なぜ優秀だった部長が失敗するのか 社長感覚の必要性

なぜ優秀だった部長が失敗するのか 社長感覚の必要性
20代から考える出世戦略(92)
2020/9/8 プロが明かす出世のカラクリ

『多くのビジネスパーソンの出世を見てきてわかるのは、社長になることをイメージすることがキャリアに与える良い影響です。それは出世速度を速めるだけでなくキャリアそのものを豊かにします。仮に自分は社長になるつもりがないとか、今更社長を目指すことは難しい、という場合でも、ぜひ自分が社長になったら、ということをイメージしてみてください。

名部長がダメ社長になってしまう
私は人事コンサルタントですが、人事とは戦略達成のためのツールです。だからクライアントの財務諸表の確認も通常業務の一つです。先日もクライアントとの打ち合わせで、子会社の財務諸表を確認しながら、経営と人事についての課題を議論していました。

そのクライアントは複数事業を展開しているグループ経営体で、持ち株会社が全体を取り仕切っています。持ち株会社の下にはそれぞれ子会社があり、社長がいます。その日の議題は、グループ全体の売上高の20%ほどを占める小売りを専業とする子会社についてでした。

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財務諸表から導かれる課題はシビアでした。

このままだと4年後くらいに債務超過になるリスクが高いことと、その理由が利益率の高い事業を現状維持のままにして、利益率の低い事業に注力していることなどがわかっていました。

子会社の社長を招いてその理由を確認します。

「なぜ利益率が高い事業ではなく、利益率が低い事業を拡大しているんですか?」

「それは売り上げ規模を増やすためです。利益率が高い事業を拡大するためには拠点を増やすとともに、新たな人材を雇用し育成しなければいけません。そのための多くの努力をして、それでも年率5%成長がよいところでしょう。一方で利益率が低い事業については他社のリソースを活用するので、年率30%での売り上げ成長が見込めますし、実際にそれくらいで推移しています」

「対前年売上高は確かにこの2年平均で+30%ですね。でも原価にあたる外注額の対前年伸び率は50%にもなっています。結果として全社として10%ほどあった営業利益率がすでに4%を切っていますが、これは予定通りですか?」

「……いいえ」

「現状はわざわざ他社を育てるために仕事を回してあげている状態になっています。セグメントで切り分けてみれば、利益率が低い方の事業はすでに1%以下の利益率で、今年度の最終結果は赤字転落の可能性が高いようです。それでもこちらの事業を伸ばす理由はなんですか?」

「……それは……売り上げが……あがればなんとかなるかと……」

「従業員の皆さんが毎日全力で働いておられることは存じ上げています。そのための人事評価制度も刷新して機能させていますよね。けれども、社長が示す方向が崖の行き止まりのような道だとすれば、従業員の努力を無駄にするどころか、とんでもない事態を招くことになりませんか?」

「……」

この社長は、部長時代まではとても優秀な方でした。前社長が示す戦略を実行することにたけており、部下のモチベーションを高めながら確実に目標を達成してきました。そうして子会社社長に任用されたのですが、結果として方向性を間違えてしまっていました。

言われたことを守る部長・ゴールを示す社長
この事例の原因を「利益額を見ていないからだ」とか「利益が売り上げについてくるという間違った認識だからだ」というように読み解くことは簡単です。

けれども人事の観点から見れば、違うことがわかります。

彼は経営者の役割を教わらないまま、部長の延長で社長になってしまっていました。

彼は部長時代、決まったゴールに従って業務を進めることにたけていました。

その一方で、決まったゴールに異議をさしはさんだ経験がありませんでした。上司に物申すことは彼にとってはありえないことでした。

だから、どこかで「この道はおかしいかもしれない」と思っても、目指すゴールを変えるという発想にいたらなかったのです。

それは、雇われている立場での限定された発想でした。

仮に損失が出たとしても、それは会社が負う損失であり、自分にはあまり関係しない。せいぜい昇給がなくなるとか、賞与が減らされるくらいのことだ、という風に考えてしまう癖がついていました。決して会社が倒産するということは想像していませんでしたし、最後には持ち株会社が守ってくれると安心しきっていたのです。

しかし経営者になるということは、会社を存続させることが最大の責務です。そのために、従業員一同をどこに向かわせるのかを決めなければいけません。まさに危機感を持って、ゴールを定めることが仕事なのです。

そのことを理解しないまま、どこかで読んだか経営者仲間に聞いたかした「売り上げはすべてを癒やす」という言葉に黙々と従ってしまっていたのです。

危機感を持ちながらゴールを定める
私たちはどこかの会社に就職するとき、その会社が倒産するとか、いきなり解雇されることなどをあまり想像しません。基本的には前向きな気持ちで就職し、活躍しようとモチベーションを高めるでしょう。

けれども経営者は、違います。

会社を立ち上げ、売上高が伸びている状況でも「突然取引を打ち切られるかもしれない」「従業員のミスなどで損失が出るかもしれない」「予想もしないようなとんでもない事故が起きて資金繰りができなくなるかもしれない」という危機感を常に持っています。

そして仮にそのような事態になったとしても会社を存続させるための手を打とうとします。現金残高を多めに確保するために資金繰りに余裕のあるうちから銀行借り入れを増やしたり、既存事業がうまくいっていても新規事業への投資を進めたり、エース級の従業員をあえて現場から外して教育担当にして従業員のレベルを引き上げたりします。

仮に私たちが就職するときや転職するとき、経営者と同じような危機感を持ち、ゴールを定めてみるとどうなるでしょう。

この会社が倒産するとしたらどんな状況だろう。

自分をはじめとする従業員が解雇されるとしたらどんな状況だろう。

その可能性があるとするなら、今打てる手はなんだろう。

与えられた仕事は目の前のことをしっかりこなすことだけれど、果たしてそれだけでよいだろうか。

危機に際しても動かないのが人の常、ということをこの連載74回目の記事「定年の日に固まらない 人事変革に勝つ社員5つの行動」に記しました。

危機にあって動かないということは、自信に満ちていたり前向きに生きている、ということではなく、今起きていることを理解できていないだけなのかもしれません。現状を理解するためには、自分自身が置かれている状況を俯瞰(ふかん)的に見なくてはいけません。そして何を目指すべきかを決めなければいけません。

そのために、経営者の視点を持つことはとても有効なのです。』