遠のく中国主導の秩序 コロナ後、真に懸念すべきは(2020/4/11 2:00)

遠のく中国主導の秩序 コロナ後、真に懸念すべきは(2020/4/11 2:00)
本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57929580Q0A410C2TCR000/?n_cid=DSREA001

『燎原(りょうげん)の火のように、コロナ禍が世界に広がっている。この危機は国際秩序にも少なからぬ変化をもたらすだろう。

では、国際政治をどう変えるのか。この点について、米欧の研究機関は連日のように、オンラインで会議を開いている。特に活発なのが、米中の覇権争いに及ぼす影響をめぐる議論だ。そこで聞かれる分析は、主に3つある。

第1は米国の世界への指導力はさらに弱まり、中国の台頭が勢いづくというものだ。中国は表向きは感染を封じ込め、各国への医療支援に走る。一方、米欧はなお有効な手を打てず統治力の弱さをさらす。コロナ後の覇権争いで中国が優位に立つとの分析だ。

第2は逆に、中国の影響力が弱まるというものだ。感染を世界に広げてしまったことで、中国の信用は深く傷ついた。国内でも指導部への不満が渦巻く。中国による覇権は遠のかざるを得ない。

第3はこれら2つの折衷シナリオだ。コロナ禍により米中ともに深い傷を負う。いずれも内向きになり、世界は「Gゼロ」の秩序に突入するという読みだ。

このうち、現時点でいちばん可能性が高いのは、中国主導の秩序が遠のくという第2のシナリオだろう。米国の状況によっては第3の「Gゼロ」シナリオもあり得るが、少なくとも第1の予測は誤っているように思う。

最大の理由は、感染を国内で抑えきれず、世界に拡散させてしまった一義的な責任から、中国が免れられないことだ。昨年12月までに湖北省武漢で感染があったにもかかわらず、現場などの隠ぺいにより、指導部の対応が遅れた。

中国当局は初め、「人から人への感染の証拠はない」とも説明した。いま各国は眼前の患者を救うことに忙殺されているが、感染が収まれば、中国の「責任」を追及する声が広がる兆しがある。

すでに米国では中国政府を相手どり、賠償を求める動きが起きている。米ナショナル・レビュー誌も4月6日、コロナでこうむった被害の賠償を中国政府に請求すべきだという論評をかかげた。

英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン協会は5日、中国政府の過失がもたらした損害額は、主要7カ国(G7)だけで3兆2千億ポンド(約432兆円)にのぼるという試算を出した。

これに対し、中国の共産党政権は落ち度はないどころか、感染を早く封じ込め、各国が対応する時間を稼いだ、世界は中国に感謝すべきだ――と宣伝している。

この説を肉付けするように、中国は各国への医療支援も広げる。3月末までに約120カ国にマスクや呼吸器などの物資を送ったという。支援を受け取ったセルビアやイタリアは、中国への「謝意」を表している。だからといって、「感染をもたらした中国への怒りが、各国から消えるわけではない」(欧州外交筋)。

コロナ禍による経済の損失も、超大国をめざす中国の世界戦略には深い痛手だ。中国は「一帯一路」構想のもと、アジアやアフリカに資金を注ぎ、インフラを整えてきた。自前の経済圏を築き、政治力にもつなげる狙いだ。

ところが米外交評議会によると、一帯一路の事業はいま、パキスタンやインドネシア、マレーシア、ミャンマーで行き詰まっている。建設をになう中国人の労働者の往来や、必要物資の輸出入が滞っているためだ。

もっとも、コロナ禍で深手を負うのは米国も同じだ。経済は4~6月期、戦後最悪の2桁のマイナス成長に沈むとも予想される。失業者の数もすさまじい。

2兆ドルの景気対策で、連邦政府の財政赤字も国内総生産(GDP)の1割を超えそうだ。国防予算が切り詰められ、米軍の海外関与が弱まる恐れがある。米海軍の試算によると、中ロなどに対抗し、海洋の優位を保つには355隻の艦船がいる。だが、確保できるのは、多くて305~310隻にとどまりかねないという。

それにもまして、1万人超の死者を出してしまったトランプ政権の失策が、米国の威光に与える傷は深い。国内の分断も大きく、当面、世界に強い指導力を振るうどころではないだろう。

問題は長い目で見て、米中のどちらが、より大きな打撃を受けるのかである。国際政治への影響力では、中国がこうむる損失の方が重いとみるべきだろう。

米国には日本や韓国、オーストラリア、欧州という民主主義の同盟国がいる。国力がいったん弱まっても、同盟国と協力し、世界への影響力を保つ道が残されている。しかし中国には友好国はあっても、頼れる同盟国はない。

危機からの復元力も、米国の方が優れている。コロナ後、米国では議会や研究機関が失敗を鋭く検証するにちがいない。その結果、トランプ大統領が責任を問われ、選挙で敗れたとしても、米国の国の根幹が崩れるわけではない。新しい大統領のもとで、コロナの教訓は生かされていくだろう。

中国にはこうした自浄作用は働きづらい。習近平(シー・ジンピン)国家主席による強権体制では、公開の場でおおっぴらに敗因を議論し、総括するのは難しいからだ。そんなことをすれば、指導部の失策を認めることになり、習氏の権威が揺らいでしまう。

コロナ後、世界が心配すべきなのは中国主導の秩序が生まれることではない。逆に、中国が不安定になりかねない展開である。』