イスラエル・UAEの国交樹立、中東の構造転換映す

イスラエル・UAEの国交樹立、中東の構造転換映す
編集委員 松尾博文
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62635520U0A810C2I00000/

『イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が国交の正常化で合意した。アラブ主要国では1994年にヨルダンが国交を樹立して以来、26年ぶりとなるイスラエルとの関係改善に踏み切ったのが湾岸産油国のUAEだったのは不思議ではない。UAEというレンズを通すと、中東で進行する構造転換が見えてくるからだ。

今回の関係正常化は次に続く入り口で、その先に控える本命はサウジアラビアだ。サウジの実力者ムハンマド皇太子とイスラエルのネタニヤフ首相、トランプ米大統領の娘婿であるクシュナー上級顧問を通じた緊密なつながりがここ数年、ささやかれてきた。

イスラエルとUAEの国交正常化合意を発表するトランプ米大統領(13日)=ロイター

狙いはイスラエル、サウジ、米国が敵対するイランをめぐる包囲網の構築だ。11月に控える米大統領選でトランプ氏は苦戦が伝えられる。その前に対イラン陣営を確固たるものにしておきたい。

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イスラエルとUAEの国交樹立にはこうした思惑が透ける。仲介にあたったトランプ政権には外交の成果でユダヤ系の支持をつなぎとめたいとの狙いもあるだろう。

UAEはサウジの単なる露払いかといえばそうではない。役割はもっと大きい。中東で近年起きている様々な事象に、UAEという補助線を引いてみると、大きな構図が見えてくるからだ。

たとえば、2017年にサウジやエジプトなどアラブ4カ国が踏み切ったカタールとの断交だ。アラブの同胞国家間に生じた亀裂は、カタールによるイスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」への支援を嫌がるUAEのアブダビ首長国のムハンマド皇太子の意向が強く反映したとされる。

アブダビのハリファ首長が病床にある中で、事実上のUAEの元首であるムハンマド皇太子は、サウジのムハンマド皇太子にとっても頼れる兄貴の位置づけだ。両者の緊密な関係の中で、対イラン、イエメン内戦、カタール断交、石油政策にいたるまで、サウジとUAEの共同歩調が鮮明になっている。

アラブの湾岸産油国とイスラエルのパイプができれば、スタートアップの宝庫とされるイスラエル企業にオイルマネーが入り込む余地が生まれる。ハイテクや医療、農業などの分野でのイノベーション協力は双方に果実をもたらす。

UAEとの国交正常化合意を発表するイスラエルのネタニヤフ首相(13日)=ロイター

日本は原油の輸入で湾岸産油国との関係が大きい。有名無実化しているとはいえ、イスラエルへの貿易・投資を制裁対象とする「アラブボイコット」に気をつかってきた日本企業にとってもビジネスチャンスが広がる。

その一方、米トランプ政権を介在する、イスラエルとサウジやUAEなどのアラブ諸国の接近は、イランと同国が支援するシリアや、和平の道筋が一段と遠のくパレスチナなど反イスラエル陣営との分断を広げることになるだろう。

UAEの内側にも不安がある。実はUAEは外交・安全保障ではイランと対立するが、社会・経済面での関係は濃厚だ。7つの首長国で構成するUAEの長兄をアブダビだとすると、次兄は商都ドバイ。その発展の礎は対岸のイランとの中継貿易にある。ドバイのスーク(市場)を歩けば、聞こえてくるのはアラビア語でなく、イランの国語であるペルシャ語だ。

イスラエルの建国以来、4度にわたって戦火を交えたアラブ諸国をつなぎ留めてきたのは、占領で追われたパレスチナの人々のもとに結集する「パレスチナの大義」だった。それが崩れたのはイラクが同胞の隣国クウェートに侵攻した90年8月2日の湾岸危機だ。

パレスチナ解放機構(PLO)はイラクのフセイン政権を支持、UAEやサウジの怒りを買った。これらの国で暮らすパレスチナ人は逃げるように出国した。「アラブはひとつ」とするアラブ民族主義が幻影となった日からくしくも今月で30年。その節目にUAEはイスラエルと手を結んだ。

「パレスチナのやつらに教えてやらないといけない」。サウジの最高首脳からこんな言葉を直接聞いたことがある。イスラエルとUAEの国交樹立は歓迎すべきことだ。ほかの国が続くことを望みたい。ただし、これが新たな亀裂を深めるようでは、中東の安定は遠のくばかりだ。』