低姿勢で退任の安倍首相、今後はキングメーカーに

低姿勢で退任の安倍首相、今後はキングメーカーに
会見当日までの保秘徹底で当面の政局でも主導権
2020.8.29(土)
紀尾井 啓孟
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61899

『安倍晋三首相が8月28日夕、辞意を表明した。筆者は8月22日、「政局は重大局面、安倍政権はいつまでもつのか」と題した原稿で、早期の「辞意表明」や「内閣総辞職」を想定したメディアの動きに言及していたが、その通りの展開となった。まずは7年8月にわたって、持病を抱えながらも重責を果たしてきた安倍首相に敬意を表する。

(参考記事:政局は重大局面、安倍政権はいつまでもつのか)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61811

内閣府の官僚が気づいた日程の「違和感」
 8月27日夕、翌28日の安倍首相の日程が明らかになった。メディア並びに永田町、霞が関の住人がほぼ独占的に入手している公開情報である。

 しかし、内閣府の切れ者で知られる官僚は日程をみて違和感を覚えた。

「臨時閣議が夕方にセットされているのはなぜか」

 毎週金曜日は定例閣議が開かれる。2回も閣議を開く必要があるのか。ひょっとして、安倍首相がなにか考えているのではないか。閣僚の辞表を取りまとめての内閣改造、理屈としては内閣総辞職もあり得る――。

 28日の臨時閣議は「新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの確保の方針」を決定するために午後4時過ぎから開かれた。午後1時過ぎから行われた新型コロナウイルス感染症対策本部に連動した手続きの一つである。

 結果的に、この官僚の推測は外れたことになる。ただ、違和感を覚えた点では大正解だった。実際、安倍首相は28日の臨時閣議で総理大臣として辞意を表明したからだ。

 議院内閣制の仕組みに従い、安倍首相は先に午後2時過ぎに自民党本部を訪れ、臨時役員会などで自民党総裁として辞意を伝達している。そして4時から前述の臨時閣議、そして5時から辞任表明の記者会見を行った。28日午後5時からの記者会見予定が固まったのは26日とみられているが、この時点で安倍首相は辞意表明に向けた段取りをすべてセットしていたことになる。

 安倍政権は閣議決定を歴代政権よりも多く行う傾向にあるため、コロナ対策での臨時閣議はおかしいとはいえないが、臨時閣議は緊急を要する場合に行うのが通例である。対策本部の日程をずらすなどして、定例閣議でコロナ対策を閣議決定すれば事足りる。1日2回の閣議はやはり何かの兆候だったのである。

誰にも洩らさなかった
 この週は、24日の月曜日から首相の動静に注目が集まっていた。

 安倍首相は24日午前、17日に引き続いて慶応大病院に向かい、約3時間40分滞在している。その日の午後、首相官邸に入った際には、安倍首相は「体調管理に万全を期し、これからまた仕事に頑張りたい」と述べた。

 これにより自民党内は、当面は安倍首相が続投するとの認識を持った。安倍首相に近い側近らも、しばらくは職務に邁進すると受け止めた。実は前週末から「24日辞任」との怪情報が飛び交っていた。食事もとれなくなっているらしいという話はもう少し前から永田町を駆け巡っていた。政界関係者もメディアも緊張感をもって事態を見守っていた。

 だが、この日の安倍首相の言動を見て、永田町とメディアは一息ついてしまった。それが実情だった。

 筆者のつかんだ情報によれば、8月24日から25日にかけ、安倍首相は複数のメディア関係者や経済人らと電話をしている。その際、安倍首相は自身が回復傾向にある旨を明かしている。

 会話をした人物の一人は「安倍首相が続投に強い意欲を示している」との印象を受けたという。今週に入り、メディアが「安倍首相は辞任しなさそうだ」との見方に大きく傾いたのは、安倍首相自身の発言に接した人々の“見方”が影響していた。もちろん、安倍首相と直接面会する閣僚や官邸スタッフ、与党幹部らも同様の見解を持っていた。

 28日の辞任表明会見で、安倍首相は8月24日に辞意を決断したと明言し、誰にも相談せずに一人で決めたことも認めた。ウソをつくメリットを見いだせないので事実に近いはずだ。辞意を誰にも察知されないように保秘を徹底していた可能性が高い。実際、記者会見の3時間前まで、テレビも新聞も「辞意表明」の見出しを打てなかった上、自民党内も、例えば岸田文雄政調会長は地方に出張していたほどだ。有力後継候補の岸田氏がこのタイミングで東京を離れたところに致命的なセンスのなさを感じざるを得ないが、多くの議員たちにとっても寝耳に水だったのは間違いない。二階俊博幹事長も、菅義偉官房長官も、山口那津男公明党代表も、言動から推測するに事前にキャッチしていなかったようだ。唯一、事前に辞意を伝えられたのは麻生太郎副総理兼財務相だった。

しかし、振り返ってみれば兆候もないわけではなかった。

 安倍首相は8月24日、慶応大病院の検査を終え、官邸に入る際、記者団に「大変厳しい時にあっても、至らない私を支えてくれた全ての皆さまに感謝申し上げたい」と謝意を示している。今思えば、いつもとは異なる、妙な言い回しであり、“終わり”を意識した言葉であったことがわかる。

 とはいえ、この言葉だけで、近いうちに退陣するだろうとの見通しを立てられた人はほとんどいないだろう。24日から28日までの5日間、安倍首相は「敵を欺くにはまず味方から」の権謀術数の鉄則を守り、表に出る日程に辞意表明に向けた布石を打った。

「臨時代理」阻止、総裁選方式も思うまま
 8月28日の記者会見では、安倍首相の「低姿勢」が目立った。

「任期をまだ1年残し、他の様々な政策が実践途上にある中、コロナ禍の中、職を辞することとなったことについて、国民の皆様に、心よりお詫びを申し上げます」

「自分自身の健康管理も総理大臣の責任だろうと思います。それが私自身、十分にできなかったという反省はあります」

「病気と治療を抱え、体力が万全でないということのなか、大切な政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはなりません」

 体調が万全ではないことが一目でわかる状態でありながら、無礼千万ともとれる一部記者の質問にも真摯に対応した。

 効果は絶大だった。「病気についてあれこれ言うのはかわいそうだ、よくやった」という世論がまたたく間に形成された。安倍首相に厳しい姿勢を取ってきた野党議員からも、ねぎらいや慰労の言葉が次々に飛び出し、国民民主党所属議員からは、政治判断を誤ることはあってはならないので辞任するという理由を「潔い」と褒めたたえる声も出た。

 思い出されるのは、安倍首相の大叔父でもある佐藤栄作首相の退陣会見だ。

 1972年、佐藤栄作首相は、官邸と記者クラブとの行き違いもあって、花道となるはずの退陣表明会見を記者不在で行っている。佐藤首相は記者会見場に入った途端、新聞記者たちが集まっているのを見て不快感をあらわにし、「テレビカメラはどこにあるのか。新聞記者の諸君とは話さないことにしてるんだから。国民に直接話したいんだ。文字になると違うから。偏向的新聞は大嫌いだ」と言い放ち、最終的に記者団不在のまま記者会見が始まった。安倍首相は大叔父の大先輩とは正反対に、引き際の記者会見は成功したと評価されよう。

辞任の理由が病気であること、低姿勢を心がけた会見であったことなどから、世論はおおむね「労いモード」になった。そこで注目されるのは誰が次の首相になるのか、だ。

 安倍首相は、後継に関しては口を出さないとの立場を強調しているが、果たしてそうだろうか。低姿勢の記者会見の裏で、復権に向けた野心も垣間見える。抜き打ち的な辞意表明により、自民党は安倍首相の敷いた路線に従わざるを得ない状態になっている。永田町でまことしやかに喧伝されていた「麻生首相臨時代理」構想は出る幕もなく、安倍首相は後継が決まるまでは職務を続けると断言した。すみやかに総裁選を実施する必要があるため、両院議員総会での総裁選が実施されることも内定した。これは安倍首相の不倶戴天の敵とされる石破茂元幹事長を潰すことに直結する。党員投票が実施されれば、石破氏が有利になるからだ。

 現時点では、すべて安倍首相が望むような方向に動いている。

令和の「キングメーカー」誕生か
 日本で最も権謀術数に長けているのは、史上最長の政権を維持した安倍首相である。「麻生首相臨時代理」の線を消し去り、総裁選出法については「二階幹事長に一任」とは言いながらも、石破氏が不利とされる議員票中心の方法へと導いた。いずれも用意周到なシナリオがあってのものだろう。次期政権への影響力保持を意図しているとしか思えないし、自身は政界を引退せず、一議員として活動していくとの意向も記者会見ではっきり示した。

 9月15日前後に行われることになる総裁選、そして来年9月に再び行われる総裁選で、安倍首相の動きはポイントとなる。来年10月までには必ず衆院選もある。重要な政治イベントがあと1年のうちに3回もある点も見逃せない。

 今後、安倍首相は党内最大派閥、細田派の最高実力者となり、党内政局のキーマンとなる。しかも、細田派は100人近い大所帯であり、全盛期の田中(角栄)派に匹敵する規模を誇る。安倍首相が体調回復に成功すれば、無役の「キングメーカー」として党内に君臨する公算が大きくなってきた。

 さて、安倍首相の意中の後継者は誰なのか。スキャンダルまみれになりボロボロで官邸を去るのではない。歴代最長政権を率いた宰相経験者なのだから、その意向が影響力を持たないはずはない。当面、安倍首相の本音を探ろうとする動きが出てくるだろう。いや、そうなると安倍首相は実質的に、すでにキングメーカーの座を手に入れたと言えるのかもしれない。』