トルコ 「脱アタチュルク」エルドアン大統領の思惑

トルコ 「脱アタチュルク」エルドアン大統領の思惑
イスタンブール支局 木寺もも子
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63348070S0A900C2I00000/

『(2020/9/7 0:00)
トルコのエルドアン政権下で、「建国の父」として絶対的存在とされてきたアタチュルクの記念行事や建築物などの歴史的遺産を縮小、廃止する動きが相次いでいる。一方で進むオスマン帝国時代への再評価は、社会のイスラム主義化や親欧米外交からの転換を象徴している。

アヤソフィアのドームに描かれたキリスト教絵画は布で覆われた(8月、イスタンブール)

イスタンブール中心部にある世界遺産の旧大聖堂アヤソフィア(ハギア・ソフィア)が博物館からモスクに変更されてから約1カ月、周囲は様変わりしている。

■モスク化した旧大聖堂に礼拝者続々

例年は外国人観光客でにぎわう周囲はトルコ人の礼拝者であふれていた。石造りの床は礼拝のための真っ青なじゅうたんに覆われ、政府が「礼拝の時間だけ」と説明していたキリストや聖母マリアなどの絵画はそれ以外の時間も布などで隠されたままだ。東部エルズルム県から家族4人で訪れたという主婦(40)は「ここは特別な場所。モスクに戻って本当にうれしい」と感激した様子だった。

東ローマ帝国時代の6世紀にキリスト教の大聖堂として建設されたアヤソフィアを1453年、イスラム教のモスクに変えたのは、オスマン皇帝メフメト2世だった。長く地中海世界の中心だったコンスタンティノープル(現イスタンブール)の征服は預言者ムハンマドの願いだったとされる。サウジアラビアなどアラブ世界では疑問視されている説だが、トルコでは広く信じられている。征服を象徴する出来事でもあった。

1934年になって、アヤソフィアを非宗教施設の博物館としたのが、イスラム教と政治を切り離したトルコ共和国初代大統領のアタチュルクだった。国民的作家のオルハン・パムク氏は「西洋的な世俗主義国家になるというメッセージだった」と評する。イスラム教徒が国民の9割以上を占めるトルコだが、憲法で世俗主義を標榜し、服装や飲酒などの宗教的な規制はない。中東では金曜、土曜を休みにする国が多い中、欧米と同様に土曜、日曜が休みでもある。

エルドアン大統領はアヤソフィアをモスクにする際、非宗教化は「間違った決定だった」として、暗にアタチュルクを批判した。こうした否定はほかのところでもみられる。アタチュルク率いるトルコ軍が戦った独立戦争でギリシャ軍を撃退したことを記念する8月30日の戦勝記念日は今年、新型コロナウイルスの感染拡大防止を理由に各地での行事が中止となった。一方で、政府はアヤソフィアで行った初の礼拝に35万人が参加したと主張していることから、世俗派は「ダブルスタンダードだ」と批判する。

■アタチュルクの名前を付けた施設が消える

2014年にエルドアン大統領が首都アンカラに建設した自身の大統領宮殿は、アタチュルクが市民の憩いの場として国に寄贈した緑地を敷地にしている。イスタンブールのアタチュルク空港は19年4月、新たにできたイスタンブール空港に「空の玄関口」としての役割を譲った。「アタチュルク」の名前を冠した施設は徐々に姿を消しつつある。

アタチュルク(左)とエルドアン大統領の肖像が掲げられたイスタンブール空港(2019年4月)
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かわって前面に押し出されるのはオスマン帝国以前の歴史だ。エルドアン大統領はしばしばメフメト2世らオスマン皇帝の業績に言及し、あこがれを隠さない。トルコ系王朝がアナトリア(トルコのアジア側)に進出したことを記念する8月26日のイベントには自らが参加し、政府は現在までの軍事的栄光を描いた再現映像を公開した。

4分超の本格的な映像作品では、アヤソフィアに入場するメフメト2世とエルドアン大統領を重ねるような場面もあった。一方、アタチュルクを連想させるような描写は徹底的に省かれていた。銀行員のオヌルさん(40)は「政権はアタチュルクの痕跡を消して(政治の)イスラム化と強権化を進めようとしている」と反発する。

■外交路線もイスラム化

エルドアン政権の脱アタチュルクは、「欧米寄り」から「イスラム世界のリーダー」を目指すトルコの外交方針の転換とも軌を一にしている。一時は欧州連合(EU)への加盟を本気で目指したが、加盟交渉は事実上、決裂している。近年は難民や東地中海の権益などを巡る欧州との対立が目立つ。

一方、イスラエルの実効支配地域にあるエルサレムのアルアクサモスクを「解放する」と述べ、ミャンマーのイスラム教少数民族ロヒンギャを積極的に支援するなど、国境を越えて自国の政治・文化的な影響力を強めようとする動きも目立つ。同じくイスラム教スンニ派の盟主を自任するサウジアラビアに対抗し、介入するリビアの内戦ではエジプトやアラブ首長国連邦(UAE)などと対峙する。

こうした内政・外交の転換は多くの国民に支持されている。アヤソフィアのモスク化はいずれの世論調査でも賛成派が反対派を上回った。多数を占める敬虔(けいけん)なイスラム教徒は宗教の「自由化」を歓迎する。エルドアン政権以前は、公共の場で女性のスカーフ着用すら禁じられていた。ある支持者の女性は「スカーフをかぶっていたら大学入試の試験会場から追い出されたことが忘れられない」と話す。

アタチュルクへの批判がタブーとされ、犯罪にもなり得る極端な個人崇拝からの脱却も、現政権の功績のひとつであることは間違いない。一方、大統領侮辱罪やテロへの関与を理由に自らを批判する勢力を次々と検挙し、司法への介入もいとわない強権ぶりも発揮する。アタチュルクを巡るエルドアン大統領の対応は、国民を二分しており、トルコの民主主義を深刻な危機にさらしているとも言えそうだ。』

オスマン帝国
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%B3%E5%B8%9D%E5%9B%BD

The Rulers of Europe: Every Year
https://youtu.be/IpKqCu6RcdI