経済が破綻してくると流行るもの : 机上空間

http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/23502265.html

 ※ いつもながら、鋭い視点を出されておられる…。丸々、引用させていただきます…。

『明確な指標が出ていなくても、実質的な国の経済が破綻してくると、暮らしている国民は敏感に反応するものです。日々、収入をやりくりして、生きていく事を繰り返しているのですから、国が持ち出す統計とか政治家の言葉なんかより、「自分がどう感じているか」の方が、確実に真実に近い。

経済破綻が始まる国には、共通の現象が起きます。一言で言ってしまえば、堅実な労働による収入の増加や、節約による貯金よりも、一発逆転的なギャンブル要素の高い投資に人々が熱中するという現象です。大多数の人は、長い人生を生きるに当たって、堅実な道を選びます。もし、努力による収入の増加や、節約による貯金で、財産が増え、一生を生きていける目処が立つなら、一部の人を除いてギャンブル的な事を好んでやる事もありません。

アメリカで起きた年金を担保にした株式投資ブーム、中古住宅の転売ブームに見るように、普通に暮らしていた人が、投資・投機に手を出さないと、今の生活を維持できなくなってくると、経済のほつれが表面化してきます。投資は自己責任という言葉がありますが、アメリカの場合、当時のブッシュ政権と、ロビー活動を通じて有利な法制度を制定させた金融業界によって、普通の生活が維持できなくなった労働者階級が、投資に走らざるを得ない環境へ追いやられたと考えたほうが正しいと思います。

人工的に演出された投資ブームに乗って、でたらめな融資で借金が膨れ上がり、借金を資本とした資金で、経済が好回転して見せかけの好況が演出される。このハリボテ経済の着地点が、リーマンショックだったわけです。今は、中国が同じ道をたどっています。

巨大な経済機構を持たない後進国は、安い元手でできる、宝くじや、ねずみ講のような不確実な投資に、なけなしの資金を投じる事になります。どちらも、確率は低いですが、儲かる人間は一定数存在します。その少ない勝者に加わる事に、賭けて手元の資金を溶かすわけです。これも、そうでもしないと、一生、今の環境から逃げ出せない絶望が、先にあります。なので、無謀な賭けが救いに見えるわけです。

ちょっと目端の効く人間ならば、高級外車や不動産が暴騰している地区の物件を、借金してでも購入するようになります。経済が悪化すると、インフレで通貨の価値が下がりますが、モノに替えておけば、財産価値の担保になりますし、場合によっては価値が上がるからです。これが、起きているのが、お隣の韓国です。

法的にペナルティーをかけても、なおソウル市の不動産の価格が高騰し続けるのは、購入者が命をかけて借金して捻出した資金で不動産を買っているからです。もちろん、借金の額が大きければ、支払う金利も大きくなるので、参加したら降りる事のできないチキンレースのようなものです。それでも、社会的に成功するには、賭けないと他に方法が無いのです。社会が閉塞してくると、そういう発想に捕らわれてしまいます。高級外車がバンバン売れているのも、同じ理由からです。

地道に努力して得られる財産を侵食する程、早いペースで国の経済が悪化すると、手元の現金が尽きないうちに、勝負に出て大きな成果を得ようとします。ある一定数の人々は、それで成功して大きな財産を築けます。しかし、大方は、もう再起して貯蓄できるあてのない財産を溶かして、路頭に迷う事になります。

こう考えると、経済が健全で、未来に希望が持てる事が、モラルや社会構造の全てにおいて、とても重要である事が判ります。思想によって決定され、描かれた未来が、経済を抜きにして人々を幸福にする事は、あり得ないのです。思想というのは、経済的に安定した社会が、余力で実現を目指すものです。

ただし、社会の一部の人間が、経済的な恩恵を受ける為に、他所を犠牲にする事に思想を使おうとするならば、経済的な事を抜きにして戦う必要があります。その体制が固まれば、世の中の大部分は、中世の農奴のように、少数の利益の為に人生を捧げる道具に成り下がるからです。

多くの場合、思想の先に幸福があるものとして、社会の仕組みやら教育やらに手を付けます。しかし、経済が安定していなければ、どんな思想も歪み、人々を逆に傷つけるのです。』