米国スパイ網を一網打尽にした中国の防諜大作戦

米国スパイ網を一網打尽にした中国の防諜大作戦(2017年5月24日)
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/218009/052200102/?P=1 

『中国で活動していた米国CIA(中央情報局)のスパイ網が中国当局によって一網打尽にされていたようだ。CIAといえば南米や中東で世界の戦争の火種をつくりつつ米国の一極支配を支えてきた世界最強のインテリジェンス機関だと思っていたが、最近は中国にてこずっているらしい。米中スパイ大作戦の現状と行方について、情報を整理してみよう。

CIAのスパイ、少なくとも12人を殺害
 ニューヨークタイムズなどが最近報じたところによると、中国で2010年から2012年の間に殺害されたり拘束されたりしているCIAのスパイは18人から20人に上り、大規模なスパイ網はすでにつぶされているらしい。CIA内部に二重スパイがいたらしく、ここから中国側に情報がもれたらしい。

 報道によれば殺害されたCIA要員は少なくとも12人。米国が長年かけて構築していた情報ネットワークであった。うち一人は、中国政府の建物敷地内で銃殺されたという。彼は、情報源と接触しようとしたところだった。中国側は、CIAと情報源が情報のやり取りによく使うレストランに服務員に成りすまして入り込み、盗聴器をつけていたという。

 中国側のスパイ網破壊活動(防諜活動)は2010年から活発化していた。当時の“CIAスパイ”たちは中国の官僚たちから高価な贈り物や金品の代わりに情報を聞き出していた。その中の情報源には、北京政府の腐敗に不満な中国人たちが含まれていたという。だが2011年初めに、この筋の情報が途絶えた。

 FBIとCIAはこの件について連携して捜査を開始。バージニア州北部に秘密の捜査拠点を置いての、コードネーム“ハニー・バジャー”という作戦である。そこで2011年から2012年までの間に、CIA内で働いていた“華人スパイ”が、中国側に寝返った可能性をつかんだ。その“二重スパイ”は、密告者となり、スパイ活動や機密資料を中国側に流していたという。』
『このハニー・バジャー作戦によって、二重スパイ容疑の人物を洗い出し拘束したものの、最終的には決定的な証拠がつかめず、その人物はすでに釈放されているという。彼はCIAを辞職後、家族とともにアジア某国に移り住んでビジネスを行っている。CIAサイドは中国インテリジェンス機関がそうした新しい身分と職をアレンジしたのであろうと疑っている。

 2013年までに米インテリジェンス機関は、中国にスパイを派遣するのを抑制し、CIAは現地の中国人によるスパイ網を再構築しようと努力しているところらしい。

 話は少しずれるが、この報道とほぼ時を同じくして、米国華僑エリート組織“百人会”は20日に記者会見を行い、米司法当局が最近、スパイ容疑で無辜の中国系米国人の取り調べを行っていることに関し、「米司法当局のこうした取り調べは、人種的偏見の影響がある」と抗議の報告書を出した。

米国は中国系スパイ摘発に注力するが…
 ボイスオブアメリカ(VOA)によると、1996年から2015年の間に、米国で、経済スパイ容疑で起訴された案件は136件、容疑者は187人に及んだ。しかし、こうした取り調べは、人種的偏見に満ちており、フェアでないという。たとえば、経済スパイ容疑で起訴された中国系米国人の比率は1996年から2008年の間に三倍に増え全体の52%、アジア系米国人になるとそれが62%となっている。しかも、上述した136件の起訴案件中、48%の案件の受益者は米国側で、34%の受益者は中国の機関という。その他受益機関は、南アフリカ、インド、イラン、チェコなどが挙がっている。報告書は、一つもロシア機関が受益者として報告されていないことに不自然なものを感じているようだ。

 さらに22%の拘束されたスパイ容疑者のアジア系米国人は最終的に有罪判決にはならなかった。つまり5分の1は冤罪で身柄を拘束されたのだという。報告書によれば、他の米国人とくらべると冤罪で拘束されたアジア系容疑者は2倍にのぼるという。

 さらに、有罪判決になったアジア系容疑者の刑期は同様の事件のその他米国人容疑者の二倍であるという。

 こうしたことから、“百人会”のアジア系弁護士は、「2008年から2009年にかけて、中国からのスパイに対する懸念が現れ、司法当局はおそらく集中して中国関連の事件を調べているのだろう」と分析。さらに、「もしそうならば、これは不安なことである。中国人名を持つだけで、司法当局から特別の取り調べ対象になるし、アジア系米国人のスパイ活動に対する懸念は、おそらくその他類似の活動をしている米国人に対する取り調べに影響するだろう」としている。』
『ちょうど今年は1882年の中国人排斥法(1943年廃止)から135年目であり、百人会の報告は、華人差別に抗議する目的で行われているのだが、ニューヨークタイムズの報道と合わせて読むと、米中双方の“スパイ”狩りの手法の差がうかがえる。問答無用で闇に葬る中国のやり方の方が、この場合、威力が大きく、報道のニュアンスでは、中国に軍配が挙がっているようだ。

なぜスパイ合戦が表面化?
 なぜ、今、このような米中スパイ合戦が表ざたになってきているのか。スパイというのはもっと隠密裏に動くものではなかっただろうか。

 一つには、CIA自体がかつて持っていた統制力、機能が失われてきているのかもしれない。そもそもエドワード・スノーデンのような、米国インテリジェンス機関の内部を暴露するような米国人が登場すること自体、健全ともいえるし、米国情報機関のレームダック化を示しているともいえる。

 今話題のランサムウェアも、もともとはCIAが開発したマルウェア兵器がウィキリークスによって暴露され、それが外部組織によってモディファイされたものであるそうだ。共産圏で秘密工作の数々を成功させてきた往年のCIAの栄光を考えると、最近のCIAは失態続きだ。

 中国のネットニュース“政知道”によれば、さらに2015年にCIAが北京から完全撤退するかどうかの決め手になった事件が起きた。当時、米国人事管理当局のデータベースが中国人ハッカーによって攻撃され、これによって米国国務院および中国の米国大使館職員の中で、誰がCIAのスパイであるかを特定されたのだ。

 こういう失態が起きる前提として、CIAの中で、対中国工作員として、中国語のわかる華人が集中的に募集され、優遇されていることも指摘されている。ウィキリークスも指摘していたが、CIAの対中国工作の最大の悩みは、言語であった。特に最近の情報工作はサイバー空間におけるものが多いが、そうした専門用語の中国語世界が、中国任務に就くCIA職員のやる気を奪っているとか。

 そこで、CIAは急きょ、中国語人材を集めるために、華人職員を優遇して募集するようになった。たとえば、2003年、CIAが旧正月にあわせてロサンゼルス、サンフランシスコなどの大都市で、アジア系華人系の“前線”工作員募集の大々的な広告を打ったことがあった。このときに提示された年俸は4万ドルから9万ドルで、当時CIAは中国関連の情報収集・分析工作の強化に数千万ドルの予算を投入するということだった。さらに2010年に、CIAは中国語で華人職員の募集広告を打ち、このときは能力に応じて、3.5万ドルから12万ドルの年俸が提示されていた。だが、こうした大々的な華人職員募集が、二重スパイを入り込ませるスキになったともみられている。』
『言葉がわからないから華人を雇って、二重スパイに寝返られるとか、ばかばかしい話だが、そのばかばかしい失態で、少なくともCIA要員12人が秘密裡に殺害されているのだから、恐ろしい話である。ニューヨークタイムズは、殺害、あるいは拘束されたCIA関係者たちはおそらく”冤罪“であろう、という当局者のコメントを引用している。CIAと言えど、すべての関係者がものすごい秘密工作を行っているのではなく、ほとんどが公開情報の分析であり、ときに官僚や政治家と食事などを通じて“情報交換”を行うが、そのほとんどの情報がさして、ものすごい機密性のあるものではなかったりする。殺されるほどのことはあるまい、と私も思う。

反スパイ法でKCIAも摘発
 だがこの理不尽さこそ中国の強みかもしれない。中国はご存じのように、反スパイ法を2014年から施行した。おそらくはCIAのスパイ網摘発後、中国国内に構築された米国のスパイ網に対する危機感をさらに強めたからだろう。私が仄聞したところでは、この当時、韓国中央情報局(KCIA)のスパイ網も摘発されたという。解放軍の歌姫・湯燦が秘密裡に逮捕され国家機密漏洩で有罪判決を受けたのもこのころで、米国の情報機関とつながっていたとか、知らずにKCIAのスパイと同棲していたといった噂が流れていた。

 反スパイ法は、なかなか恐ろしい法律で、これにより社会全体がスパイ狩りに動員され、諜報機関に所属せずとも、その代理人に接触してさして機密性があるわけでもない情報を提供するだけで、スパイ容疑に当たりうることになった。さらに直轄市や省レベルの行政単位で、密告奨励法が次々と施行され、2017年4月に北京市で施行されたスパイ密告奨励法によれば、密告者に対し最高50万元の奨励金が支払われるという。隣人親兄弟が反革命罪を密告しあった文化大革命時代とそう変わらない密告社会の再現は、文革時代のように冤罪者も多く生むであろうとみられている。実際、少なくない学者や知識人、ジャーナリストが冤罪と思われながらも、国家機密漏洩有罪の憂き目にあっている。

 最終的な証拠がなく、CIA内の二重スパイ容疑者の身柄を確保しながらも、むざむざ逃がしてしまう米国。華人をスパイ容疑者として逮捕すれば、“人種差別”と民間団体が批判の声を上げる米国。これに対し、問答無用でスパイ容疑者を殺害してしまうだけでなく、冤罪を恐れることなく密告によって容疑者を逮捕、起訴してしまう中国。本気でスパイ合戦をしたら、どちらが有利かいわずもがなだ。』
『環球時報は、このニューヨークタイムズの報道を受けて勝ち誇ったようにこんな社説を掲載した。

 「ニューヨークタイムズは、米国のスパイがおそらくは非常に無辜であり、中国国家安全当局が明らかに“人情に違う”と批判している。匿名の米国当局者は中国の近年のインテリジェンス分野におけるあり方を“過激すぎる”と非難している。…この報道が事実とすれば、我々はむしろ中国の防諜システムが出色であると称賛する。CIAのスパイ網を破壊しただけでなく、ワシントンに“一体何が起きたのか?”と戸惑わせるなど、防諜工作として最高のレベルではないか」

中国に対抗し得る防諜のあり方とは
 日本も中国の“防諜”の恐ろしさを他人事ではなく、きちんと肝に銘じておくことだ。今年になって地質調査会社社員ら20歳~70歳の日本人6人が新たにスパイ容疑で拘束され、これでスパイ容疑で拘束されたり起訴されている日本人は11人以上にのぼる。彼らが本物のスパイかどうかなど、実際のところ、中国にしてみればどうでもよい。スパイという名目で11人もの日本人が拘束、拘留されている、という事実だけで、十分な対日世論工作と防諜効果があるのである。こういう国と、防諜・諜報合戦を行っていかねば自国の安全保障も心もとないとなると、確かに特定秘密保護法や共謀罪の是非で世論が揺らぐのも致し方ないという気もしてきた。過剰な法律で統制する中国のような恐ろしい国にはなりたくない。では、日本の“防諜”はどうあるべきなのか。それを一緒に、法整備の問題を考えないことには、本当の答えは導けない。』