【書評】発見された「現代のホームレス」たち

【書評】発見された「現代のホームレス」たち:水島宏明著『ネットカフェ難民と貧困ニッポン』
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/bg900199/

※「ネカフェ難民」が、ほぼ「ホームレス」に近いものだということ(海外の統計では、「ホームレス」に分類するところも、あるらしい…)を、世に知らしめたのは、こういう書籍の力も大きい…。

※ だからと言って、問題が解決されるわけでも無いが…。

※ 今回の「コロナ不況」も、こういう人達の生活を直撃してしまう…。現実を解決する何の力(ちから)も、持ち合わせていないが、せめて、そういう現実があるということは、忘れないようにしよう…。

『張り込み、執念の取材
「ネットカフェに行ったら今の日本の貧困が分かるよ。すごいことになっているから…」。著者が取材に取り掛かったきっかけは、当時ホームレス支援を手掛けていた湯浅誠氏(現NPO法人「むすびえ」理事長)の一言だった。

ネットカフェを利用したことがない著者は早速、都内の店舗に潜入。昼間は営業マンが休憩所代わりに利用することも多いネットカフェは、夜になると姿を変える。

午後10時を過ぎたころ、リュックを背負った中年男性や大きなバッグを抱えた青年らが次々に入店していくのを目撃した。伸び放題の毛髪に無精ひげ。すえた臭いが鼻をつく。個室といっても背丈の低いベニヤ板で仕切られただけで、隣の席は丸見え。寝床代わりのリクライニングチェアが狭いスペースを占拠し、テレビとパソコンが置かれただけだ。

店の前で張り込みを続けていくと、「常連さん」の存在が判別できるようになった。しかし、そんな彼らに声を掛けても、ほとんど無視されたという。貧困と孤独の中で傷つき心を固く閉ざした人々から、言葉を引き出すのは至難の業だ。著者は2カ月間の聞き込みの末に困窮者から証言を得て、関連する現場を駆けずり回った。見過ごされていたら、そのまま埋もれかねない事実を発掘した貴重なルポである。

日雇い派遣
ネットカフェに寝泊まりせざるを得ない事情とは、どういうことか?非正規雇用の増加に伴い「ワーキングプア」が常態化する中、一部の人はアパートの家賃さえ払えなくなり、ネットカフェ住まいに転落していくというパターンが多い。こうなると住民票も取れず「住所不定」となり、普通の仕事に就くのは困難。行き着く先が、常用型と呼ばれる通常の派遣よりも一段と条件が悪い「日雇い派遣」という雇用形態だ。

「仕事、ありませんか」-。複数の派遣会社に電話をかけまくると、後に携帯メールで突然呼び出しが掛かる。著者は、日雇い派遣の集合場所である大森駅東口広場に足を運んだ。互いに口を開こうともしない集団の前に、ワゴン車が止まると、吸い込まれるように足早に乗り込んでいく様子を観察した。

そして、こう言う。「かつてと違って日雇い労働者は鉢巻を締めたランニングシャツ姿ではなく、乗っていく車も軽トラックの荷台ではない。しかし、人が集められ、買われていく様は同じだった。これは舞台装置が現代的になっただけではないのか?」

「一線を越えてしまった」
日雇い派遣には仕事がない日もあれば、呼び出されたにもかかわらず、建設現場などの仕事場に行ってみたら、派遣先の気まぐれで仕事がキャンセルされたといったケースもよく起きるという。交通費は自腹だから足が出ることも、しばしばある。

日銭が入って来なければ、1泊2000円程度のネットカフェにすら入れず、ハンバーガーショップのテーブルに突っ伏して夜を明かしたり、最悪の場合、路上生活を選んだりせざるを得ないことがある。本書は、冬場を路上で一夜明かした20代男性の声を紹介している。

<彼は初めて段ボールを使って寝てみた。「そしたらとても暖かった。そのことがすごくショックだった。(中略)一線を越えてしまった、そんな気がしてかえって落ち込みました」>

時には窮屈なネットカフェでとりあえず雨風をしのぐことができても、翌日の稼ぎがあるかどうか次第でいつでも路上生活を強いられる。これは、実質的にホームレスと変わらない状況だ。

貧困ビジネス
ホームレスと呼ばれる所以(ゆえん)は、家という物理的な場所がないだけではなく、たとえ離れていても、いつでも戻っていける家族という存在が欠けているということでもある。

本書の登場人物たちの多くは、親から虐待を受けたり、親の期待に応えられず飛び出したり、そもそも親自身も貧困だったりして、実家との関係を絶った人々である。親族にも頼れず自力で這い上がるしかなくなるが、それは困難を極める。ある男性は本書でこう語っている。

「一度つまずいてしまうと上がりにくいんです。転んだら起き上がるのが大変な社会になっている。自分もアパート生活をするために貯めようとしていますが、どうしてもお金が残っていないんですよね、なぜか…。(中略)実感したのは“普通”ってものすごく大切なものだった、ということです」

そんな彼らを待ち構えているのは「貧困ビジネス」のわなだ。「親切」を押し売りして過剰に貸し込む金融業者、寮費や食費と称して生活保護費をピンハネする一部の悪徳業者、「敷金・礼金・手数料ゼロ」を売り物にしながら支払いが1日でも遅れると鍵ごと変えて入居者を追い出しにかかる不動産業者…。弱り切った人々をも「市場」として捉える経済システムの浅ましさを、著者は告発していく。

コロナ不況の時代に
かつて、この国には「格差があるのは当たり前であり、問題はない」と言い放った元首相もいた。しかし、これは事の本質からずれている。問題は、その格差の程度が許容できるものなのかどうかだ。本書が出版された2007年から13年が経過した今、事態は改善したと言えるだろうか。

厚生労働省の調査によると、非正規雇用(パート、派遣・契約社員、アルバイトなど)が全労働者に占める割合は26年連続で上昇し、19年には38.3%に達した。困窮者予備軍は社会の大きな層を占めている。さらに現在はコロナ不況という未曽有の事態に直面しており、弱い立場の人々の生活は真っ先に脅かされていくだろう。

貧困問題を「自己責任」に帰してしまうのではなく、ウィズコロナの社会問題として捉え、人材教育や活用の在り方、セーフティーネットの拡充、産業構造の変革をますます真剣に考えるべき時ではないだろうか。著者自身は本書で、こう語っている。「取材をしてみてこのままだと大変だ、と感じるのはこうした状況が、貧困にあえいでいる人ばかりではなく、『日本社会の将来』を大きく揺るがしそうな点だ」』