[FT]安倍政権の遺産は貿易協定と強力な官邸

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63233140R30C20A8000000/

『安倍首相の2度目の政権は、結局は1回目と同じような形で終わった。政策は混乱し、支持率が低迷する。そして、長年の持病が再発。

8月28日、安倍首相の辞任会見を映す街頭スクリーンを見る東京の人々=ロイター

しかし、2006年から2007年にかけての1年間の短命に終わった第1次安倍内閣の時とは違い、今回の安倍政権は大きな実績を残した。国政選挙は連戦連勝で、8年以上安定した政権を維持した。その間に総理大臣の権限を大幅に強化した。

安倍首相が掲げた大きな目標の多くが未達成に終わったことを厳しく批判する声がある。ロシアと交渉して北方四島の返還を実現し、平和条約を締結。拉致被害者の北朝鮮からの帰国。平和憲法の改正。20年来のデフレからの脱却――などの政策目標だ。

■法整備や経済統計を超えた実績

しかし、安倍首相は、実現した法整備や経済統計が示す以上のことをなし遂げた。世界中の国々と自由貿易協定を締結した。米トランプ大統領の就任前に主要国首脳として初めて会談し、主導権を握った。何十年にもわたる経済停滞と福島の原発事故に打ちひしがれていた日本に自信を取り戻させた。

2016年の桜を見る会で、子役の俳優や芸能人たちと記念撮影をする安倍首相=ロイター

「安倍首相の評価は日本の歴代総理大臣の中でもトップクラスに入っていくだろう」と日本大学の岩井奉信教授は言う。「連続在任日数の最長記録を打ち立て、非常に安定した政権運営を実現した」

安倍氏が政権の座に返り咲いた2012年の年末、日本は、前年に東北地方を襲った東日本大震災の後遺症と、尖閣諸島の国有化が引き起こした中国との危険な対立による不安な緊張状態にあった。

2014年11月、北京で開かれたAPECの会合の際に会談して握手する安倍首相と習近平(シー・ジンピン)中国国家主席=ロイター

1期目の安倍首相は保守的な国家主義者で歴史修正主義者だと見なされた。だが、2期目になると、外交で現実路線を貫いた。ただし、大胆な妥協はしなかったが。

安倍首相は、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席との関係を徐々に修復した。最初のきっかけは、いまだに語り草となっている2014年の不機嫌な表情の握手だった。2015年には、韓国と慰安婦問題で合意を果たした。しかし、この合意でも歴史問題での積年のわだかまりは消えず、合意は後に事実上反故(ほご)にされた。安倍首相はロシアのプーチン大統領と交渉して北方領土問題の解決も図ったが、日本による領有権の主張を曲げることはなかった。

オーストラリア国立大学で日韓関係を研究するローレン・リチャードソン氏によれば、安倍首相と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の下で、両国関係は「過去最悪」の状態になった。安倍首相の辞任で改善するとは「考えにくい」という。

■「アベ・ドクトリン」

秋に安倍首相の伝記の出版を予定する日本アナリスト、トバイアス・ハリス氏は、安倍首相の外交政策を「アベ・ドクトリン」と呼ぶ。「ルールに基づく世界経済秩序の守り手という新しい役割」を日本が担うことを国際的に公約したというのだ。法の支配を共通理念とし、中国による一方的な現状変更に対して抵抗することでアジア各国との協調関係を築こうとした。

2017年10月、福島県で支持者に囲まれる安倍首相=ロイター

安倍首相は、日本経済を再び活性化するという公約を果たすことはできなかった。新型コロナウイルスの感染が拡大する前でも、年率2%のインフレ目標の達成にはほど遠い状態だった。安倍首相は景気刺激策の実行を約束する一方で、消費税を5%から10%に引き上げた。消費増税の景気下押し効果は他の政策の景気刺激効果を上回った。

それでも、安倍政権下の日本経済は、それ以前の数十年よりも好調だった。金融政策による景気刺激に前向きな人物を日銀のトップに据えたことも寄与した。大胆な金融緩和政策が円安をもたらした。

安倍首相は会見で、「経済においては、働きたい人が働くことができる、働く場を作ることを大きな政策課題として掲げ、400万人を超える雇用を作り出した」と強調した。

しかし結局のところ、安倍政権の最大の遺産は、日本の首相官邸のあり方を変えたことにあるといえるかもしれない。首相の権限を大幅に拡充し、国民が期待する指導者像を変えた。歴史的に、日本の総理大臣というのはせいぜい「同輩中の筆頭」にすぎず、強力な官僚機構を支配する力はほとんど持たなかった。安倍首相は、官僚から政治への政策決定権の長期的な移行を確かなものにした。

■2つの重要改革

政権の早い時期に、日本以外ではほとんど注目されなかった2つの重要な改革が行われた。2013年には国家安全保障会議が創設され、翌年には内閣人事局が設置された。安全保障会議によって首相が外交のもっとも重要な面を直接支配するようになり、人事局を通して首相は、600人の幹部官僚を自ら選任する権限を確保した。首相が直接監督するシステムが形成され、安倍首相はあらゆる問題について自ら決定を下す態勢をいち早く作った。

日本の次の指導者は、こうした権限を行使して多くの難題に対処しなければならない。安倍首相は日本の外交の基本的なあり方は変えなかった。日本は依然として、非友好的な中国から身を守るために、不安定化する米国に安全保障を依存している。経済は再び奈落の底に落ち、政府は巨額の財政赤字を抱え、日銀は国内総生産(GDP)を超える額の国債を購入して保有している。人口の減少も深刻だ。

しかし、国民は、歴代在任期間最長の安倍首相の辞任を惜しむことになるだろう。「率直に言って、(安倍首相の辞任は)非常に残念」と安倍氏の政治上のライバルでもある小池百合子東京都知事は語った。「G7各国をはじめ世界中の国と連携を進めたのは大きな成果だった」

By Robin Harding

(2020年8月28日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)』