〔ベラルーシ情勢〕

【地球コラム】政変前夜か、混迷のベラルーシ(2020年08月23日17時00分)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020081900672&g=int

『◇大統領選に抗議、ロシア動向焦点

 欧州連合(EU)とロシアに挟まれた旧ソ連構成国ベラルーシの情勢が、政変前夜の様相を帯びている。ソ連崩壊後、四半世紀以上にわたって強権支配を続けるルカシェンコ大統領は、米国から「欧州最後の独裁者」と呼ばれた。ロシアと同盟国でありながら統合されることは望まず、EUとも協力を模索するバランス外交を巧みに演じた。

 ところが、6選を懸けた8月9日の大統領選(任期5年)に絡み、長期政権や選挙不正に抗議する国民のかつてない規模のデモに直面。EUが制裁を決める中で、ルカシェンコ大統領はロシアに支援を仰ぎ、情勢は不透明感を増した。ロシアは6年前、旧ソ連圏でウクライナ南部クリミア半島併合に踏み切っており、その動向が焦点となる。今後、どのような展開があり得るのか。選挙を振り返った上で、シナリオを探る。(時事通信社・前モスクワ特派員 平岩貴比古)

◇ちょびひげの独裁者

 東スラブ人が住み、かつて「白ロシア」と呼ばれたベラルーシは歴史上、常に大国のはざまにあった。古くはリトアニアやポーランドが支配し、18世紀のポーランド分割でロシア領に編入。ソ連時代を経て、1991年に独立を宣言した。最も有名なベラルーシ出身者は、20世紀にフランスで活躍したユダヤ系の画家シャガールだろう。

 この国で長期政権を敷くルカシェンコ大統領とは、どういう人物なのか。54年に北部で生まれ、モギリョフ教育大を卒業した後、兵役やコルホーズ(集団農場)の責任者を経て、90年にベラルーシの最高会議(議会)の議員となった。シュシケビッチ議長(国家元首に相当)を舌鋒(ぜっぽう)鋭く批判し、ソ連崩壊後初めて実施された94年の大統領選で当選。2004年の憲法改正で3選禁止を撤廃すると、徹底した野党弾圧で国内を引き締めた。

 トレードマークは、ちょびひげ。当初、議員時代は汚職対策で手腕を発揮して人気を集めたものの、政権が長期化するにつれ、国民からは腐敗と停滞の象徴と見なされるに至った。在任期間が四半世紀以上というのは、旧ソ連構成国の大統領として最長クラスであり、ルカシェンコ大統領はロシアのプーチン大統領の「先輩」に当たる。

 欧米からは「独裁者」として入国禁止や資産凍結の制裁を受けていたが、EUは16年に政治犯釈放などを理由に解除。今年2月には、首都ミンスクでポンペオ米国務長官の訪問を受け、08年から空席だった米大使の派遣を約束されるなど、関係改善の流れにあった。こうした中、8月9日の大統領選に向け、複数の野党候補が名乗りを上げると、政権は、治安機関を使って拘束したり、中央選管を通じて出馬を却下したりと、なりふり構わぬ選挙戦を展開した。揚げ句の果てに7月末、友好国であるはずのロシアの民間軍事会社「ワグネル」所属の33人を「野党勢力と結託していた」と決め付け、ミンスク郊外などで拘束。さながら「殿、ご乱心」の混乱ぶりを見せた。

 こうした強硬な対応は、政権が今にも崩れかねないという危機感の裏返しであり、それに基づく過剰反応とも言える。背景には、国民の間で長期政権に不満が募る中、新型コロナウイルスの感染拡大に際してルカシェンコ大統領が「ウオッカやサウナが有効」「(自分は感染して)コロナを克服した」などと無責任な発言を繰り返したことも、権威失墜に追い打ちをかけたとみられる。

◇主婦の「勝利宣言」

 これに対し、野党勢力の「台風の目」となったのが、女性候補スベトラーナ・チハノフスカヤ氏だ。大統領選を目指した夫でユーチューバーのセルゲイ・チハノフスキー氏が5月に拘束され、立候補を阻まれたため、妻として、2児の母として代わりに出馬した。政権は、無名の主婦が強力な対抗馬となることはあり得ず、複数候補による選挙を演出する必要性もあることから、立候補を認めたとみられる。

 しかし、これが誤算だった。出馬の道を断たれた複数の陣営が合流し、チハノフスカヤ氏は野党勢力の統一候補に。「私は政治家ではないが、愛のために(選挙戦を戦っている)」。こう話して女性スタッフと共に全国各地を行脚し、7月30日にミンスクで開いた集会には、ソ連崩壊後最大規模とされる6万人以上を動員した。

 シンボルは、絵文字や手で表現した「ハート」「握り拳」「ピースサイン」。支持者は、ソ連国旗に似たベラルーシ国旗ではなく、ソ連誕生以前に使われた独立の象徴である白・赤・白の旗を掲げた。チハノフスカヤ氏は公約として、自身が勝利したあかつきには「半年以内に全候補が参加した形で公正な選挙をやり直す」と訴えた。

 ところが、8月9日の大統領選はふたを開けると「ルカシェンコ大統領が約80%、チハノフスカヤ氏が約10%の得票率だった」と、政権がコントロールする中央選管が発表。やはり政権寄りの出口調査結果が9日夜に発表されるや否や、選挙や集計に不正があったとして連日連夜の抗議デモが起き、警官隊と衝突して死者も出た。

 奇妙なことに、国営メディアは11日、チハノフスカヤ氏が「国民は法律を順守し、警官隊に立ち向かったり、広場にデモに出たりしないでほしい」と文書を読み上げる動画を公開。もっとも、これは政権に脅されて事前収録していたものとみられている。一時、所在不明となっていた本人は11日、隣国のEU加盟国リトアニアに逃れたことが確認された。子供2人は、身に危険が及びかねないとして選挙前に出国させていた。

 チハノフスカヤ氏は14日、白いスーツ姿で改めて動画の声明を発表し、こう勝利宣言した。「入手した選管の書類コピーによれば、自分の得票率は60~70%だった。国民の大多数も現職の勝利を信じていない。各都市で暴力を止める必要があり、政権に対話を求める。15、16日に平和的かつ大規模な集会を開いてほしい」

◇シナリオ(1)「軍事介入」

 今後、ベラルーシ情勢はどのように展開するのだろうか。事態はすぐに動きだすかもしれないし、結果的にルカシェンコ大統領が退陣すると仮定しても長期化するかもしれない。ウクライナにおいて、選挙不正疑惑が発端となった04年の「オレンジ革命」は再選挙まで1カ月かかったし、13~14年の親EU派による政変(マイダン革命)はヤヌコビッチ政権崩壊まで3カ月を要している。

 第1のシナリオとして、国際社会が懸念するのは、ロシアによる軍事介入だろう。

 ベラルーシは、EUが旧ソ連圏で進める経済協力枠組み「東方パートナーシップ」の対象6カ国の一つ。ロシアにとっては、2国間の段階的な統合を定めた「連合国家創設条約」(99年署名)の相手であり、ロシアを中心とした集団安全保障条約機構(CSTO)メンバーの軍事同盟国でもある。将来的に欧米の影響圏に引き寄せられれば、緩衝地帯としての機能が失われ、ロシアは敵視する北大西洋条約機構(NATO)と直接対峙(たいじ)することになりかねない。

 実際、旧ソ連圏でそうした事態を回避するため、ロシアが実力行使に出たのが、東方パートナーシップの対象国を相手とした、ジョージア(グルジア)紛争(08年)とウクライナ危機(14年)だった。

 ただ、仮にベラルーシに軍事介入するにしても、ロシアには内外に説明できるような「大義」がない。NATO加盟を目指したジョージア、EU接近に動いたウクライナとは異なり、ベラルーシ国民の多くが求めるのは、あくまでルカシェンコ政権の退陣だ。また、ベラルーシ国民はおおむね親ロシアで、プーチン政権が欧米の脅威とレッテル貼りできるような「外敵」が国内に存在しない。ロシアが暴動を鎮圧するとすれば、親ロシア派の国民をたたくことを意味し、意図せずしてベラルーシを欧米側に追いやってしまう可能性がある。さらには、クリミア半島併合から6年を経て関係正常化を進めていた欧米から、必ずや追加制裁を受ける。こうした展開をプーチン政権はできれば避けたい。

 折しも、ロシア極東ハバロフスクで7月から1カ月以上も反政権デモが続いており、ベラルーシで強硬手段に出れば、見せしめどころか、内外のデモに共感するロシア国民の失望と反発を招いてしまう。

 とはいえ、EUは8月14日に外相会議を開き、大半を解除していた対ベラルーシ制裁を改めて発動する方針を決めた。その加盟国リトアニアは出国したチハノフスカヤ氏を保護している。プーチン大統領は選挙後、ベラルーシ情勢が混迷を深める中、連日のようにルカシェンコ大統領と電話会談し、軍事同盟に基づく「支援」を約束している。欧米が介入を強めれば、そうした動きを「侵略」「脅威」と拡大解釈し、実力行使をちらつかせる可能性も皆無とは言えない。

◇シナリオ(2)「再選挙」

 EU側も一応、ベラルーシ問題の扱いの難しさや、緩衝地帯としての重要性は理解している。これまでせっかく制裁の解除を進め、ロシアと一定の距離を保たせることに腐心していたのに、制裁を復活させてルカシェンコ政権がロシアに駆け込めば「元のもくあみ」だ。他方で、EUが重視する民主主義の価値に鑑みれば、選挙不正や抗議デモ弾圧を看過することはできず、制裁のポーズは取らざるを得ない。米ブルームバーグ通信のコラムニストは、進むことも退くことも容易でないベラルーシ情勢について「欧州にとっての新たな悪夢」と選挙前から指摘していた。

 EU、ロシアとも積極的な行動が取りづらい中、考えられる第2のシナリオは、大統領選やり直しの可能性を視野に入れ、ルカシェンコ政権に対するベラルーシ国民の不満を除去しつつ、自らに都合のよい「新政権」を構築することだろう。

 ロシアは、13年にゲラシモフ軍参謀総長が論文の中で「ハイブリッド戦争」を提唱し、相手国で抗議デモをたき付けるといった非軍事手段を翌14年の軍事ドクトリンに盛り込んだ。「ハンガリー動乱」や「プラハの春」のような直接行動を取らないのがプーチン政権のやり方で、第1号がウクライナ危機だったことは記憶に新しい。

 チハノフスカヤ氏が8月15日から2日間、全土でデモを呼び掛けたことに対抗するかのように、ルカシェンコ大統領を支持する集会が16日に初めて行われた。ここで選挙前を上回る10万人以上を動員した野党勢力に比べると「官製デモ」のほうは見劣りしたが、それでもプーチン大統領と電話会談が連日行われる中で初開催されたことは注目すべきだろう。ルカシェンコ政権にとって危険な兆候として、選挙不正などへの抗議デモに、大票田であるはずの国営企業従業員のゼネストも重なっている。ロシアは長期戦も覚悟し、水面下で巻き返し工作を図っている可能性がある。

 追い込まれたルカシェンコ大統領は17日、国民投票で憲法を改正すれば、選挙のやり直しは可能と発言したが、実現するかは未知数だ。

 同じ旧ソ連構成国を見ると、アルメニアで18年に反政権デモの結果、長期政権が打倒されたが、デモの指導者だったパシニャン首相は親ロシア路線を維持し、プーチン大統領も問題視しなかった。翻って、ルカシェンコ政権というステータス・クオ(現状)をベラルーシ国民が望まなければ、新政権をロシアに引き込むまでのことだ。

 EUは今のところ、チハノフスカヤ氏をはじめ野党勢力に肩入れする一方、南米ベネズエラのような暫定大統領承認や亡命政権の受け入れといった積極的な行動には及び腰だ。その意味で、プーチン政権には権益死守の勝算が残っていると言える。 』