「農村から都市を包囲する」の原点 北京ダイアリー

「農村から都市を包囲する」の原点 北京ダイアリー
中国総局長 高橋哲史
中国・台湾
2020/3/10 15:00 (2020/9/7 13:25更新)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56599640Q0A310C2FF4000/

『いつか訪ねてみたいと思っていた。毛沢東が1920年代の終わりに、初めて農民を組織して武装闘争の根拠地を築いた江西省の井岡山(せいこうざん)だ。

もともと今年2月に行く計画を立てていたが、新型コロナウイルスのまん延で延期せざるを得なかった。中国では感染の拡大がおおむね収まり、いまは国内であればほぼ自由に移動できる。先週末、8カ月ぶりに北京を出て、中国共産党の「革命聖地」であるその場所を訪ねた。

現地に着いてまず驚いたのは観光客の多さだ。いや、「観光客」というのは正しくない。見たところ、ほとんどが党関連の団体や企業が組織した研修団だ。数十人のグループが紅軍(人民解放軍の前身)の制服を着て、続々と大型バスから降りてくる。ちょっと異様な光景だ。

井岡山革命博物館に行くと、団体用の通路には長蛇の列ができていた。対照的に、個人客の入り口にはだれも並んでいない。私がパスポートを出すと、係員の男性は驚いたようすで上司と連絡を取り始めた。「あなたは新型コロナの感染拡大が始まってから、初めてここに来た外国人だ」。係員は私が1月半ば以降、一度も中国の外に出ていないことを確かめると、ようやく中に入れてくれた。

毛沢東が湖南省での武装蜂起に失敗し、残った兵を引き連れて井岡山に逃げ込んだのは1927年の秋だ。毛は貧しい農民たちを味方につけ、この場所を拠点に山を下りては地主を襲うゲリラ戦を繰り広げた。

当時、党中央がめざしていたのは、都市の労働者を組織して政権を奪取する道筋だ。そうした路線は、遅れた農業国だった中国ですぐに行き詰まる。共産党は都市部で国民党に追い込まれ、存亡の危機に陥った。

それを救ったのが毛だった。「農村から都市を包囲する」。中国の実情に合わせた毛の革命戦略は井岡山が原点だ。毛の軍隊は次第に力をつけ、およそ20年後には国民党軍を破って中華人民共和国の建国にこぎ着けた。

毛による革命戦略の大転換がなければ、共産党は政権を取っていなかっただろう。歴代の最高指導者は必ず井岡山を訪れる。

「井岡山は革命の山であり、戦闘の山であり、英雄の山であり、栄光の山でもある」。習近平(シー・ジンピン)国家主席も2016年2月にここを視察した。

「習氏が提唱した経済圏構想『一帯一路』は毛の『農村から都市を包囲する』にならっている」との指摘をしばしば聞く。経済という武器を使って新興国や発展途上国を自陣に引き入れ、米国との戦いを有利に進める戦略にみえるからだ。

毛のDNAは現代の中国に脈々と引き継がれている。井岡山を行き交う紅軍服の人びとを見て、強くそう感じた。』