ物語(下)

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『熊や猫がのっかり、可愛らしく、もこもこした内履き・部屋履きスリッパに、世界は熱狂した。カワイイ履き物!と、日本のお土産として外国の人が買っていかれる。ぬいぐるみのスリッパが世界アイテムとなった。実は日本発なのだが、多くの日本人は気づいていない。

“ぬいぐるみを履く“という発想は、世界にはなかった。
どっちみちスリッパを履くならば、ふわふわしたほうがいい。ふかふかした生地を使うのならば可愛いほうがいい。で、熊、猫をつけた。しかしそのスリッパは“部屋履き”である機能ははずさない。フワフワで、気持ちよく、あったかく、それに動物の顔をくっつけてぬいぐるみみたいになって、なおかつスリッパ。

価値観とか精神性を外してしまうと、アイデアはただのアイデアで終わる。日本人はモノづくりをするときに、ウチとソトとか、人に対する礼など根源的な価値観・精神性を決して外さない。便利で、心地よく、多様性があるモノやコトを日本人が承継してきた精神性が支える。たとえばウチで履くモノと、ソトで履くモノの意味を分ける。“ウチとソト”という精神性を基軸にして、転じて、ものごとを多様化させる。多様化してできあがったものは、とても機能的で、洗練され、しかも日本的なミニマリズムの粋になっている。それが日本のモノづくりの基本である。

内履き・部屋履きスリッパは和洋折衷のシンボル。
建物が和洋折衷になっていくに伴い、内履き・部屋履きスリッパがうまれた。内履きスリッパを履いたり脱いだりして、和と洋が混在する家のなかを行き来する。その内履きスリッパが家から出て、「つっかけ」となった。
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ベランダや庭に出るときの履き物で勝手口から、“ちょっと買い物”と、外に出た。当初はゲタだったのでカランコロンと音がしたが、形状が工夫されて静かな「つっかけ」となった。さらに「つっかけ」は進化して、ファッションアイテムとなり、街のなかで堂々と履いて歩くようになった。

また着物時代の足袋がとびだして、「地下足袋」がうまれた。親指が一本出た地下足袋を、昔のマラソンなどの陸上選手は履いていた。実は日本人は力仕事をするとき、親指に力を入れて地面を蹴る。だから親指が分かれていないと、足に豆ができる。地下足袋はこの日本人の運動スタイルを踏まえた形状であり、ゲタや草履の「鼻緒」も日本人が発明した。

これらゲタ・草履・鼻緒・地下足袋が転じて、日本人は「ビーチサンダル」を発明した。とりわけ“履いていたら乾く”という誰も考えつかなかった機能をのっけた。石文化の西洋では、サンダルは足を痛めるので履かなかったが、日本人がこのような快適なサンダルを次々につくっていったので、“すばらしい、いいね”となって、世界中の人が履くようになった。

この流れから、「クロックス」がうまれた。日本のつっかけ・ビーチサンダルをベースに、かかとが外れないようにと、「ベルト」がつけられた。この「ベルト」こそ西洋人の矜持だが、クロックスのベルトをつけない日本人が多い。

これらスリッパの進化はたんに機能だけで展開されたのではない。「内(ウチ)と外(ソト)」という精神性が踏まえられている。家の外に出るものではなかったつっかけが、家(ウチ)と外(ソト)の結界を越えて、ファッション性をあげて、外に出ていった。
日本人は精神性をはずさず、機能性を満足させ、洗練させ、そのうえで可愛いくする。どんなに可愛いいスリッパといっても、スリッパの機能を満たしている。バッグが可愛いい、ハンカチが可愛いい、スマホのケースが可愛いいと、日常生活に「可愛いい」が広がっている。

普段使うものだったら、“どっちみちなら、可愛い方がいい”と考える。弁当箱なのに可愛いかったり、ふたを開けたら猫の顔が出てくる「キャラ弁当」も、決して「弁当箱」であることを外していない。

弁当の原型は江戸時代にある。
「メンパ」と呼ぶ木製の箱に、家で調理した食べ物をつめて、外での仕事や旅のためにメンパを外に持って出た。“外にいながら、内を感じられる” “内と外をつなぐ”という精神性を込めて、パーソナル用の「主食と菜(な)」をセットにして、持ちはこんでもこぼれない、しかも愛母弁当・愛妻弁当として想いが込められるという “弁当”を今も学校や職場に持って行き、食べている。江戸時代の流儀が今に続いている。その弁当が「BENTO」という世界語となり、「キャラ弁」としても発展し世界に広がっているが、日本人の多くの人はそのことに気がついていない。
 
日本人は与えられた「レギュレーションとルール」のなかで、なにができるかを徹底的に考えて、洗練させ、かつ多様化させるのが得意である。欧米の人は“スリッパならばこんなものだろう”と思うが、日本人はスリッパに”こだわり”つづける。スリッパというお題があれば、そのスリッパをもっと楽しいものにしよう、可愛いものにしよう、綺麗なものにしようと考えて、スリッパをいろいろに転じる。

精神性、機能、根本を変えない。
その範囲のなかで、どっちみちなら可愛く、どっちみちなら楽しくという発想で、物事を多様化していった。そのモノづくりが最近ズレてきている。ともすれば突拍子もない、思いつきのアイデアでモノをつくろうとする。基軸を外したものは、広がらない。

日本の生きるもうひとつの道はこれではないだろうか。
そのモノ、そのコトの本質と価値観を外さず、そのうえで転じて、幅広く展開し、創意工夫し、多様化させる。あくまでスリッパはスリッパ、弁当は弁当でこだわったうえで、転じる。スリッパ・弁当以外にもある。傘なら傘の領域で、どこまで行っても傘にこだわり、綺麗な傘、可愛いい傘、折れない傘、折りたためる傘へと転じてきたが、どれも傘であることを外さない。

日本的なモノづくりは、「本質」「精神性」にこだわる。
ビーチサンダルしかり折りたたみ傘しかり、これまでやってきたことを活かす道はないのか、生き残る道はないのかと試行錯誤するなかで、いっぱいの失敗を経験して、“これ、いい” “みんな、喜ぶ”という価値あるモノやコトを生み出してきた。「試行錯誤」をめんどくさがってはいけない。 (了)』

日本人最大の関係性 「 ウチとソト」― スリッパ物語(上)

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『“煩(わずら)いはまとわりつくもの。脱ぎすてることで禊(みそ)がれる”と日本人は古事記の時代から伝えつづけてきた。外(ソト)、他とかかわることで自分の身にふりかかる煩(わずら)いや穢(けが)れは、要所要所で脱ぎ捨てないといけない。煩いや穢れを脱ぎ捨てる場として結界がある。

「内(ウチ)と外(ソト)」という関係を日本人は意識する。煩わしいものを身にまとってしまう世界が外(ソト)。家のなかは内(ウチ)で、 内では煩いはまとわりつかない。玄関前の盛り塩、敷居、畳の縁は外の煩いを内に入れない「結界」の意味を込める。

江戸時代の旅人が旅籠に到着すると、玄関で外のよごれがついた草鞋を脱いで足を洗う。さらに手を洗って禊(みそ)いで、土間から上がる。“結界を越えた”からと旅籠の人は「気楽にしてください。どうぞ寛いでください」と声をかける。

家の内ではなにもまとわりついてこないから、お気安に。家の外の世界ではいろいろなものがふりかかってくる。“内の空間は結界で守られた世界だ”という精神性がいまも日本人の所作なり言葉として残っている。たとえば

「敷居は踏んではいけない」
家の玄関が“結界”のひとつ。玄関で靴を脱いで家のなかに入ると、“結界”によって、それぞれの部屋の性格が分けられる。ダイニングで外国人が座っていたら、(決して汚くはないのだが)「ダイニングでは座らないで」と注意される。つづくリビングと和室、廊下と和室を仕切る「敷居」は「踏んではいけません」と声をかけられる。敷居を越えて畳のうえに立っていると、「まぁ、すわってすわって」と声をかけられる。このように敷居を境に、がらっと意味が変わる。同じ家のなかでも、空間ごとに、生活スタイルを変える。

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かつて日本は草履文化だった。
草履のままでは、建物のなかには上がらなかった。上がらないといけない場面では白足袋を履いた。明治に入り、靴を履くようになって、日本人は白足袋をやめた。白足袋をやめたので靴を脱ぐと、”上は洋装で下は素足”というスタイルとなる。ここで明治の日本人は考えた。どのような恰好で家にあがればいいのだろうか?と。

靴を脱ぐ形から靴を脱がない形に、
日本の建物が変わっていく。明治維新までの建物は靴を脱いで上がる形式であったが、日本の住宅は明治維新からの混沌期を経て、洋式の住まいとなった世界、和を守った世界、和洋折衷の世界の3つに分かれた。

日本的なスタイルは、なんでも折衷しようとする
A と B を混ぜて、C をうむ
〔1+1=2 ではなく、 1+1=Xにも、1+1=Y にする〕
日本的なスタイルは、なんでも折衷しようとする。
「A+Bを混ぜて、Cをうむ」。単純に「1+1=2」ではなく、絶妙なバランス力で、「1十1」をXにもYにもした。
住まい方でも絶妙な和洋折衷がおこなわれた。従来の和式の住まい方と西洋式の住まい方を融合させようとするが、玄関で靴を脱いで、廊下を歩き、応接室やリビングに入って、そこで靴下や素足でソファ・テーブル・椅子に座るというのはどうもしっくりこない。ここで日本的な「スリッパ」が発明された。

実はスリッパはシャワーのあとの履き物であった。
ホテルのシャワールームにはガウンとスリッパが置いてある。欧米ではシャワーを浴びるまでは靴を履いているが、シャワーを浴びると足が濡れる。足が濡れたら靴は履きにくいので、シャワーを浴びたあと、白くてタオルのような生地のスリッパを履く。ガウンを着てスリッパを履いて、ベッドに移動する。

スリッパは靴から履きかえるモノ。
欧米系のホテルでは浴室にはスリッパが置いてある。シャワーを浴びて体を拭いたときに使ったタオルを足にくるんで歩いたことから、スリッパが生まれたという説がある。シャワールームに置いてあるようなタオルの生地にはそんな背景があるかもしれない。
ホテルのベッドの足元には、帯のような布が敷いてある。
日本人はこの布がなんのためのモノなのかを知らない人が多い。寝るときには、この帯のような布を取ってベッドに入るが、ベッドの上の帯のような布は靴をのせるためのものである。なぜならば欧米には靴を履いたまま、寝る人がいるからである。

ともあれ日本人のホテルの部屋での過ごし方は欧米人と違う。
日本人は部屋には入ったら、すぐに靴を脱ぐが、どうにも自分の家のようにはリラックスできない。なぜしっくりしないかというと、家とホテルの室内構造の違いに加え、ホテルと自分の家の内での過ごすスタイルが違っているためである。

日本人は自分の家でどのようにすごすのか。
玄関で内履きスリッパに履きかえて、廊下を歩いてリビングに入る。しかしお手洗いでは別のスリッパに履きかえる。水にぬれてもいいスリッパを履く。キッチンやリビングでは内履きスリッパを履くが、リビングのフローリングの上に絨毯が敷かれていたらスリッパを脱ぎ、絨毯の端に置いたりする。

外の世界から戻ると、玄関で靴を脱ぎ、内履きスリッパに履きかえるのは、玄関が重要な結界だから。家のなかに鴨居や鴨居など視覚的に結界を張っている場所と、目に見えないが意識の結界を張って、家のなかでウチとソトを分ける。
スリッパを履いたり脱いだりして、内と外、こっちとあっちを分ける。
スリッパを履いている場所では床に座らない。一方スリッパを脱いだあと、畳や絨毯のうえに座ったり、ごろっとしたりできる。空間的には切れていないが、家の内でスリッパを履く履かないで、絶妙に内と外を分けている。これこそ、「和洋折衷の粋(すい)」といえる。

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戦後になって、新しく建つ家での洋風ウエイトが高まり、古い家でも一部部屋を洋風にリフォームするなど室内構造を変えるに伴って、洋風になった室内と履き物との違和感がでてきた。こうして内履きスリッパが高度に進化する。しかし今も靴を脱いで靴下や素足で台所仕事をしたり、テーブルでご飯を食べたりすると、違和感がある。

日本人は玄関で内履きスリッパに履きかえ、そのスリッパでリビングですごすようになった。しかし畳の部屋では敷居・鴨居という結界を超えるから、スリッパを脱ぐ。このように「ウチとソト」という意識・精神性は今もつづく。この日本的価値観や精神性が内履きスリッパをうみだし、内履きスリッパの機能性を高め、かつデザイン性を高め、バリエーションあふれる内履きスリッパを世界に広げた。

次回の「スリッパ(下)」では、日本のモノづくりの可能性を、日本発世界商品となったスリッパと弁当で学んでいきたい。』

戦略が好きな日本人(下)

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『どこまでいっても、日本は傘は傘で考える。
綺麗な傘、折れない傘、可愛い傘…と傘であることを外さない。たとえば持ちはこびやすいコンパクトな傘がつくれないかと考えて、たたむと骨が緩む「折り畳み傘」がうまれた。欧米人は、傘をコンパクトにしたいならば、傘である必要はなく合羽を防水にできないかと考える。日本人は、傘ならば傘の機能を担保しつつ、小さくして、洗練させて、多様な傘をつくる。こういう日本人がウォークマンをつくり、高機能なテレビをつくった。日本人は決められた筋を外さず、その領域・分野で創意工夫を重ねて、横に展開するのが日本的多様性のつくり方である。

モノやコトの本質的な意味とか価値観を外してはいけない。
そこから、どうやって良いものにしていくのか、新しくしていくのかを考えてきたのが日本人。スリッパはスリッパのなかで考える。スリッパに代わるものは、思いつきのアイデア。イノベーションが事業として市場に受け入れられるには時間がかかる。日本人が画期的なことをやっても、日本では認められず、海外で認められて日本に逆輸入されて、ようやく“これはすごい”と受け入れられる。日本人は、突拍子もないこと、原点を離れたものを、なかなか理解しようとしない。

日本人は携帯電話を多機能化した。携帯電話にこだわりすぎ、コンピューターという世界への移行に失敗したが、多機能化は無駄ではなかった。そのひとつが携帯電話のパカパカ。こんな発想は海外にはない。携帯電話の画面を見やすくできないかと考え、液晶画面を大きくした。このガラケーの液晶画面の技術は、コンピューターの画面へ、スマホの画面へと広がった。

だから液晶技術は日本がダントツ。

携帯電話を多機能化した→大きな画面の液晶技術をつくった
→しかしコンピューター化の流れで、ガラケーは敗れた
→しかし液晶メーカーはスマホの液晶メーカーに転じて生き残った。

バイブレーターも日本の技術。音源チップもそう、日本メーカーが主役。みんな、横滑り。ガラケー向けにつくっていたが、携帯型コンピューター向けに、横滑りできた。それは誰も読めなかったが、バランスの結果論である。
「負けたらしょうがない」と平気でいう人がいる。負けないようにもっていくのが戦略なのに、「負けたら仕方ない」とすぐにあきらめる。それは「戦略」の専門家だけではない。当事者である企業経営者も「戦略」スタッフも、そう言いだした。成り行きの戦略と化しつつある。

戦略は成り行きで、浅くて狭い。
表面的であり、部分的である。戦略は負けないためのもの。負けないために、どうしたらいいのか。戦略力を高めるためには、自らが経験したこと、他の人の経験に学んだこと、「これはこうだった」という引き出しを増やす。

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戦略の核は、アナロジー(類推)。
<AがBならば、CはBになる>と発想する。アナロジー(類推)を使うためには、どれだけ多くの「引き出し」を持っているかである。自ら場数を踏んだ経験だけでなく、他人(ひと)の経験を自らの経験として学んだものをどれだけ「引き出し」に入れられるかである。

しかし人の話を聴いたことそのままを、「引き出し」に入れてはいけない。
人は語るとき、どうしても飾りつけて、創った「物語」をするので、他人の話は自らの経験と掛けあわせて、 “自分事”に翻訳して、「引き出し」に入れなければならない。そうすると、自らがなにかに出くわしたとき、「引き出し」を開いて、<AがBだから、Cはこうする>と導く。「引き出し」をたくさんもっていると、<まずこうして→次にこうして→最後にこうする>という全体ストーリーが描ける。しかし描いたストーリーどおりにうまくはなかなかいかない。

時々刻々におこる問題に対して、臨機応変、解決しながらゴールに向かう。
今の日本、このプロセスが弱くなった。それは「引き出し」が少なくなったからだ。自らの経験しか「引き出し」に入れない。他人の経験に関心がない。他人に学ぶとはスマホを検索して情報を集めるだけでなく、「自分事」として出来事を観ることであり、日々の新聞や本を“自分ならばどうか”と読み考えたことを「引き出し」に入れることであるが、ほとんどの人はそれをしない。時間がないというが、本当はめんどくさいのだ、他人のことに関心がないのだ。

しかし日本の現場力は強い。
スリッパや弁当を世界アイテムにして多様化させ、さらに発展させている。おむすびも日本海苔も、世界アイテムにした。しかし日本の人口が減少するから、超高齢・少子化していくから、別のことを考えなければ、イノベーションだとか変革が必要だといって、これまでのことを捨て、ゼロから考えようという風潮がある。
箸にかかわっている人が箸以外のことを考えて、新たなことを考えるといっても、その新たな分野にはその分野のプロがいる。短期間で彼らを上回ることなどできるだろうか。“だからこそ、やるのだ”というが、箸という世界でなにができるのかを徹底的に考えた方がいい、まだまだ箸で考えることがないかと。またストローが環境の観点から問題になっているから、“じゃストローをやめて、ストロー以外はないか”と考えるのではなく、“ストローで何ができるのか”と考えるべき。ああでもない、こうでもないと考え抜くことが減っている。

自動車は自動織機からうまれた。
自動織機をつくる機械で、そのまま自動車がつくれた。自動織機メーカーの多くは、ねじを切ったり鋳物をする生産方式であったので、そのまま自動車メーカーに横滑りできた。何かから紐づいて転じていくというスタイルである。これも「アナロジー」である。日本的な価値あるものは、そうやってうまれてきた。

「ここまでやってきたことを活かす道はないか」
とウンウンうなって、そこから、すごいことがうまれたり、できあがったりする。今あるものを別のものにできないかと、いろいろなことを考えて考えて考え抜き、試して試して試しまくる。「試行錯誤」を笑ってはいけない。“なんとしても生き残る”ともがき試行錯誤するが、だめなものはだめだが、なかにはあたるものもある。そんなストラグルを恰好悪いとか流行らないとかいって、あっさりと諦める風潮がある。“可能性”を淡白に捨ててしまっている。

日清紡はそれで生きた。
日清紡もクラボウも、ケミカルで生きている。自分たちの持っている「資産」で、横滑りできた。産業の発達史という観点だけではなく、本質にこだわったからこそ、転じることができた。スリッパしかり折りたたみ傘しかり。スリッパじゃなくていいだろう、傘でなくていいだろうという社内での議論もあったろうが、そこにこだわって試行錯誤したからこそ、そのなかに“これいいなぁ”“かわいい”というものがうまれた。餅は餅屋、蛇の道は蛇である。むやみやたらに新産業・新事業といっても、突然、「新産業」「新事業」などできない。今あるもの、今やっていることとは違った角度で考える、横から上から後ろから斜めから考える、試行してみる。なにがでてくるかどうかはわからないが、でてくる可能性はゼロではない。その可能性を消すのは勿体ない。』

戦略が好きな日本人(上)

https://comemo.nikkei.com/n/n55f271112821

『日本人は「戦略」という言葉が好き。
経営戦略、企業戦略、マーケティング戦略、サービス戦略、イノベーション、環境戦略、投資戦略、不動産戦略、起業戦略…と、新聞・雑誌・書物・会社・イベント・セミナーは「戦略」だらけ。分かるようで分からない。しかし、戦略と戦術はどうちがう?課題と問題はどうちがう?…「概念言葉」を使うときは「意味」をおさえるのが鉄則だが、日本人は曖昧にする人が多い。戦略はその典型のひとつ。

魔法の言葉がある。
企画書や計画書に、「強化」と「推進」という言葉がよくでてくる。この言葉が出てきたら要注意。年度計画や活動計画、中長期計画を考えるとき、たとえば「営業力の強化」「組織間連携の強化」「イノベーションの推進」「戦場風土の改革」など、「~の強化」「~の推進」「~の改革」などと、魔法の言葉で締めくくろうとする。この言葉が出てきたら、文章全体が曖昧になる。この言葉を使おうとするのは計画が練れていない証拠。別の言葉を考えるだけで、具体性が増す。
経営コンサルタントになりたがる学生が多い、なぜ。
金融やメーカーや流通などの大手・有名企業や自治体に内定していても戦略コンサル会社に内定が決まったら、そっちに行きたがる学生が多い。なぜ?― “スマートだから、格好いいから、収入がいいから”と答える。どんなイメージだと思うの?と訊ねると、“偉い人たちに、綺麗なパワーポイントでプレゼンする華々しい自分の姿”を思い浮かべていたりする。しかし突っ込んで議論したら、戦略コンサルなら「責任」をとらなくていいのではないかという本音がチラホラでてくる。そう考える背景のひとつに、テレビで“偉い人”たちがいっぱい頭を下げている映像の数々をみるなか、“自分はそうなりたくない、責任をとらなくていい”と思い込む分野で働きたいという防衛本能を底流に感じる。

ともあれ日本人は「戦略」が好きで、戦略という言葉を“雰囲気”で使っている。そもそも戦略は軍用用語。戦略は、英語の「strategy」の日本語訳で、語源は「だます」という意味のギリシャ語「strategia」。「謀略」といったりするように、「略」には「はかる」「かすめとる」というニュアンスが含まれている。

では「戦略」と「作戦」とはどうちがうのか。
戦略は戦いが始まろうとする直前から戦いが進行している間に、“今、右か左のどちらを選ぶか”ということを考え決める。戦いのなかで生き残るために、勝つために、なにをどうするのかを考えること。「戦略」を考えるという段階は戦っている状態であることを忘れてはいけない。一方、「作戦」は戦う前に考えること。“いつか、こんな社会になったらいい”とか “いつか、わたし、こういうふうになりたい”というのが「作戦」で、まだ戦いが始まっていない段階に考えることである。

「課題」と「問題」もよくわからない。
“いつかこうなる、こうしたい”が「課題」で、“今、どうするか”が「問題」。「問答」という言葉があるように、問われたことに答えを出すこと。問題は今、現場でおきている。その発生する問題への答えを出さないといけない。今流にいえば「ソリューション」、問題を解決すること。答えを出していたら、“電車”は動き出す。しかし“電車”はそのままでスムーズにゴールまでたどりつかない。ゴールにつくまで、いろいろなところで問題がおこる。“これ、どうする?” “あれ、どうする?”といった問題に対して、答えを出しながら、ゴールへと導いてくことが戦略。スタートしたら、ゴールにたどりつかないといけない。

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これをタクシーで考えてみる。
お客さまを安全に目的地=ゴールにはこぶことが「課題」。“あっちを右に” “こっちを左に” “急いで” “そこ、止まって”といったお客さまの注文に次々と応えて、ゴールにたどり着かなければならない、しかも安全に運転する。このようにタクシードライバーは極めて戦略的。
タクシードライバーのストレスは大きい。道路で手をあげられたお客さまがタクシーの車内に乗ってこられるまで、どこに行きたいのか分からない(Uberタクシーはこの問題をクリアする)。乗られたあともお客さまが行きたいところをきちんと伝えられなかったり、走っているうちに突然ちがう方向に行ってと言われたり、時間とか運賃などお客さまからの様々なリクエストに応えて、ゴールにたどりつかなければならないから、極めて「戦略」的でなければならない。「戦略」とはこういうこと。
目的地・ゴールにたどりつかせるのが「戦略」。
目的地までの間に発生する数々の問題に答えを出すごとに、局面が変わる。この道だと思って進んでいたら熊が出てきて、これではだめだと別の道に変えて歩き出す。すると今度は虎が出てきて、また別の道を選ぶ。最初に考えた通りにはいかない。現場では、次々と局面が変わる。局面局面ごとに情勢を分析して考えて実行する。現場ではいっぱいの「どうしよう?」が発生し、問題ごとに「じゃ、こうする」と答えを出し、動きつづけて、ゴールにたどりつかないといけない。

戦略はゴールにたどりつくための問題解決の連続的なプロセス全体である。
にもかかわらず、経営戦略だとか企業戦略だとか投資戦略といったセミナーの「これをこうしたら勝てる、うまくいく、儲かる」といった話が流布する。しかし現場は“これをこうしたら絶対に勝てる、必ずうまくいく”わけではない。手をうっても思ったとおりにならなかったり、別の局面になったりする。そのとき、どうする。そうならなかったとき、どうする、どうやって軌道修正して、ゴールにたどりつかせるかといった「連続的なプロセス=戦略」が欠落している。

“私が考えたプランは良かったけど、あなたが実行しなかったからダメだったのだ”と言ったり、“やったけどダメだった”と平気で言う戦略コンサルタントとか弁護士といった、いわゆる「先生」方が増えている。本当の戦略とは知識ではない、海外の誰かが考えた枠組みや公式ではない。戦略はゴールに必ずたどりついて勝つことなのに、「うまくいくかどうかの責任はもてない。やるのはあなただから」という「先生」が多くなった。

“考えるのは私、やるのはあなた”ではない。
刻々と発生する様々な状況をつかみ、判断をおこなって答えを出しつづける。それが「戦術」である。戦術とは「術(すべ)」。術(すべ)とは現場での経験にもとづいて身につく技術。つまり戦術をもって一連の問題解決をおこなって、試行錯誤しながらも、ゴールにたどりつかせる全体プロセスこそが「戦略」である。
その戦略力を高めるために、どうしたらいいのかは次回、考える。』

私たちが失いつつある3つの言葉

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『いつから私たちは忙しくなったのだろう。「時代」の速度は速くなった。かつて東海道を江戸(東京)―京都を14日間かけて歩いていた江戸時代から150年後、私たちは、新幹線で2時間20分で着く。飛行機ならば、もっと早く着く。技術進歩によって圧倒的な利便性を得たかわりに、「沈思黙考」を失った。物事をひとつひとつ時間をかけて考えて、じっくりと取り組むという人が少なくなった。

みんな、同じことを語る。
とにかく忙しい。スマホは便利。スマホなしでは仕事、生活は考えられなくなり、家庭、職場、友人とのつながりで、片時もスマホを手放せない。交通機関の普及で時代速度は加速し、携帯電話になって一段と早くなり、誰かからの電話にいつも追いかけられるようになり、スマホで24時間、誰か知っている人とつながりつづけることとなった。そしておそらくSociety5.0時代は、誰かに見られつづけ、知っている人のみならず、知らない人ともつながりつづけることになるだろう。時代速度はとてつもなく速くなる。

とても毎日が「忙しい」。
テレビや会社で誰かが言っていることを聞いたら、そのまま受け入れる。私たちの周りから減った言葉が3つある。

「それ、ほんまか?」
「なんでや?」
「要は、こうやな?」

「専門家」という誰かが言ったことの真偽を確かめなくなった(「ほんまか?」)。自ら「なぜそうなのか」「どうしてか」という背景・文脈を考えなくなり(「なんでや?」)、鵜呑みにしてしまう。だから社会観・未来観・生活観が身につかない(「要はこうやな?」)。誰かの話をそのまま自分の言葉で語るようになった。だからみんな同じように考え、思い、同じように語る。だから「専門家」の誰かが間違っていたら、みんな間違ってしまう。

分かったような分からないような言葉で、煙に巻く。組織のなかで「企画」「計画」をたてるとき、魔法の言葉がある。「~の強化」「~の推進」「~の改革」…なんにでも使える便利な言葉。困ったら、この曖昧な言葉で、締めくくろうとする。これらの言葉には具体性がない。
ソリューションやコミュニケーションやイノベーションという言葉も多い。この横文字も分かったようで分からない。会社のなかをこの横文字が飛びかうが、言っている人も言われる人も、実は意味が分かっていないことが多い。答えが導き出せないので、この横文字で体裁を整えて誤魔化すが、この言葉で「そうやそうや」で、みんな、納得する。
このような具体性に欠ける言葉をちりばめられた文書を見たり会議に立ち会うと、本当は「やる気」はないのだろう、「実現」できないだろうと感じるが、案の定、大抵はうまくいかない。
もうひとつある。同じ言葉でも使う人によって、その後の展開・結果がちがうことがある。組織のなかでは「なにを語るよりも、誰がそれを語るか」が重要なことがある。

これらの言葉がよく使われるのは、日本の社会風土に背景がある。
日本は、タテ社会でイエ社会で単一社会。個人よりも組織を重視。実力よりも、序列を重視。根回しして、満場一致で、誰の責任か判らないようにして、意思決定する。書いていることよりも意思決定していくプロセスが大事であった。それがテレワークが普及しにくかった背景でもあった。
■ 企画が偉そうにする
戦略企画とか、経営企画といった「企画」が日本の組織のなかでは一目置かれる。ライン、現場よりも一段上だと錯覚して(現実、そう扱われ)、偉そうにする。「企画」という組織・スタッフが日本には多い。江戸幕府時代は、幕僚だった。幕の内で作戦を考える人。その人たちは戦場に立たない。武将の後ろの幕の向こうにいて、戦場から情報を集めて、分析して、計画をたてた。この幕僚の系譜は明治時代以降ならば陸海軍。参謀本部・軍司令部に陸海軍のスーパーエリートが集まった。彼らがたてた戦略・企画・作戦は絶大だった。

企画・計画をする人はスタッフ。そもそもスタッフとは「杖」のこと。組織のなかの前線である営業やサービス部門というラインに、「企画」「計画」を提供するが、この企画・計画が「杖」。使い物になる企画・計画を出せるか、それとも使い物にならない企画・計画となるかであるが、営業やサービスという「ライン」が社会で事業活動を展開するときに役に立つ良い企画・計画という高性能の「杖」を考えだせたらうまくいき、それを考えたスタッフはありがたがれるが、すぐ折れてしまうような「杖」を渡すと、うまくいかない。
そんな杖ばかり渡されると、現場であるラインは企画・スタッフを信用しなくなる。そして会社に溝ができて、バラバラになる。ともすれば、組織が大きく複雑になると、混乱する。このようなスタッフとラインの問題はコロナ禍前に多くあったが、テレワーク時代に「スタッフ」をどう位置づけるかが大切になってくる。

■「考えるのは私。実行するのはあなた」
いつからか「コンサル」が重宝されるようになった。組織のなかの「誰」かが計画をまとめても、ラインである現場が納得しなくなると、お金を出して外の人に計画をたてさせて、組織内を説得しようとする。ここで「コンサル」といわれる人たちが登場する。
外の人である「コンサル」の人がその組織の計画を策定する。マネジメントの本にのっている流行りの横文字の「ツール」をちりばめて、どこかで見たことがあるような、どこの組織にでも使えるような見映えのいい図表入りで「計画」をたてて、経営陣に納品し、驚くようなコンサル料をもらう。
その組織のことを知りつくしている経営陣と勝負しないといけなく、かつ与えられる検討時間は短い。だからその業界の現場のリアルとは別の戦法を採る。ではどうするか。
コンサルはコンサル社内で以前、誰かがつくった「提案書」が閲覧でき、今回のクライアントの数字にそのフォーマットに入れ替えるだけで短期間に分厚い報告書を作成することできる。しかし頭で考えているのでリアリティはない。納品先は現場ではなくトップであり、現場からかけ離れた報告書となる。コンサルと呼ばれる人と議論したことがある。
「この計画をコンサルのあなたが私ならば、実行するか」
「考えるのは私。実行するのはあなた」
「この計画はほかでもうまくいった。うまくいかないとしたら、あなたのやり方が悪かったということ」

責任がない。うまくいかなかったら、それはあなたの責任。うまくいったら私の手柄。75年前と同じである。日本は変わっていない。

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■ 3A(トリプルA)― 足・汗・頭
泥臭い標語である。
私の営業時代の上司がつくった標語である。営業は足を使ってお客さまのところに通って、汗をかいてお客さまと議論して、お客さまのためになることを考えよという意味だった。
「順番が大切だ」と上司はいつも言っていた。ともすればお客さまのところに行かずに、スマホで情報を集めてオフィスのパソコンに向かって頭で考えようとするが、まずお客さまのおられる現場に行き、お客さまとの議論をすることから、スタートしないといけない。そして現場・現物・現実をつかんで、お客さまとともに、お客さまにとってのあるべき姿を想像して、あるべき姿を創造するための活動だった。それが「ソリューション」である。パソコンだけでできるのではない。
決して古くさいのではない。ビジネスの本質である。テレワーク時代だからといって、バーチャルですべてがおこなえるのではない。テレワーク時代ならではの3Aをリアルとバーチャルの組みあわせることでできるはずである。リアルかバーチャルではない。リアルもバーチャルもである。リアルとバーチャルを「お客さま」を中心に考えて組みたてて、お客さま価値をつくりあげる。テレワーク時代の「3A」を今から準備していかないといけない。』

コロナ禍の今、あなたはなにをめざしているのか?

『コロナ禍の今の日本、なにをめざしているのだろうか。コロナ禍を収束させる・終わらせることが日本の「目的・目標」のようなものになっている。それは目的・目標といえるのだろうか。

一所懸命、頑張った。アプローチは正しかった。しかし結果がでなかった。うまくいかなかった。それは正しいのかどうか。結果がでなかったということは、「目的・目標」設定が正しくなかったということではないか。

一所懸命、頑張ったけれど、うまくいかなかった。そのやり方が正しかったかどうかの前に、目標設定の妥当性が問われるのが本来。その掲げた目的・目標は、果たして「適切」だったのだろうか?目的・目標設定が不適切だとしたら、その目的・目標達成に向けて努力したがうまくいかなければ、「正しい」と評価されない。

目的・目標設定が間違っていたら、それに取組んだ人全員が正しくなかったとみなされるのが世界。ところが日本はちがう。目標を掲げて取り組んだが、うまくいかなかった。それに関わった人全員が否定されるはずなのに、「次、頑張れ」と全員、生きのびる。ここが日本社会の甘いところ。

中国史や西洋史では、戦って敗れたら、全員外に出されたり殺される。そうしなければ、それにつづく社会を統制する組織は成り立たなくなると思われたから、そうなった。

池永部長のとき、こういう目標をたてたけど、結果がでなかった。”そりゃ池永さんやったからな…次の部長の時に頑張るわ”、それは違う。池永部長のときに頑張ってできなければ、あなたは池永部長とともに、消えなければならない。次の部長は次の体制で臨めばいい。そんな「あなた」は次の体制にはいらない…それはきついなあと思うが、それは世の習い。

本当ならばあなたが所属するチームが目標を達成することができなければ、チーム全員で責任をとらなければならない。しかし日本の組織はそうならない。目標未達でも、なぜか殆んどの人が残れる。だから緊張感がない。だからいい加減になる。

目的・目標を設定することが経営者の最大の仕事のひとつ。「企て」がまずければすべてダメになる。目的・目標の設定を間違え、目的・目標を実現できなければ、目的・目標の達成のために集められ担った組織は否定されるはず。

しかし日本は目的・目標設定がいい加減。目的・目標は組織の責任者と全員が合議してつくる。その時に、この目的・目標は間違っている、正しくないと意見具申しないといけないが、その場では言わない。目標が達成しようがしまいが、評価や給与に殆ど影響なく、やらなくても怒られない、飛ばされることもない。だからテキトーな目標となる。

こうして目的・目標をいい加減につくるようになった。目的・目標を軽く見る。だれも目的・目標を本気で実現しようとしないくなる。組織において良くない人、いうことをきかない人を左遷させるという「半沢直樹」の世界に「熱狂」するが、現実の社会はちがう。そうならないことが多い。そこに、日本社会の甘さがある。

かつての日本はそうではなかった。それが明治になってから、戦後になってから、「でたらめ」 になった。緊張感がなくなった。いい加減になった。
「上の人って、なんだかんだ、うまくたちまわって生き残れるんだ。御意・御意といって、いざとなったら、『わたしがやったんじゃない』といえば、生き残れるんだ」という空気になった。

もうひとつある。目標をたて、それに向かって、つきすすんでいくが、うまくいかなかったときのことを想定しないことが多い。だめになっても、「ごめんなさい」で、すまそうとする。「次、頑張ります」で許されようとする。企業人も、専門家も、みんな、エヘヘでおわる。
もともといっていたとおりにならなくても、目標が達成しなくても、責任を感じない、責任が問われない。

こうしてさらに目的・目標がいい加減になった。そして コロナ禍になった。コロナ禍の日本の今、みんなが一所懸命に努力すべき「目的」「目標」がズレている。あることはある。「コロナを何とかしたい」が目的・目標のようなものになっているが、それではコロナ禍後に失速してしまう。

コロナ禍のいま、社会で呟かれているのは、「あの日のようになれば…あの頃に戻れば…なんとかなる」である。たとえばコロナ禍で飲食店が「お客さまが昔みたいに戻ってくると、なんとかなる」といったりしているが、それは目的・目標ではない。「昔のように…」 は飲食店主が解決できる目的ではない。社会全体が変わっているときに、その店だけが前のようになるわけがない。コロナ禍で、みんな方向性を見失い、示せなくなっているのは、「新しい目的・目標」。

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では目的・目標ってなにか。たとえばホンダを創業された本田 宗一郎氏だったら「とにかく早い車をつくれ」というような目標だったはず。その目標に向かい、ホンダ社員のものすごい努力とエネルギーが積み重なり、ジェット機までつくる世界企業になった。
GAFAも、そんなに大層な目標からはじまったのではないだろう。「面白いことをしよう」「楽しくやろう」「いつでもこんなふうに話せられないだろうか」といったような目標のもとに、みんながワイワイガヤガヤ、” それならこんなことできる” ”これもある” ”あれもある” ”おもしろい” などとアイデアがどんどんと湧いてきて、あっという間に世界企業となった。

というような、「専門家」の”学説”からすれば、「いい加減」と思えるような目的・目標だが、その会社のみんながワクワクするような目標からスタートして、いい回転をしだして、人を動かし、お金を動かせるようになると、その目標がとても立派に見えたり、後付解釈で、もてはやされたりする。

大切なことはなにか。その目的・目標が、人・社会・時代の「本質」をおさえているかどうかである。現代日本ではそんな軽い、簡単な、テキトーな目標では、人は動かない、恰好悪いと思いがち。しかし目標は崇高である必要は決してない。

”JAPAN AS No1” ともてはやされてから、神棚に飾っても恥ずかしくないように、アナリストやマスコミに笑われないような立派な目標をつくって、恰好をつけたがるようになった日本。しかし格好よく使った目的・目標の大半は本質を外している。だからうまくいかない。日本社会の閉塞を深めている主因のひとつ。

対症療法_図

日本はこの半年、コロナ禍に右往左往して、社会に対して方向性が示されていない。マスク・PCR検査・医療崩壊対策・経済支援…といった対処療法ばかり。コロナ禍後の方向性が示せていないので、日本社会はどこに向かっていけばいいのかわからない。だから努力しようがない。

コロナ禍の今、クローズアップするべきは、「なにをめざすべきなのか」である。目的・目的設定が間違ったら、すべてが終わる。どんなに簡単な目的・目標でも、「本質」を踏まえて、誠実に取り組めば、大きなビジネスのフレームワークになりうる。』

中間管理職はいるのか?

https://comemo.nikkei.com/n/n5fa104539346

『池永寛明(大阪ガス エネルギー・文化研究所)
2020/09/02 14:58
「半沢直樹」が記録的高視聴率。放送時間の日曜21時台には予定を入れずにテレビに釘付けとなる。“さすがにこれはないで”“ありえへん”といいながら、観ている。昔も今も、日本人は勧善懲悪が好き。水戸黄門に、必殺シリーズの中村主水に、ウルトラマンに、アンパンマンにと、主人公はスーパースターから普通の人まで、良い人が悪い人の横暴に我慢に我慢を重ねて耐え忍んで爆発するという主人公に自分を重ね合わせ、スカッとする。いつも同じパターンで安心して、一週間に一度の密かな楽しみとなっている人が多いだろう。

水戸黄門の助さん格さんは大暴れし、中村主水たち裏稼業の仕事人は依頼人の晴らせぬ恨みを晴らし、ウルトラマンはスペシウム光線などで怪獣をやっつけ、アンパンマンはバイキンマンを毎回吹っ飛ばし、半沢直樹は「左遷」という人事でどこかに吹っ飛ばす。それを見て、みんな留飲を下げる。

「半沢直樹」では、悪い人が左遷されるだけでなく、良い人も左遷される。“これって20年前のバブル前後の話じゃないの?”“今ではありえへん”と思うが、ビジネスでの人間関係の上司と部下、同僚という「構造」は今も変わらないと、「半沢直樹」に没入する。
ちなみに「上司」は奈良時代の荘園管理者の役職名以来の言葉であり、「部下」も「同僚」(僚とは役人のこと)も同じく1300年以上前から使われている。日本の仕事関係の構図は基本は変わらない。

■ 仕事の「場所」が大きく変わる
職住一体の生業はあったが、仕事は家を出て役所・会社・工場などに行くものだった。江戸時代の江戸づめ武士スタイルから400年続いた勤め人スタイル。テレワーク・リモートワーク・在宅勤務・オンライン会議で、どこでも、いつでも、だれとでも仕事ができるという仕事の「場」と「時」が大きく変わろうとしている。

オンライン会議は思っていたよりも操作は簡単で、画像も音声もいい、リアルであり、もしかするとオフィスにいる以上に鮮明であり、息遣いまで感じられたりする。オンラインで、ほとんど支障ない。このようにして、仕事をするスタイルがガラッと変わっていく。

リモートワークが1週間2週間の試行からはじまり、1か月2か月半年とつづき、個人ワークがすすんでいくなか、いつもオフィスの席のそばにいたマネジャーや課長は「なにをしているだろう」と内心思いだした。
これまでどんどん会社組織は階層を減らしてフラット化してきたが、テレワーク・リモートワークは組織の階層を、さらに減らしていくことになる。そうなったら、「そもそも中間管理職はいるのだろうか?」と思うようになる。もともとメンバーからは中間管理職の姿・行動は見えづらかったが、さらに見えなくなった。中間管理職はテレワークになって、さらに大変になっているということはメンバーに伝わらない。

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■ マネジャーはつらい
いつからか組織は巨大化していった。日本経済の拡大とともに、バブル・ITブームの20年前から大きな組織が増え、組織は肥大化し、フロアーに人がいっぱい集められて座るレイアウトになって、同じ組織でも部・課がちがったら、どこのだれなのかがわからなくなるようになった。自分が所属する部・課以外の人々との交流が減っていくと、組織の空気、匂いが感じられなくなり、組織全体が分からなくなっていく。

仕事が増えるなか、仕事の効率化をしないといけないといって、当初事務まわりの改善から、OA化・IT化がすすめられた。改善されるたびに、組織をいじる。そして仕事の進め方が変わる。マネジャー・課長は本当に大変。何度も何度もワークスタイルの変革だといわれるが、ディベロップメント(開発)業務よりも、マネジメント(管理)業務のウエイトが高まっていく。本来すべき仕事ができない。

組織のなかで「文書」が大切で、かつては丁寧に手書きした。なんどもなんども書くので推敲され、結果として良い文書となった。昔はコピー機がなかったので、印刷するのに半日もかかったりした。それを専門の仕事としている人もいた。コピー機で楽になった。FAXが組み込まれたものもでてきた。どんどん便利になっていった。

なんといってもメール、インターネット、スケジューラの登場は革命的だった。この三点が「上司」という役割を根底から変えた。それまで上司だから手にできた、上司しか持っていない多くの「情報」を誰もが手にすることができるようになった。職場内の情報革命が起こった。

職場内の「報告-連絡-相談」の仕組みはメールで大きく変った。それまで上司の顔色を観察して行っていた「ホウレンソウ」はメールで、いつでもどこでもできるようになった。なによりも組織内を走りまわり電話をかけまくって日程調整をした会議のセットが楽になった。その面倒だった調整業務が「スケジューラ」で簡単に即座にできるようになった。楽になったが、組織と組織の間が開いていくことになる。

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組織内の事務があれもこれも電子化されて、書類が減った。それまでのハンコ決裁から「電子決裁」となったが、なんでもかんでも電子決裁なので決裁者の業務は飛躍的に増えた。

そして固定電話一色のワークスタイルに携帯電話があらわれ、仕事場が「オフィスのなか」から「いつでもどこでも」となり、さらにスマホのLINE・チャットなどで、いつでもみんなとつながるようになり、ずっと仕事に追われるようになった。
働き方改革と言い出した。部下にとっては良いが、上司の働き方改革とはならない。そしてコロナ禍でテレワークとなった。上司の管理業務はさらに増え「マネジメント>ディベロップメント」のウエイトがさらに高まる。上司は本当に大変だが、マネジメントばかりしているマネジャー・課長などいらないという声があがる。

このように生産性は飛躍的に高まったが、それでも日本の生産性は低いといわれるのは、なぜか。
たしかに事務関連における技術は進んだ。OAとかITといわれたオフィス改革は、ムダな「仕事」や非効率だと思われた「仕事」をターゲットに、「事務処理」分野での生産性をあげ、それに費やしていた時間を減らしたが、「仕事」をする人にとってより良いものになったのだろうか。仕事を細分化して部分部分は効率化できたが、逆にプロセスがブラックボックスして全体が見えなくなり、組織全体の力が弱まった。

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■ マネジャーはどうしたらいいのだろう
これまでの業務改善は「仕事」を見ているが、仕事をしている「人」を見ていない。ムダな仕事に着目するが、それをしている「人」を見ていない。なぜ「それ」をしているのか、「それ」をしている意味を読み解かずに仕事を「改善」したので、部分最適となったが、全体最適とならなかった。

誰かが楽になると、誰かに負荷がかかる。目に見える問題は解決されてよくなったが、本当にしなければならないことができなくなった。大切なことが後回しになり、時間切れとなった。ITで便利になったが、決裁などやらなければならないことが増えて、本来しなければならない仕事が回らなくなった。優先順位はどうしてもそっちになる。目に見えることはしなければ目立つが、目に見えないことはしなくても目立たない。だから本当にしなければならないことができなくなった。こうしてレベルがおちて品質がおちていく、会社の力がおちていく。

では、コロナ禍後のテレワーク時代、どうしたらいいのか。テレワークは与えられた仕事をこなすという意味では在宅で十分であるが、仕事の幅を広げる、仕事を大きくするうえでは、在宅では限界がある。メンバー間や組織内の仕事・情報をつなぎ回転させ増幅させてきた中間管理職であるマネジャーや課長・部長の役割は従前以上に求められるようになる。
しかしとても大切だが目に見えないこの「仕事」は、ITやAIを中心とする技術アプローチによる生産性向上の議論からは、どうしても抜けおちる。さらにコロナ禍のテレワークが進み責任が曖昧になる可能性が高まるなか、組織の明確化・組織の価値創造を高めるために、会社内の部・課を分社化したり社内分社化するということことも考えられるが、その話はまた後日。』