トヨタ、EVで中国製特殊鋼板採用 品質で日本勢に迫る

トヨタ、EVで中国製特殊鋼板採用 品質で日本勢に迫る(2020/7/13 18:00 (2020/7/14 5:35更新))
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61444140T10C20A7MM8000/

※ 今日は、こんなところで…。

『電気自動車(EV)に使う電磁鋼板と呼ばれる高機能な鋼材について、トヨタ自動車が中国最大手の宝武鋼鉄集団の製品を一部で採用することが13日、分かった。同鋼板は高い生産技術が必要で、これまでは主に日系の製鉄大手から調達してきた。中国の鉄鋼業界は汎用品の大量供給を強みとしてきたが、質でも日本勢を追い上げ始めた。

トヨタが国内で生産するハイブリッド車(HV)とEV向けに、このほど品質面での承認を出した。宝武はすでに中国からの輸出を始めたもようだ。日本車大手が国内で生産する乗用車に中国メーカー製の電磁鋼板を採用するのは今回が初めてとみられる。

電磁鋼板は電動車の基幹部品であるモーターなどに使う。特殊な処理で鋼材に磁気を持たせており、不純物を取り除くなど高度な生産技術が必要になる。モーターの効率的な駆動には欠かせず、航続距離など省エネ性能に直結する。高い品質が求められるため、トヨタ向けなどの製品を供給できるのはこれまで日本製鉄など一部の鉄鋼大手に限られていた。

採用数量はまだ限られているもようだが、トヨタ幹部は「品質は日本製と遜色ない。電動車の普及が見込まれる中で調達先を多様化する」と語る。日本鉄鋼連盟の調査によると、宝武はEV大手の米テスラにも供給を始めたもようだ。

中国政府は2025年にEVなど環境対応車の割合を18年の4%から25%に高める計画を掲げる。中国はすでに世界で最もEVの販売台数が多い。35年のEV市場は中国が18年比13.7倍の1056万台と成長が続く見通し。欧州も同32.1倍の674万台と拡大が予想されている。

電磁鋼板の引き合いも増える中、製鉄首位の宝武が需要の取り込みを狙う。宝武は16年、国有企業の宝鋼集団(当時中国5位)と武漢鋼鉄集団(同11位)が合併して誕生した。世界鉄鋼協会によると、19年の粗鋼生産量では欧州アルセロール・ミタルに次いで世界2位だ。

電磁鋼板では中国でのシェアが6割に上っており、2023年までに上海市の製鉄所に24億元(約400億円)を投じてさらなる増産体制を整える。中国3位の江蘇沙鋼集団なども19年から生産能力の増強に乗り出している。

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高級鋼板 競争新段階に 中国国策が後押し

自動車向けを中心とする高付加価値品での中国勢の台頭に、国内大手は警戒を強めている。中国は世界の6割の粗鋼を生産するが、これまでは建材向けなどの汎用品が中心だった。中国が先端分野の技術力でも追いついてくれば、収益源にしている高機能品も価格の下落などが進みかねない。』

自動車産業に関わっている人は知っておいて損はない。自動車の世界最大市場・中国の方針転換のウラ事情。

自動車産業に関わっている人は知っておいて損はない。自動車の世界最大市場・中国の方針転換のウラ事情。CAFCとNEV規制はこうなる!
(2020/06/29)

https://motor-fan.jp/article/10015329 

 ※ おそらく、世界の自動車市場の流れとか、その中でも、特に、「中国の自動車市場」というものなんかに、ある程度の知識が無いと、分からない記事だろう…。
 しかし、「中国の自動車市場」というものの「本質」を抉って(えぐって)いる部分がある…。それらは、決して「自動車雑誌」なんかでは、得られないものだ…。貴重な「資料」として、自分の学習のために貼っておく…。

 こういう記事を読むと、「トヨタ、EVで中国製特殊鋼板採用」という事件の裏の事情も、読めてくる…。

『世界最大の自動車市場である中国、どうやら中国政府の方針は変わったようだ。キーになるのは、「HEV(ハイブリッド車)」の扱いだ。新聞報道ではわからないウラ事情をジャーナリスト牧野茂雄が解説する。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

トヨタ、VW(フォルクスワーゲン)、GM、メルセデス・ベンツ……高い技術力を持つグローバル自動車ブランドが、中国では「燃費の悪いクルマ」というレッテルを貼られた。中国汽車工業協会(中汽工)が発表した2019年のCAFC(Corporate Average Fuel Consumption=企業別平均燃費)規制とNEV(新エネルギー車)規制の達成状況は、中国国内で生産または輸入を行なう乗用車メーカー119社のうち62社がCAFC目標未達成、NEV目標は30社が未達成だった。グローバル自動車メーカーが軒並み未達成に終わり、逆に中国の民族資本ローカルメーカーが優等生ぶりを発揮した。中国国営メーカーは外資から譲り受けた「お古」のプラットフォームに排気量1.6ℓ以下のエンジンを載せたモデルが主力なのに対し、豪華仕様が中心で大排気量エンジンも少なくない外資勢はそもそも立場は不利だ。プレミアムカーの現地生産を望んでいたのは中国政府であり、これは以前から指摘されていた。その中国政府がようやく動いた。2021年から「低燃費車」というカテゴリーを新設する。HEV(ハイブリッド車)誘致へと中国政府は舵を切ったのである。

 中国にはふたつの規制がある。ひとつはCAFC規制だ。中国以外ではCAFE(コーポレート・アベレージ・フューエル・エフィシェンシー)と呼ばれる規制であり、メーカーごとに「モデルごとの燃費×1年間に販売した台数」を計算し、そのメーカーのトータル販売台数での平均燃費が規制を満たしたかどうかを監視する規制だ。中国では末尾のアルファベットがE(エフィシェンシー=効率)ではなくC(コンサンプション=消費)と表記される。2020年までの目標値は平均5ℓ/100km(20km/ℓ)である。

 もうひとつの規制はNEV(ニュー・エナジー・ビークル)規制だ。BEV(バッテリー電気自動車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、FCEV(燃料電池電気自動車)の3カテゴリーを新能源車(新エネルギー車)に指定し、その生産台数が目標に達したかどうかを監視する。2020年は「全生産台数の10%」をNEVにすることが義務付けられている。

 CAFCとCAFEは、それぞれ中国政府が自動車メーカーごとに目標を与える。その計算方法は決まっていて、どのメーカーに対しても公平だ。そして、1年が終わったところで政府機関が計算を行なう。ポイントは「生産台数」で計算する点にある。中国では、自動車メーカーは生産認可を得ているモデルごとの生産台数を毎月国に報告する義務があり、各社からの報告を中汽工がまとめる。その一方で販売台数についての国家統計はなく、業界団体が各社からの報告をベースに集計しているだけだ。CAFCとNEVの規制についても生産したクルマが売れたかどうかは関係なく、生産台数ベースで仕切られる。CAFCとNEVのダブル規制である点は世界的にもめずらしいが、生産台数ベースの規制というのもめずらしい。

 さて、今回は中国での2件の発表をご紹介する。まず、中汽工が発表したCAFCとNEVの目標達成度合いを示すデータだ。全119車の中から筆者が26社を抜粋して表にまとめたのでご覧いただきたい。
2019年中国CAFC&NEV達成状況

中汽工が発表した年間2000台以上のクルマを製造または輸入する企業のデータの中からグローバルメーカーを中心に筆者が抜き出した。NEV積分がプラスの場合はCAFC積分のマイナスをこれで補うことができる。
 表の見方を説明しよう。いちばん左のメーカー名にはトヨタ、ホンダ、GMなど馴染みの名前が並んでいるが、必ず漢字が混じっている。北京ベンツとは、中国国営の北京汽車とダイムラーの合弁会社「北京奔馳」である。広州ホンダは国営広州汽車とホンダの合弁会社「広州本田」。中国では外国資本の自動車メーカーが単独で工場を作ることは許されていない。必ず中国企業との合弁企業にしなければならないのだ。

 2列目の「生産台数」は2019年に各社が「国に届け出た生産台数」である。3列目の「2019年燃費目標値」は、国が各社に指示したCAFC目標値だ。表記は「100km走行に必要な燃料」であり、北京ベンツの6.27は6.27ℓ/100km。日本式の表記では15.95km/ℓとなる。その右列の「2019年燃費実際値」は各社がモデルごとの生産台数と燃費を掛け算してすべてを合計した平均の燃費値。これがCAFC値である。北京ベンツは6.68ℓ/100kmだった。

 北京ベンツを例に計算すると、CAFC目標値よりCAFC実際値のほうが悪い。6.27-6.68=-0.41となり、このマイナス数字に生産台数56万4665を掛けた数字が「CAFC積分値」になる。-23万1513だ。ここまでがCAFC規制の計算。ちなみに、ここで言う積分は数学の計算の積分ではなく積(=総合計)の分(ポイント)、つまり「合計ポイント」という意味だ。

 つぎにNEV規制の計算。「NEV積分目標値」は政府が各社に与えるノルマだ。2019年の目標は、2018年に各社が生産した車両の総台数からNEV生産台数を引いた台数の8%だ。その数が北京ベンツの場合は5万6369だった。「NEV積分実際値」は、北京ベンツがNEVを生産して獲得したクレジット(ポイント)だ。以前はBEVを1台生産すると最大5クレジットをもらえたが、現在は最大3.4クレジットに下がった。

 北京ベンツはNEVを生産して3676クレジットを獲得した。右から2列目の「NEV積分実際値」の数字がこれだ。「NEV積分目標値」は5万6369だが、じつはこの数字は「政府が与えるノルマ」だから「マイナス5万6369」である。このマイナス分を、実際にNEVを生産して得られるクレジット=NEV積分実際値で埋めて、最終的に「0」になればノルマ達成。しかし、北京ベンツのNEV積分実際値は3676でしかない。目標に対してショートしている。なので「NEV積分目標値」の数字はマイナスになる。「-5万6369+3676=-5万2693」という計算であり、だから表の一番右の列の「NEV積分」が「-5万2693」なのである。

 この表に示されている「CAFC積分」と「NEV積分」は、両方とも「政府が与えたノルマを達成したか、していないか」を表す。与える目標はマイナス数字。それを「燃費改善」または「実際のNEV生産」で埋める。目標達成できれば「CAFE積分」「NEV積分」はプラスの数字になる。いかにも共産主義的な発想だ。

「NEV積分」の数字をタテに追っていくと、北京ベンツはもちろんマイナス、次の北京現代(韓国・ヒュンダイ自動車)もマイナス。北京新能源汽車はごっついプラスだが、この会社は北京汽車集団(グループ)のなかでNEV生産だけを担当する会社だから、このようにプラスになる。しかも北京新能源汽車の燃費実績値は0.00である。これは「ガソリンも軽油も使わない電動車だけ製造した」ことを示す数字だ。

 さらに見ていこう。比亜迪汽車工業は、電池メーカーの比亜迪(BYD)グループの自動車メーカーで、ここは中国で初めてPHEVセダンやBEVタクシーを生産した会社だ。親会社が電池メーカーだから電動化には熱心で、だから「NEV積分」はがっつりとプラスになっている。その下、長安フォード、長安マツダ、東風ホンダなどはグローバルメーカーと中国国営メーカーの合弁会社だが、生産しているのはグローバルブランドのクルマだけ。「NEV積分」はマイナスである。

 表を下へ見て行くと「CAFC積分」で広州トヨタがプラスになっている。政府が与えた燃費目標を実際値が下回った。つまり燃費のいいクルマを生産したということだ。これはHEV(ハイブリッド車)の恩恵でもある。上海GM五菱は燃費目標を達成できず「CAFC積分」は大幅マイナスだが、BEV商用車を生産したことで「NEV積分」はプラスだ。この場合は「NEV積分」のプラスで「CAFC積分」のマイナスを損失補填することができる。

 ……と、中国自動車メーカー119社のデータが発表されたのだが、前述したようにグローバル自動車メーカーの多くが目標達成していない。その理由のひとつは、各社とも利益率のいいSUVを主力に据えているためだ。もちろん民族系メーカーもSUVをかなり売っているが、グローバルブランドのプレミアムSUVは人気がある。また、中国民族系メーカーはエンジン排気量の小さいクルマ、せいぜい2ℓまでのクルマがほとんどだが、外資グローバルメーカーは排気量が大きくて豪華な、あるいはスポーティなモデルを揃えている。
クレジット統一管理の流れ

CAFC規制とNEV規制はそれぞれクレジットで管理されているが、両方のクレジットは統一的に扱われる。ICE(内燃機関エンジン)搭載車は「伝統的車両」と呼ばれ、1台製造するごとに「マイナス1」クレジットが課せられる。これをCAFCの数字で小さくするか、NEVクレジットで穴埋めするか、あるいは他社かられクレジットを購入するかで最終的にプラスマイナス・ゼロにすればいい。(図は三菱UFJコンサルティング提供)

威志V5 | 威志と書いてヴィッツ。このモデルはヴィッツ・ベースの中国専用4ドアセダンであり、トヨタからライセンス腰輿を受けた第一汽車が生産する。
 中国でもっとも古い第一汽車(一汽)は、VWとトヨタから旧世代の設計をもらって生産している。初代ヴィッツを手直ししたモデルもまだ生産されている。MT(マニュアル・トランスミッション)が主流だ。VWも古いジェッタなどを提供している。こちらもMTが主流。中型クラスだと、マツダが設計を提供した旧型アテンザをベースにデザインを変えたセダン/ワゴンが主力だ。豪華なクルマやスポーティなクルマは持っていない。見栄えは良くなってきたが、外資グローバルブランドのプレミアムカーを買っている層は、中国メーカーの商品は選択肢に入れない。国内ブランドと外資合弁とでは顧客層が違うのだ。

 それと、中国国営グループ各社と大手の独立系メーカーは「○○新能源汽車」と行った社名の会社を設立している。ここでNEVを生産する。極論すれば、売れても売れなくても構わないのだ、NEVを生産しさえすれば、1台も売れなくたってクレジットが入ってくる。それで政府から与えられた目標は達成できる。

 中国政府は、2020年のNEV生産目標を「メーカーごとの総生産台数の12%」に設定している。なので、2020年が終わって2021年5月ごろに、ここで紹介した表の2020年版が発表される。2019年は「メーカーごとの総生産台数の10%」だったが、目標がさらに高くなる。果たしてどうなるだろう。10%目標だった2019年でさえ、外資グローバル勢はあらかたNEVノルマ未達成だった。

 去る6月22日、中国工業和信息化部(工信部)が「CAFCとNEVの同時管理措置」を改定した。このなかに突然、いままでにはなかった「低燃費乗用車」という表現が追加されていた。「NEVではない低燃費乗用車」である。これが冒頭に紹介した「ふたつの発表」のうちの2番めだ。2021年1月1日以降は、「低燃費乗用車」を1台生産すると通常の伝統的車両((従来から存在するガソリン車やディーゼル車など)の生産では「マイナス1」になってしまうクレジットが0.5倍(つまり0.5台=2分の1台)として計算されると書いてある。しかも2022年はこれが0.3倍(つまり0.3台)に計算され、2023年には「0.2倍に勘定する」と。これは何なのか。

中国の政府発表は、どうとでも解釈できるものが多い。具体的に「これはこうです」と明記しない。日本の法律によく似た階層構造だ。法律があり、その運用は運用令や施行規則で定め、最後の最後は明文化されていない行政指導で丸くおさめる。工信部発表の「低燃費乗用車」も、まさにこれだ。燃費がどれくらいなら「低燃費」なのか、いっさい触れていない。おそらく、これから決めるのだろう。その燃費の測定モードも示していない。ただし、低燃費乗用車は、2021年はマイナス0.5クレジット、2022年はマイナス0.3クレジット、2023年はマイナス0.2クレジットとして扱うことは明記されている。

 これはつまり、低燃費乗用車の優遇が2021年より2022年のほうが手厚く、さらに2022年より2023年のほうが手厚いということだ。来年は低燃費乗用車2台作ると「伝統的車両1台分」と同じマイナス1クレジットになる。2023年には、低燃費乗用車を5台作っても「伝統的車両1台分」と同じマイナス1クレジットになる。これはHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル=ハイブリッド車)優遇にほかならない。燃費のいいHEVを「中国で生産してほしい」ということだ。

 中国はNEVにHEVを入れなかった。おもな理由はふたつあると思う。ひとつはガソリン消費を減らしたい(つまり原油輸入量を減らしたい)という中国政府の目標に対し、内燃機関エンジンを積むHEVでは「適さない」こと。もうひとつは、いまさら内燃機関エンジンでは日欧米韓にかなわないから、自動車産業の戦いの土俵を変えて電動車分野を開拓すること。国を挙げてバッテリー、電動モーター、制御系の開発を進め、この分野で自動車強国になること。だからHEVは排除した。
 中国のある大学が「トヨタ・プリウスの制御プログラムをすべて書き出し、これをコピーする」作業を行なっていたことは、関係者の間では有名な話だ。しかし無駄に終わった。あまりに制御が緻密すぎたのだ。これ以降、中国政府はHEV開発には消極的になった。しかし、BEV、PHEV、FCEVで始めたNEV規制は思うように進まない。このままでは政府のメンツにかかわる。だから「NEVではない低燃費乗用車」というカテゴリーをCAFC規制内に作り、これでNEV生産目標が増えてもCAFCクレジットでNEVクレジットの穴埋めをしやすくする。これが中国政府の狙いだと思われる。

 もっとも、中国政府も「NEVが売れていない」ことはよく知っている。中国メーカー勢の「○○新能源」が製造したNEVは、それぞれのメーカーの地元で役所や公共施設に売り込み、メーカー自身も社用車としてNEVを使っている。さらに取引先の部品メーカーや金融機関にもNEVを買ってもらっている(おそらく割引で)。以前、中国メディアSina.comは「NEV販売台数の約23%が自動車メーカー直営フリート企業向けだ」と報じた。直営フリートとは自動車メーカー自身が経営するレンタカー会社やカーシェア会社などを指す。

 実は、一般ユーザーが購入したNEVは「全体の6割くらいではないか」という推測もある。筆者は中国メディアと20年来の交流があり「汽車の友」などの媒体に連載コラムも寄稿していた。大学の自動車研究者諸氏とも交流がある。彼らの証言をつなぎ合わせると、どうもNEV販売台数の半数は「一般ユーザー以外が買っている」ように思える。その証拠は、昨年7月に実施されたNEV補助金の大幅カットだ。7月を境にNEV販売台数は激減した。10〜12月は前年同月比で40%以上のマイナスだった。おそらく、このマイナス分が一般ユーザー向けではないかと思う。

荣威ERX5 | 上海汽車集団の上海荣威が生産するBEVのSUV「ERX5」。上海荣威はもともとローバーから買収した知的財産でクルマを作る会社だったが、現在はMGとROEWE(荣威)で輸出市場を開拓するポジションになった。
 中国では、NEV補助金は購入者ではなく自動車メーカーに支給される。補助金を受け取った分だけ「安く提供しなさい」という仕組みだ。見方を変えれば、NEV補助金は「NEV製造報奨金」である。売れても売れなくても、作れば補助金がもらえる。中国の内陸部へ行くと、BEVがずらりと並んだモータープールを目にすることがある。昨年7月のNEV補助金大幅カットによって倒産した「○○新能源汽車」は数社あり、出荷されないままの在庫が放置されているのだ。おそらく、そのまま朽ち果てるだろう。

 すでに自動車業界内と自動車研究者の間では「政府のNEV政策は失敗」と言われている。中国の自動車メーカーの相当数はNEV目標を達成していて未達成は外資合弁のほうが圧倒的に多いのは事実だが、中国メーカーのNEVが技術的に外資メーカーのNEVにかなわないことは中国政府も認識している。そこで「低燃費乗用車」というカテゴリーを追加し、外資メーカーがマイルドHEVやフルHEVを販売しやすくし、その技術を提携相手である中国国営メーカーに供与してもらう。これで自動車市場全体の燃料消費量を減らす。中国政府はこういう戦術に出たのだろう。
 この背景には、NEVクレジット売買という中国独特の制度も見え隠れする。NEVノルマを達成できなくても、中国政府が自動車メーカーにペナルティを課すことはない。「業界内で片付けなさい」という姿勢だ。

 CAFC積分の数字がマイナスの場合、もし自社がNEVのプラスクレジットを獲得していたなら、それで補填することができる。前述の上海GM五菱はそれが可能だ。あまりにCAFC積分のマイナスが大きい場合は、新規の製造認可申請が却下されることがあると言われている。また、燃費極悪のモデルを放置すると「製造認可が取り消しになる」とも言われている。CAFC規制には罰金がないが、中国政府は許認可権を武器にしているのだ。

 一方、NEV規制ではNEV積分がマイナスの場合は他社からNEVのプラスクレジットを買い取るという道を選択できる。同じグループ内に所属し25%以上の資本関係があるメーカー同士の場合は、そこで融通し合うこともできる(価格は要相談)。じつは、グローバルメーカーの多くがこの方法を選択している。あらかじめNEVクレジット買取契約を結んでいるのだ。

 VWの場合は中国の江淮汽車と江淮大衆汽車有限公司(大衆とはフォルクスの中国語訳)という合弁会社を設立し、ここでNEVを生産している。この会社が獲得したNEVクレジットは上海大衆汽車と一汽車大衆汽車が第1優先権で買い取ることができる。会社設立時点でこういう契約を結んでいる。

 中国メーカーも、たとえば浙江吉利汽車はボルボから技術をもらった中級以上のモデルを生産しているためCAFC積分もNEV積分もマイナスだが、同じグループに小型車専門の浙江豪情汽車があり、ここが獲得したNEVクレジットで補填できる。

 まだ自社製品としてのNEVを持っていない外資合弁の場合は、とりあえず伝統的車両の燃費を向上させ、CAFC積分でマイナスにならないようにする。政府から与えられたNEV積分目標については、中国民族系の「○○新能源汽車」にお金を払って買い取る。この方法で2〜3年はしのぐことができる。ダイムラーはBYDとの合弁会社からNEVクレジットを買い取り、トヨタは広州汽車集団からNEVクレジットを買い取る。今年についてはそんな状況である。

中国の内陸部へ行くと、ガソリンスタンドがない町がある。自動車のインフラが整っていないのだ。そういう町にも改造EVを売る小さな工場がある。ラダーフレームにモーターを取り付け、汎用部品で構成した制御ユニットを積む。
 ここに「低燃費乗用車」が入ってくると、おそらく外資メーカーはHEVに切り替えるだろう。そのぶん、NEVクレジットのマイナスが減る。そうすればクレジット購入のための費用負担が減る。前述したように中国での外資グローバルメーカーは中国国営メーカーとの合弁事業であり、だからクレジット購入費用は出資比率に応じて中国国営メーカー側も負担しなければならない。これがバカにならないのだ。

 2019年のCAFCとNEVの実績が出る前、昨年夏の補助金大幅減額でNEV販売台数が激減する前に中国政府は「低燃費乗用車」の導入を決めていた。素案は昨年7月に一部が公表されている。そして、2019年実績が明らかになり「このままではNEV規制そのものが崩壊するという危機感を抱いた」と中国メディアからは聞いた。おそらく「低燃費乗用車」はかなりの低燃費に設定されるだろう。すでに中国メディアは「トヨタやホンダのHEVが有利になる」と書いている。

 中国はCAFCとNEVのダブル(二重)規制であり、政府は両方をうまくからめてCAFCクレジットとNEVクレジットを「統一管理」している。そもそもの話をすれば、燃費と電動化率の両方に規制を敷くという点で世界的には例のない強引なやり方である。しかし、その運用ではあからさまに罰金を徴収せず、中国企業のフトコロに外資グローバルメーカーのお金が流れ込むようにした。そして、中国企業がクレジット売買で稼いだお金の幾らかを税金として政府が徴収する、と。しかし思惑通りには事は進まなかった。中国国営自動車メーカーですら「政府は無策」と批判するほどNEVは売れていない。当初の方針を曲げてでもHEVをある程度優遇することが現実的でありNEV規制失敗論を一蹴できる。これが中国政府のいまの心境なのだろう。』

〔実存主義及び不可知論〕の話し…。

 ※ 以下も、個人的な興味と関心に基づくものだ…。
 というよりも、この手の「哲学的・思弁的」な事柄は、むしろ、あまり深入りしない方がいいことだ…(時間が、いくらあっても足りないし、一定の「結論」が出ることでも、無い…)。
 しかし、後に出てくる「関係する著名人」としての、小野清一郎とか、団藤重光とかは、自分の青春時代に関わった(あくまで、文献的にな)懐かしい人達の名前だ…。
 そういう青春時代の「思い出」のよすがとして、貼っておく…(ジジイにも、青春時代はある…)。

実存主義の哲学 キルケゴール、ニーチェ、ハイデッガー、サルトル
https://ameblo.jp/positivementalhealth/entry-12163610741.html 

実存主義
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F%E5%AD%98%E4%B8%BB%E7%BE%A9

『実存主義(じつぞんしゅぎ、フランス語: existentialisme、英語: existentialism)とは、人間の実存を哲学の中心におく思想的立場。あるいは本質存在(essentia)に対する現実存在(existentia)の優位を説く思想。

実存(existenz)の当初の日本語訳は「現実存在」であったが、九鬼周造がそれ(正確には「現実的存在」)を短縮して「実存」とした(1933年(昭和8年)の雑誌『哲学』内の論文「実存哲学」においてのことであり、可能的存在に対置してのものである)。語源はex-sistere(続けて外に立つの意)。何の外にかといえば、存在視/存在化されたものの外に、ということである。「実存」についての語りで習慣的にまず言及されるキルケゴールが、デンマーク語で主張した「実存」は、やはりラテン語出自でExistentsである。ドイツ語では、ラテン語からの外来語としてExistenzがあり、一方、土着の語としてはDaseinが相当する。しかし、前者のほうが日常的頽落性にもある後者よりももっと、実存の持つ、自由へ向かった本来性という様態に特化して使われている。』
『概要
実存主義は、普遍的・必然的な本質存在に相対する、個別的・偶然的な現実存在の優越を本来性として主張、もしくは優越となっている現実の世界を肯定してそれとのかかわりについて考察する思想である、とされる(「実存は本質に先立つ」)。本質をないがしろにするような思想的なものから、本質はこうだが現実はこうであり、本質優位を積極的に肯定せずに、現在の現実をもってそれをどう解決していくべきなのかを思索的に考えたもの。本質を積極的に認めない傾向があるため、唯物的、もしくは即物的になり、本質がみえなくなってしまう極端な思想も生まれる土壌にもなる。また悲観的な発想にもなりがちとなっている。問題としているのは人間の実存であり、スプーンなど、モノの実存ではない。また、実存主義において、実存の境界的概念であるセベルタ(外概念性)および異なる疑似空間的次元における同時存在性は、実存・非実存間の、直感的表象としての一元的物的概念からの昇華であると考えることもできる。』
『〔思想史〕
古代哲学では、ヘラクレイトスのロゴスの思想の影響下に、イデア論を構想したプラトンを批判的に継承したアリストテレスが、第二実体 (普遍者) と第一実体 (個物に対応) との区別を提唱した。ここに、プラトンの普遍者実体観に対するアリストテレスの実存を見ることができる。このとき、アリストテレスからはプラトンの普遍者実体が自分にとって実存につながらない存在論性だとして見えている。これが継承される形で、中世哲学で、可能態と現実態との区別が説かれるようになった。 近代哲学では、ヘーゲルが、理念と現実との不可分性(理念的・必然的、あるいは合目的的ではない、一回的な、あるいは偶発的な個物は永続性や普遍性を欠く、という意味で現実性を欠く、という意合い)を説いて「理性的なものは現実的となり、現実的なものが理性的となる。(Was vernünftig ist, wird wirklich, und das Wirkliche wird vernünftig.)」(法の哲学序文)であるとした。これに対抗して、神の前に教会を経ずに立つ単独者としての、自己自身の「実存」(existenz )を価値としたキルケゴールは、実存哲学の嚆矢ともいわれる。その場合に、信仰者を前提とした制約された姿勢がキルケゴールの実存にはあるということを、正しい実存理解のためには見据えておかなくてはならない。』
『批判
梅田寛によれば、ヘーゲルの唱えた「絶対説、人類進歩についての三体説及び『実在するものは全て合理である』という結果に対する効果は盛んに論議され」て当時の皇帝制度も含めその合理性が主張されていたが、次第に青年ヘーゲル派などヘーゲル崇拝者の中からも批判が生じる結果となった[1]。プロイセン(ドイツ)では、ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハ、カール・マルクス(フォイエルバッハに関するテーゼ)、フリードリヒ・エンゲルス(フォイエルバッハ論)、ロシアではヴィッサリオン・ベリンスキー、アレクサンドル・ゲルツェン、ニコライ・チェルヌイシェフスキー、デンマークではキルケゴールなどがヘーゲルに批判的な立場から活動を行った。』
『〔不安の時代〕
「新ヘーゲル主義」および「新カント派」も参照
第一次世界大戦終結後間もなく、詩人ポール・ヴァレリーはテュービンゲン大学における講演で言った。

「諸君、嵐は終わった。にもかかわらず、われわれは、あたかも嵐が起ころうとしている矢先のように、不安である。」』

『ダーウィンの『種の起源』以降、ヨーロッパは古代以来の聖書的世界から輝かしい科学と進歩の時代へと向かった。しかし、国民国家という新しい世界体制は第一次世界大戦の国家総力戦による大量破壊へ繋がり、19世紀以来続いた西欧の進歩主義への信仰は大きく揺らぐこととなった。とりわけ国土が直接、戦場となった独仏、わけても敗戦国としての重い負債を背負わされたドイツにとって、進歩主義への信頼の崩壊は強い衝撃を与えた。大陸ヨーロッパの知識人はキリスト教の精神的伝統を進歩主義によって破棄した後の、進歩主義の無残な残骸を前に途方にくれることとなった。このようなドイツにおいてまず、一時代前の人物であるキルケゴールなどが注目を浴びるようになる。

「主体性が真理である」として神から与えられた可能性を実現することに生の意義を見出したキルケゴールの主体志向に加えて、さらに、第一次世界大戦において、そのような個人を置き去りにした近代思想の惨禍を目の当たりにして、個人を哲学的考察の対象にしようという機運が盛り上がり、神の死(「神は死んだ」)を宣言し、能動的なニヒリズム (運命愛) の思想を展開したニーチェを、神を否定する実存主義の系譜の先駆者としつつ、1930年代、ドイツのマルティン・ハイデッガーやカール・ヤスパースらによって「実存」の導入が図られた。大事なことだが、ハイデッガーの意味づけの実存は、個人主体実存という本来性から離れて、「民族の」実存になっている。各個人が自由な実存のうちに民族の実存を求めているのであればよい。しかしここでは、民族の実存を希求して先導するハイデッガーが、先導される個人の私性を否認している。(Martin Heidegger, Logik als die Frage nach dem Wesen der Sprache, VittorioKlostermann, Frankfurt am Main, Gesamtausgabe Band 38. p163.) ここには真の実存はハイデガーにしかないのだが、こうした曲折を経て、実存の考え方は第二次世界大戦後、世界的に広がりをみせることになった。

第二次大戦後、フランスに輸入され、サルトルらによって広まった実存主義は、サルトルのアンガージュマン(他の実存と共に生きるための自己拘束)の思想に見られるようにマルクシストとしての社会参加色が強く、それに呼応しない者には説得力がなかったが、1960年代の学生運動の思想的バックボーンとなった。サルトルの『実存主義とは何か』は実存主義のマニフェストであり入門書ともいわれ、1945年10月、パリのクラブ・マントナンで行われた講演が元になっており、多数の聴衆が押しかけたため、入りきれない人々が入口に座り込むほどで、翌日の新聞に大見出しで「文化的な事件」として伝えられ、時ならぬサルトルブームを巻き起こした。第二次世界大戦直後のヨーロッパでは、巨大な歴史の流れの中での人間存在の小ささが意識され、戦前までの近代思想や既存の価値観が崩壊し、人々の多くが心のよりどころを喪失しかかっていた。サルトルの思想は、実存に新たな光を当て当時の人々の根源的な不安を直視しそれに立ち向かい、自由に生きることの意味を追求し、人間の尊厳を取り戻す術として人々に受け入れられることになった[2]。

この、支配制度に対する被支配的個人の重視は、サルトルの思想が1970年代に入ると、 構造主義などから批判を受け、低調になっていくものの、広く受け入れられている。他者を支配管理する実存はあり得ない。

また、同じく「私」に焦点を当てる芸術や文学、心理療法との相性も良く、特にカール・ロジャースらが始めた心理療法には「今、現にここに存在している私」を問題とする実存主義の強い影響が見られる。

実存主義を哲学のみならず、文学、芸術などにも拡大解釈する場合(オットー・フリードリッヒ・ボルノウなど) 、パスカルやドストエフスキー等も実存主義者だと解される場合もある[3]。

第一次世界大戦の敗者であるドイツや戦勝国であっても大きな痛手を受けたフランスなどとは異なり、勝利者である英米にとって、第一次世界大戦の惨事は進歩主義への信仰を決定的に揺るがすことはなかった。しかし、スペイン内戦に参加するなどヨーロッパの情勢に積極的に関与したアーネスト・ヘミングウェイを代表とする一群のアメリカ知識人もまた、自らを実存主義者と見なした。日本では当時、文学者として国際的な評価も受けていた芥川龍之介が第一次大戦後に「ぼんやりとした不安」という言葉を残して自殺している。

実存に親近な印欧語の構造

森有正は自著『経験と思想』(1977)において、日本語では印欧語とは違って人称依拠で代名詞や動詞形が作られるという基準がないので、現実(の上下関係)が嵌入してしまい、構造的に実存に至りにくいと書いている。自他間区分した西欧的実存に限定するならば、妥当性のある主張である。西欧的実存を考える日本人はよく咀嚼するべきである。

禅宗もしくは仏教一般の実存

宗教哲学者の久松真一は『即無的実存』(1935年)で、禅宗もしくは仏教一般の「即無的実存性」を主張している。有に対する否定としての無を消極的な無と見ている。一方、有と無との間の対立を無化する無を積極的な無と見つつ、こちらの無に即すことを実存としている。西欧の非宗教的哲学的実存は久松から見れば「即有的実存」だといえる。

実存主義と経世致用の学
人間の実存を哲学の中心におく思想的立場である実存主義と、中国明朝末期の東林党の経世致用の学(学問は現実の社会問題を改革するために用いられなければならないとする主張)は別の思想であるが、それらは日本においては関連づけられる場合もあり、現在の現実をもってそれをどう解決していくべきなのかを考える現実主義に結実する。例えば経世実用を学風とする日本の神奈川大学の哲学者草薙正夫、信太正三、武藤光朗らは実存主義哲学からマルクス主義、インド哲学などにアプローチして、現実の社会問題を解決しようとし、無限革命論(トロツキーの永続革命論とは異なる)に発展する。』

実存は本質に先立つ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F%E5%AD%98%E3%81%AF%E6%9C%AC%E8%B3%AA%E3%81%AB%E5%85%88%E7%AB%8B%E3%81%A4 


『「実存は本質に先立つ」(仏« l’existence précède l’essence »)という表現は、哲学において、存在には本質がない、とする考え方、観念、ものごとの捉え方、を現したものである。フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルが自身の講演「実存主義はヒューマニズムであるか」(1945年)において最初にこの概念が提起され[1]、実存主義における基礎的な観念・概念となっている。サルトルの妻シモーヌ・ド・ボーヴォワールはこの考えを基に、「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉を残した。

概要
例えば、人間性という例を挙げ、人間性というものは存在するかもしれないが、その存在は初めには何をも意味するものではない、つまり、存在、本質の価値および意味は当初にはなく、後に作られたのだと、この考え方では主張される。

このように、この考えはキリスト教などの、社会における人間には本質(魂)があり生まれてきた意味を持つ、という古来からの宗教的な信念を真っ向から否定するもので、無神論の概念の一つにもなっている。』
『名称
「実存主義」の名称は ドイツの『一般文学新聞』において1815年に既に、Existentialismusというドイツ語で使用されている[4]。

第二次大戦後、治安、政情の不安定であったパリで、職に就かず、その日暮らしをしながらカフェやナイトクラブにたむろする若者を指して使われた。人生に目的を持たず不条理にただそこに現実存在している状態を批判する呼び方であり、いうなれば蔑称であった。実存主義を自ら名乗った哲学者サルトルも、初期はこの名称で呼ばれることを嫌っていた。』

九鬼周造
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E9%AC%BC%E5%91%A8%E9%80%A0

『……九鬼の哲学は「二元性」という特徴を持つ。まず、西洋と日本との伝統のあいだでの二元性。この問題は『「いき」の構造』へと結実していく。さらに、「偶然性」と「必然性」あるいは「自己」と「他者」の二元性。この問題から結実するのが、主著『偶然性の問題』である。そこには、この世に偶然生まれ落ちた「この私」の個体性と実存への眼差しと、論理では語り尽くせない「この私」のあり方を如何に語り出すのか、という問いがある。それゆえ、西洋哲学の根幹に存するイデア中心主義に対して、論理からこぼれおちる「偶然性」を取り上げた九鬼の哲学は徹底して個体にこだわる実存哲学であった。さらに、自己と他者の「独立の二元の邂逅」から偶然性と個体性を語る九鬼哲学は、現代哲学における「差異」という観点とも響き合い、現在注目を集めている。

— 京都大学大学院文学研究科・文学部思想家紹介、「九鬼周造」』
『逸話
・九鬼は留学中、フランスで若きサルトルから個人的にフランス語の練習を兼ねてフランス哲学について歓談したという逸話がある。一方でサルトルの方も、この時九鬼から現象学などの哲学についての影響を受けたのではないか、という説がある。
・九鬼は嫂(亡くなった次兄・九鬼一造の妻)の縫子(中橋徳五郎の長女)と30歳の時に結婚するも、この結婚は破綻した。2度目に結婚した相手は祇園の芸妓であった。これには彼の生い立ちや独特の美意識が影響していたのではないかと思われるが、周囲では「九鬼先生が講義にたびたび遅刻してくるのは、毎朝祇園から人力車で帝大に乗り付けてこられるからだ」という噂がまことしやかに話されていたとのことである。
・主な弟子に、日本で最初に医学を主題に哲学講座「医学概論」を開いた澤瀉久敬(大阪大学名誉教授などを歴任、国文学者澤瀉久孝の弟)がおり、全集編集委員(他に天野貞祐ら)でもあった。』

『論語ろんご』述而じゅつじ。「子し(孔子)、怪力乱神を語らず」
https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E6%80%AA%E5%8A%9B%E4%B9%B1%E7%A5%9E/

不可知論
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E5%8F%AF%E7%9F%A5%E8%AB%96

 ※ こういう「哲学的・思弁的」論争をかわす手段として、「不可知論」がある…。
 いろいろと、めんどくさいことを言い立てたり、「論争をしかけて来たりする」ヤカラが出てきた場合、「いやー、オレは、基本的に「不可知論」だから…。」とか言って、かわすわけだな…。ただ、そういう「議論」や「論争」に、相当「人生かけてる」人も、存在するんで、そこはよく観察して、対応しないとな…。

『概説
不可知論というのは、事物の本質は認識することができない、とし[1]、人が経験しえないことを問題として扱うことを拒否しようとする立場である[1]。現代の哲学で言えば、哲学用語で言う現象を越えること、我々の感覚にあらわれる内容を越えることは知ることができない、として扱うことを拒否する立場である。

agnosticismという表現は、トマス・ヘンリー・ハクスリーが自分の立場を言い表すために用いられはじめた、という[1]。それは1868年(あるいは69年)だという。 R.H.ハットンの1881年3月13日付けの書簡によれば、この語は、1869年の或る晩、Metaphysical Societyの結成以前に、Clapham Commonにあるジェームズ・Knowles邸で開かれた、或るパーティーでハクスリー教授によって提唱されたものである。彼は、それを聖パウロの「使徒行伝」の第17章23節の「知られざる神」の祭壇の言及から採った。

カント以降の「物自体は不可知だ」とする考えも不可知論である。

不可知論は本質的な存在については認識不可能だとする。そのような主張に至るには、懐疑論・現象学・実証主義などの立場によるものがある。

不可知論のなかにもさまざまなタイプがあり、存在を絶対のものとして、認識を言葉以上のものではないとする立場があり、また、認識が不可能であることを認めつつも本質的存在自体を想定することは可能であるとする立場もある。

宗教的不可知論のひとつのタイプとしては「神は「いる」とも、「いない」とも言えないのだ」とする中立的不可知論がある。他に、政治的な意図から無神論者であると言明するのがはばかられる場合に用いられることもあるが、これは政治的な運動であるマルクス・レーニン主義者や科学原理主義者などの無神論者からは “相対主義的だ”などと批判されることがあった。』

『歴史
古代ギリシアのピュロンなども不可知論者に入れることができる[1]。

古代インドのサンジャヤ・ベーラッティプッタという、ブッダと同時代の人物も不可知論者とされることがある。

釈迦(ゴーダマ・シッダールタ)は神の存在については肯定も否定もしなかったとされる。ただし、釈迦は仏教の開祖として宗教の枠組みの中に取り込まれた存在であるため、仏教が分派発展していく過程で釈迦が絶対的な存在を肯定している教典が多数存在する。

古代中国においては孔子が「怪力乱神を語らず」という立場であり、これも不可知論者と見ることもできる。

ヨーロッパの中世ではグノーシス派などがgnosis グノーシスによって神の本体を直接に知ることができる、としたのに対して、ローマ・カトリック教会では、神の存在は、人間理性にもともと備わる「自然の光」によって知られるが、神の本体そのものは知られない、神は人間には鏡に映る姿のようにおぼろであり、神と直接に対面できるのは別の世においてである、とした[2]。

近世では、哲学的な説として不可知論が再登場した。人間は有限な存在で知力が限られていて、世界自体が何であるか知ることができない、とする説である。人間の知識というのは、印象と観念に限られて、それらを越えたことは知識の対象にならない、というデイヴィッド・ヒュームの主張も不可知論の一種ととらえることができる[2]。また、カントが『純粋理性批判』において示した、物自体は認識できず、人は主観形式である時間・空間のうちに与えられた現象だけを認識できる、とする考え方も一種の不可知論である[2]。

「positivism ポジティヴィズム」(日本語訳では「実証主義」と訳されている[3])というのは、もともとの表現からも分かるように(神が)人間の感覚に与えているもの(現れさせているもの)だけを問題として扱い(議論し)、その他のことは扱うのは止めよう、とする意味が込められた表現であり、知識を経験可能なことに関するものだけに限ろうとしており感覚に現れないことは「形而上学」として排除しようとする手法であるが、もともとその根底には不可知論がある、と言える。こうした傾向は論理実証主義にも継承された。』

小野清一郎
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E6%B8%85%E4%B8%80%E9%83%8E

団藤重光
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A3%E8%97%A4%E9%87%8D%E5%85%89

〔南シナ海情勢〕

SCS Probing Initiative
https://twitter.com/SCS_PI

 ※ ここのサイト、注目だ…。
  南・東シナ海情勢、国内メディアはさっぱりだ…。
  ここのサイトは、ツイッター・ベースのようだが、艦艇の動きや偵察機の動きなんかが、よく分かる…。
  とても、「平穏無事」なものでは、無い…。
  「一触即発」とも言って、よさそうな感じのものだ…。いつ偶発的な衝突が起きても、おかしくは無い…。
  各人、随時チェックされたし…。

ロシア ガススタンドで爆発10人以上けが

ロシア ガススタンドで爆発10人以上けが 先月も別のスタンドで(2020年8月11日 6時08分)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200811/k10012561681000.html?utm_int=news-new_contents_latest_001

※ ヴォルゴグラードというところだ…。こんな場所…。過去に、何回も爆発事件があったところのようだ…。チェチェン絡みででも、あるものなのか…。

『ロシア南部の都市にあるLPガスのスタンドで大規模な爆発が発生し、10人以上がけがをしました。この地域では、先月にも別のスタンドで爆発が起きたばかりで、捜査当局が安全管理に問題がなかったか、原因を調べています。

ロシアの非常事態省などによりますと、日本時間の10日夜、ロシア南部のボルゴグラードにあるLPガスのスタンドで大規模な爆発がありました。

爆発の瞬間をとらえた映像では、ドーンという大きな音とともにオレンジ色の炎が空高くまで立ち上る様子が確認できます。

地元メディアによりますと、この爆発で非常事態省の職員4人を含めて合わせて13人が、やけどなどのけがをしたということです。

また、トラックから地下の貯蔵施設に、ガスを補充している際に、何らかの原因で引火して爆発したとみられるということで捜査当局はスタンドの安全管理に問題がなかったかどうか、調べています。

ロシア南部では、今回爆発が発生した都市に近いクラスノダール地方でも、先月下旬、LPガスのスタンドで大きな爆発が起きたばかりで、地元メディアは、十分に安全が確保されていなかったものとみて、当局による捜査が行われていると伝えています。』