習近平氏が唯一恐れる「北戴河会議」は開かれるのか

習近平氏が唯一恐れる「北戴河会議」は開かれるのか
編集委員 中沢克二(2020/7/15 0:00)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61484890U0A710C2I10000/

『あと2週間ほどで今年の中国政局のクライマックスになる「北戴河会議」の季節がやってくる。

一般的に「会議」と呼ばれるが、それはあくまで非公式な意見交換の場でしかない。国家主席、習近平(シー・ジンピン、67)ら現役指導部と引退した長老らが河北省の保養地で重要課題を巡って意見を交わす形だ。

とはいえ今年は例年と様相が異なる。「現状を考えれば、まず(北戴河会議が)正常な形で開けるかどうかが最大の焦点になる」。中国政治の中心、北京から漏れ伝わる声である。しかも、何やらきな臭い。』
『■コロナ禍で長老ら健康に配慮

「北戴河会議」で注目されてきた江沢民元国家主席(中)と胡錦濤前国家主席(左)の握手。右後方は朱鎔基元首相(1999年、北京の人民大会堂で)

開催が危ぶまれる理由はいかにももっともらしい。「新型コロナウイルス感染症の国内流行が完全終息していない。高齢の長老らの健康を気遣うなら、あえてこの時期に長距離移動による北戴河入りを強いるわけにはいかないだろう」。正面からは異を唱えにくい。確かに中国の多くの有名観光地は、域内に入る人々にPCR検査の陰性証明を義務付けていた。まだ非常時は続いている。

とはいえ中国は今、未曽有の危機に見舞われている。深刻なのは実態的に中国から世界に飛び火したコロナ禍が拍車をかけた外交・安全保障上の問題だ。そこに香港国家安全法の施行がダメを押した。既に南シナ海での米中対峙も先鋭化している。

対米関係は1979年の米中国交正常化以来、最悪――。中国側から危機意識が出るなか、突如、国務委員兼外相の王毅が米中をテレビでつないだフォーラムで「中国は米国に取って代わったり対抗したりする意思はない」と発信した。こうした動きは、迫り来る北戴河会議にも大いに関係がある。

長老らとの意見交換の場である河北省・北戴河の海岸には、一般人の立ち入りを禁じる立て札がある幹部専用ビーチが多い』
『長年、北戴河の主役だったのは元国家主席の江沢民(93)と元首相の朱鎔基(91)、前国家主席の胡錦濤(77)と前首相の温家宝(77)らだ。長老の名にふさわしい影響力を持つのは彼らを含む十数人。軍事パレードの際、天安門上に立つ面々である。

江、朱、胡、温ら習時代以前の中国を代表する4人は必ずしも仲が良いとはいえない。だが中国の高度成長を演出し、爪を隠して力を蓄える「韜光養晦(とうこうようかい)」と呼ばれる鄧小平以来の対外政策を守ってきた。

ところが習は2012年に共産党トップに就いた後、あっさり「韜光養晦」を捨て去り、「強国路線」に急旋回してゆく。従来計画より大幅に前倒しで経済的、技術的に米国に追い付く戦略は、結果的に米国との抜き差しならない対決を招いてしまった。

共産党は対外的には「一枚岩」を装うが、その実、内部には様々な意見がある。習が推し進める政策一つ一つが党内で全幅の支持を得ているのかというと必ずしもそうではない。異論を唱えるのが一部幹部だけではなく、裏に影響力を持つ長老らがいるなら対処は一層、難しくなる。

軍事パレードを前に談笑する習近平国家主席(左)と江沢民元国家主席。右は胡錦濤前国家主席(2015年9月3日、北京)=写真 柏原敬樹

『香港国家安全法は、中国共産党の長い歴史上、重大な決定の一つとなった。毛沢東が奪権のため抵抗勢力に「反革命」のレッテルを貼って迫害した文化大革命(1966~76年)、鄧小平が主導した78年からの経済面の「改革・開放」、89年に起きた天安門事件での軍出動と並ぶ重大さだ。

今、香港国家安全法を巡って国際的な大問題になっているのは、外国人が香港ではない外国で行った行為まで処罰対象にする驚くべき条項である。理論上、世界の誰もが中国が勝手に決めた罪に問われかねない。世界の言論・表現の自由、経済活動の自由に関わる重大事だけに、自由主義諸国ばかりではなく、外国企業からも強い懸念が出ている。これは予想された事態だ。それでも習政権は強行した。』
『苦労して対米関係をコントロールしてきた長老らはひと言、クギを刺しておきたい。「急ぎすぎるな。過信は禁物だ」。そんな感じだろうか。既に高齢だけに今年を逃すと、次の機会はないかもしれないのだから。

もう一つ、理由がある。中国の指導者や高級官僚の子弟、親戚の多くは留学や仕事で米国に滞在し、海外に資産も保有する。金融資産のほか、土地・建物など不動産も多い。その額は莫大だ。米トランプ政権が中国要人の個人に幅広く制裁を科すなら「被害は甚大で、思った以上に衝撃が走る」。海外滞在経験が長い中国関係者が指摘する。こちらは実利的すぎるが、深刻な問題でもある。

■緊張で上の空

かつて北戴河会議など中国の内政は一部の人々の関心事でしかなかった。だが、今や中国政治は国際情勢を大きく動かす。世界の注目度も年々高まっている。では習近平にとって北戴河会議はどういう場なのか。過去を振り返ってみたい。

2014年8月上旬、北戴河入りした習は緊張で表情が硬く、言葉も少なかった。歩きながらも頭には不安がよぎり、なんとなく上の空だ。お付きの人々らから建物の段差に気を付けるよう促されても反応がない。

これに先立ち、習近平は最高指導部メンバーだった周永康、軍制服組トップだった中央軍事委員会副主席の徐才厚と次々に大物を摘発していた。「反腐敗は新しい情勢にある。腐敗と反腐敗の両軍の戦いが膠着状態だ」「誰が誰を恐れるというのか。試してみようじゃないか」。習は直前の内部会議でこうたんかを切っていた。』
『名指しされたに等しい江沢民とその一派の不満は明らか。北戴河は会議開催前から不穏な空気が漂っていた。「党の権威、秩序が崩れかねない」。こう考える長老らの意を受けて共産党政治局常務委員の過半数が造反すれば習の権威は失墜する。だが長老らは習の勢いに押されて異論を腹におさめ、最後は団結を誓った。北戴河会議の山を乗り切った習は晴れ晴れとした表情を見せた。

今の習は6年前とは違う。17年の共産党大会を経て、憲法改正までして国家主席の任期制限を撤廃し、権力固めにまい進する。それでも北戴河会議は面倒な場であることに変わりはない。長老を仮想敵にして「誰が誰を恐れるというのか」と言い放った習だが、今でも気をつけなければ足をすくわれる。中国の権力闘争は一寸先は闇。唯一、恐れなければいけない会合なのである。

そこには習を推してきた後ろ盾である「紅二代」も控えている。革命時代からの高級幹部の子弟らはかつて「太子党」とも呼ばれた。だが、その「紅二代」の一部からも最近、習の強引な手法に異論が出始めている。

父が副首相まで務めた習も「紅二代」の一人だ。ところが17年の共産党大会人事で、意外なほど「紅二代」「太子党」を起用せず、自らの過去の部下ら顔見知りばかりを抜てきした。ここにもあつれきが生じる下地ができている。

■SARSで中止の例、22年ぶり大水害も影響

さて、今年の北戴河会議をどうするのか。完全な形の開催以外の選択肢は(1)防疫上の理由から北戴河での行事は中止とし、北京で必要な会議を開催(2)規模を縮小して北戴河で開催し、長老らの参加は事実上拒否、などだ。

(1)の選択肢には実はモデルとなる先例がある。03年、当時の胡錦濤政権は重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行に伴い、北戴河会議を中止した。ここにはSARS禍を逆に政治利用して、長老支配から脱する思惑もあった。

洪水で冠水した中国安徽省黄山市内(6日)=新華社・共同
一方、ここにきて新たな事情が加わりつつある。13日までに計3900万人近くが被災していると突然の発表があった中国南西部、東部中心の水害だ。これも北戴河会議に影響しかねない。

1998年夏には今年、コロナ禍に見舞われた湖北省武漢などで歴史的な大洪水が起き、その対応のため、決定していた江沢民の日本訪問までも延期された。水害を甘く見てはいけない。習自ら対策を指示した以上、終息まで責任が生じる。簡単に北京を離れるわけにはいかない。

2年後の共産党大会で習の権力が具体的にどのように維持されるのか。その行方に大きく影響する今年の北戴河会議の形は、現下のコロナ禍と大水害も相まって見えにくい。(敬称略)』