メルケル首相「戦略的忍耐」

メルケル首相「戦略的忍耐」
駐留軍削減、出口なき米独摩擦 嫌米先行に危うさも
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62345160V00C20A8EA1000/

『米独関係の悪化が著しい。メルケル独首相が米国での主要7カ国(G7)首脳会議への出席を拒み、意趣返しでトランプ米大統領がドイツ駐留米軍を減らす。だがドイツは動じない。背景にあるのはトランプ流を馬耳東風で受け流す「戦略的忍耐」と呼ぶ対米政策だ。

G7で訪米拒否

発端はメルケル首相の冷たい一言だった。「(新型コロナウイルスの)感染状況をみると現時点では訪米できません」。5月下旬、報道官を通じてG7欠席を公言した。

当初はビデオ会議の予定だったが、トランプ氏が「正常化」の証しとして対面での6月開催を提案。安倍晋三首相らは出席するつもりだった。

だがメルケル氏は拒み、G7を延期に追い込んだ。メンツをつぶされたトランプ氏の激怒は容易に想像できたはずなのになぜ断ったのか。

メルケル氏自身は口をつぐむが、同氏に近い与党幹部は取材に「米国の無謀な要求を避けたかった」と首相の胸中を代弁した。欧州の首脳がG7で訪米したのを突破口に「経済浮揚のために、欧米間の往来制限を緩和しろ」などと迫られるのを警戒したという。

独政界では「大統領選に利用されたくなかった」ともささやかれる。トランプ氏の「成果」となるG7に協力したくなかった、との見立てだ。

周辺国への配慮もあった。欧州連合(EU)の会議は、ほとんどオンラインで済ませているにもかかわらず、米国だけを特別扱いできない。

米国は先延ばしを強いられたG7を秋に開く意向。ドイツが再び断れば「国際協調に背を向けた」と言われかねないため、慎重に判断するが仮に出席しても米国の言いなりになるつもりはない。

米国が騒いでもいちいち反応せず政権の瓦解を待つ――。2017年のトランプ政権発足時にドイツは持久戦に転じた。任期中は無理難題をのらりくらりと逃れる作戦。公には言わないが、政府・与党関係者は非公式に「戦略的忍耐」と呼ぶ。

不和、問題視せず

独与党の支持基盤はリベラル層で、人種差別発言を繰り返すトランプ氏を嫌う。「毅然と立ち向かう方が票になる」(与党筋)との打算もある。

だから米国がドイツ駐留軍を減らすと表明しても騒がない。「中国とロシアを利するだけだ」。取材に応じたメルケル側近の与党重鎮、カウダー前院内総務はけん制するが、米国をなだめようと下手に出る気配はない。独政界では親米派の発言力が低下し、米国との不和が「問題」とみなされなくなった。

安全保障の論客で野党、自由民主党のラムスドルフ副院内総務も冷静だ。「欧州全体でみれば米国はなお安全保障に深くかかわる」と取材に語った。いつもは与党に手厳しいのに、駐留米軍の削減を招いたことは「失策」ではないらしい。

気がかりは「ポスト・トランプ」に確執が持ち越されそうなことだ。米国はドイツに国防費の上積みを求めている。11月の米大統領選で民主党候補が勝っても、この要求は撤回されることはないとドイツは踏む。

そもそも実現は難しい。来秋のドイツ議会選では緑の党が躍進し、与党入りするとの見方が専らだ。反核運動が原点の同党が米国に従って軍拡をのむとは思えない。

ドイツほどではないが、欧州各国で米国離れが進む。フランスは米IT企業への課税に動き、イタリアは中国の「一帯一路」構想に手を貸す。

戦後の世界秩序は「大西洋同盟」という欧米の強い絆(きずな)が軸だったが、それが崩れた。英国がEUを離脱し、米国が自国優先に転じたことで、もともと思想も気質も異なるアングロサクソン(英米)と欧州大陸の溝が一気に深まった。

危ういのは「大西洋同盟」に代わる世界の安定役が見えないこと。英米に頼らずEUが担おう、とフランスは呼びかけるがドイツは煮え切らない。「嫌米」だけが先行し、責務を果たす覚悟がないなら無責任と言わざるをえない。

(欧州総局編集委員 赤川省吾)』