泥まみれ李克強視察と青空の習近平講話が示す苛烈

泥まみれ李克強視察と青空の習近平講話が示す苛烈
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63015800V20C20A8I10000/

『各地で深刻な洪水被害が伝えられて久しい中国。それでも国家主席の習近平(シー・ジンピン)は一切、被災地に足を踏み入れていなかった。ところが、いわゆる「北戴河会議」が終わるやいなや、突如、水害にあった安徽省に現れたのだ。驚きである。

「(この夏、意見を交わした)長老らから中国政治における治水の特別な意味を諭されたに違いない」「自らというより共産党の内部から圧力を受けての行動だろう」。党内ではこういう受け止め方が多い。

■「戦狼外交」しばし棚上げ

災害対応に当たる軍人らをねぎらう習近平国家主席(奥左から4人目、19日、中国安徽省肥東県)=新華社・共同
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確かに元国家主席の江沢民(ジアン・ズォーミン)は、1998年夏から長江流域や東北部で起きた大洪水の救援を指揮するため、予定していた日本公式訪問まで延期。前国家主席の胡錦濤(フー・ジンタオ)も名門、清華大学の水利学部を出た水力発電関係のエンジニア。前首相の温家宝は地質の専門家である。皆、治水には一家言ある。何やらきな臭い。

それだけに最高指導部内で珍しい動きも見られる。習が動いた2日後、競うように首相の李克強(リー・クォーチャン)も1000キロほど離れた別の洪水被災地に姿を見せた。共産党内序列1、2位が時を同じくして被災地視察のため首都、北京を空けるのは極めて異例だ。しかも今は米中衝突さえあり得る非常時なのに、である。

電話協議したライトハイザー米通商代表(左)と中国の劉鶴副首相=共同
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とはいえ陰に長老らの圧力もあると考えれば2人の行動はストンと落ちる。危険な対米関係は結局、11月の米大統領選で決着がつくまで打つ手に乏しい。しばらくはコントロールしにくい反米デモにつながるような雰囲気を抑えつつ、最低限、必要な対抗措置をとり、様子を見るしかない。

遅れていた中国の副首相、劉鶴(リュウ・ハァ)と米通商代表部(USTR)代表のライトハイザーの電話協議が25日(中国時間)にあり、2月に発効した「第1段階合意」の進展を確認したのもこの流れにある。いわゆる派手な「戦狼外交」はしばし棚上げになる。

■晴天の下の習近平氏

20日、中国重慶市郊外の被災地を視察する李克強首相(中央、中国政府の「微博(ウェイボ)」から)=共同
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20日、李克強は雨靴を水中に踏み入れて泥まみれになりながら、なお水害の渦中にある重慶市の被災地を視察した。普通なら、民に寄り添う「親民宰相」として全国の庶民らから大称賛されそうなものだが、奇妙なことにそうなっていない。多くの中国国民はこの泥まみれ視察を知らないのだ。

当初、視察を伝えたのは李を頂点とする国務院系列の中国政府網によるインターネット報道だけ。国営通信の新華社、国営中央テレビ、共産党機関紙の人民日報など主要中国メディアが公式報道したのは3、4日も後のことだった。異例の遅れであるうえニュースの扱いもせいぜい4番手と小さい。

これらの報道には李がいつ重慶を訪れたのかという日付さえない。もし明記すれば「なぜこんなに報道が遅れたのか」と疑問を持たれるからだ。地元、重慶のメディアの報道も中央に倣って大幅に遅れた。習近平の側近である陳敏爾が重慶トップとして李克強の視察に同行していたのに、あえて数日間、無視したのだ。

対照的だったのは、別の洪水被災地を視察した習近平を扱ったあふれんばかりの報道である。北戴河明けの18日午後、トップが訪れたのは安徽省。ただし、そこは既に洪水が過ぎ去り、復興段階に入っていた。

習の安徽省視察日程は18~21日。これに対し李の重慶訪問は20日からで、習の後半日程と完全にかぶっていた。別格の指導者である「核心」となった習を目立たせるには、李の報道を曖昧にするしかない。

泥まみれで、水につかった農産物を手に表情も厳しい李。対して青空の下、革靴姿でにこやかに話す習。同じ被災地視察なのに、対照的な2人の扱いには、別の政治的な意味もあった。

大禹(う)治水――。習は安徽省の被災地で、黄河の治水に成功した伝説上の聖王で夏王朝の創始者とされる「禹」にわざわさ触れた。自然災害と戦ってきた数千年の歴史を強調したのである。

■毛沢東に倣う習主席

「北戴河会議」で長く注目されてきた江沢民元国家主席(中)と胡錦濤前国家主席(左)の握手。右後方は朱鎔基元首相(1999年、北京の人民大会堂で)
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古代から連綿と引き継いできた中国の伝統では、治水に特別な意味が込められている。水を治める能力があるものこそが王や皇帝にふさわしいのだ。それほど暴れる河川を鎮めるのは難題だった。できなければ農民が苦しみ、死に追いやられる。

習も「核心」である以上、これを意識せざるをえなかった。そもそも今年は農暦で必ず大乱が起きるとされる60年に1度の庚子(こうし)の年。既に新型コロナウイルス感染症のまん延という苦難があったが、災いはそれだけではなかった。洪水、水害でも1998年を超す被害が出つつある。

習の安徽省視察にはもう少し生臭い現代政治上の演出も見えた。新中国の建国から間もない1950年、淮河は大洪水に見舞われた。その後、毛沢東は「淮河の治水工事を必ずやり遂げよ」と強く指示。習が今回、視察した堰(せき)も毛の命令を受けた突貫工事で完成したものだった。

今後の政局を乗り切るためにも、自らを淮河の治水を命じて成功させた建国の父、毛沢東になぞらえたい。それには被災のまっただ中ではなく、復興途上の被災地の青空こそふさわしい。毛の揮毫(きごう)を記した壁の前を笑顔で闊歩(かっぽ)する習の写真を中国メディアが配信した意図もそこにあった。

習が、禹の事績と並べて口にしたのは、古代から伝わる故事「愚公、山を移す」。どんな難事業でも諦めてはならないという戒めもまた毛沢東が好んで使い、ソ連訪問の際、会談したスターリンにまで紹介している。中ソ提携に絡め、スターリンが、ロシアの民話である「大きなカブ」を持ち出して、力を合わせる大切さを説いたのに”対抗”したのだ。

ただ、現代の国際政治で毛沢東は一転、鬼門である。トランプを再び大統領選候補者に正式指名した米共和党は、2016年綱領で毛沢東に先祖返りする習近平政治を批判していた。「中国の現在の指導者は毛沢東路線に回帰している」。この綱領は今回も踏襲された。

■次期5カ年計画でも影薄い李首相

24日、米共和党大会の会場で演説するトランプ大統領(ノースカロライナ州シャーロット)=AP
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泥まみれの李克強は、今後の長期経済計画を巡る議論からもやや距離のある場所に置かれている。24日、北京中心部にある要人の執務地、中南海で習近平が主宰する重要会議が開かれた。来年から始まる2021~25年の5カ年計画策定を前にした経済の専門家らからの意見聴取である。

そこにはイデオロギー・宣伝を担当する党内序列5位の最高指導部メンバー、王滬寧(ワン・フーニン)や、経済担当の最高指導部メンバーで副首相の韓正、習に近い政治局委員の劉鶴、同じく習側近の共産党宣伝部長の黄坤明らも控えていた。

本来、経済運営が主たる業務である李克強の姿はない。次回共産党大会での最高指導部人事は22年秋以降で、首相の地位は少なくとも23年春まで保たれる。それなら来年からの5カ年計画の議論を仕切るのは李でよいはずだが、どうも影が薄い。

洪水視察を巡る李の報道の扱いが極端に不平等なのも同じ理由だ。習サイドが宣伝部門を牛耳り、政治日程組み立ての主導権を握っているからである。習時代の中国政治は常に苛烈である。

10月に予定する党中央委員会第5回全体会議(5中全会)では次の5カ年計画のほか、2035年までの超長期の経済展望も議論する。習はそれも意識して「眼はじっくり先を見据え、大勢を把握しなければならない」と長期的な視点を訴えた。

厳しい対米関係や国内経済を踏まえた戦略を語ったようで、その実、まだまだ長く君臨するであろう自分に付き従うべきだと暗に勧めているようにもみえる。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
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中沢克二(なかざわ・かつじ) 1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞
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