円相場から占う新政権安定への勘所

円相場から占う新政権安定への勘所
編集委員 小栗太
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63470710U0A900C2000000/

『手元に1本のチャートがある。JPモルガン証券が作成した日本の政権期間と円相場(円の実質実効レート)を並べたものだ。これを見ると、第2次安倍政権下で円が16%も下落したことが分かる。円相場は政権発足前からアベノミクス期待で大幅下落が始まっており、実質的にはそれ以上に円安が進んだ。市場から「アベノミクスは為替に始まり、為替に終わった」(みずほ銀行の唐鎌大輔氏)と指摘される理由でもある。

■「安定政権=円安局面」

さらに興味深いのは、それ以前の政権と円相場の関係だ。この20年でみると「小泉政権下でも第2次安倍政権に匹敵するほどの円安が進んでおり、それ以降の首相が1年程度で交代した短期政権時は円高だった」(JPモルガン・チェース銀行の佐々木融氏)。為替からみると「安定政権=円安局面」という構図が成り立っていたわけだ。

なぜか。円安は株高と連動しやすく、市場環境の好転が実体経済の安定につながりやすい。実際、小泉政権は戦後最長の「いざなみ景気(2002年2月~08年2月)」、第2次安倍政権は戦後第2位の景気拡大期(12年12月~18年10月)とほぼ重なる。

安定政権が好景気を生んだのか、好景気が安定政権を生んだのかは分からない。だが併存していたことは間違いない。安定政権下では構造改革や財政再建のハードルが下がる。小泉政権時代は郵政民営化や日銀によるゼロ金利政策の解除、安倍政権時代には2度の消費税率引き上げなど、痛みを伴う経済政策も実現させることができた。

そして、新たな政権がまもなく誕生する。次期首相が安定した長期政権を築けるのか。経済政策運営の追い風になる為替相場の観点から占ってみたい。

■円安支える2つの関係

円安局面、もしくは円安定局面を実現させるには、2つの関係の良好さがカギを握る。1つは日銀、もう1つは米政権だ。

まず日銀。第2次安倍政権の発足当初は、アベノミクスの柱である日銀による異次元緩和が大幅な円安を誘い、株高と連動する形で経済再生へとつながった。この関係については、日銀の若田部昌澄副総裁が2日の記者会見で「政治情勢と関係なく、日銀として望ましい金融政策を進める」と現行の政策運営方針の継続を示唆。13年初めに結んだ政府と日銀の共同声明(アコード)についても「デフレ脱却や持続的成長を目指す姿勢は受け継がれるだろう」と語っている。

ただ問題は、日銀の金融緩和カードが乏しくなっていることだ。日銀は安倍政権時代にアコード、マイナス金利政策、長短金利操作などの新手法を惜しみなく繰り出してきた。市場では「切り札になるような新たな金融緩和策は残っていない」(みずほ銀の唐鎌氏)との見方が多く、仮に次期政権下で円高圧力が再び強まった場合も起死回生となるような手立てを見いだせない。

■米大統領選も課題に

もう1つの米政権との関係については、さらに不透明感が強い。JPモルガン・チェース銀の佐々木氏は安倍首相とトランプ米大統領の友好関係を基にした「日米関係の安定が円高抑制に寄与した面は大きい」と指摘する。次期首相が米政権とこれまで通りの安定した関係を続けられるか、円高圧力が伴う通商交渉をどう乗り切っていくのか――。激戦が続く米大統領選も近づき、現行の米政権との距離を測るのが難しい局面だ。

コロナショックを払拭できないなかで、実体経済を支える円安、円安定を維持するために日銀や米政権との関係をどう築いていくのか。次期政権が挑むハードルは低くないが、追い風がないわけではない。

円相場は主要国の金利消滅、日本の貿易収支均衡を背景に、ファンダメンタルズ(基礎的条件)面で過去にない安定状態にある。しかもエコノミストの間では現在が景気の底にあるとの見立てが多く、景気拡大局面での経済政策運営を実現できる素地はある。これまで何度となく日本経済を直撃した円高圧力をかわし、安定した経済状態を保てるかが、安定政権の実現を占うカギの1つになる。』