コロナ後の中国:習近平指導部の持久戦

https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00600/

※ これまた、参考になる記事だ…。
  読んでおくべきと、考える…。

『新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の地球的規模での感染爆発は、世界各国で多くの犠牲を生んでいる。感染症と対峙している各国の政府は、その成果をもってガバナンス能力が測られている。このため権威主義国家の政府は、感染症への対処を支配の正統性に直結する政策課題と捉えている。

習近平指導部は、世界で最も早くコロナの感染爆発という課題に直面した。コロナ対処の初動に手間取った指導部は、それを挽回するかのように、「力強い指導力」をもって「感染症対策に大きな戦略的成果を収めた」と喧伝している。この「物語」は、今後、指導部の権威と権力を補強する材料として強化されてゆく。しかし指導部はコロナを押し返したわけではない。現実には持久戦に入ったにすぎない。

指導部はコロナとの対峙をどの様に理解しているのか。この問いは、指導部がこれからの持久戦の行く末、すなわちコロナの感染爆発後の世界をどう展望しているのか、を理解するための手掛かりとなる。本稿は、2020年5月に開催された全国人民代表大会(以下、全人代)を手掛かりに、指導部の眼前に広がる光景を描いてみたい。

論点は2つある。その1つは、指導部はコロナを誰が押し返していると理解しているのかである。これは内政への視点である。いま1つの論点は、コロナの感染爆発が世界のパワーバランスにどの様な影響を与えていると理解しているかである。これは外交の視点である。

“草の根の力”評価に潜む矛盾
指導部は誰がコロナを押し返していると理解しているのか。全人代にて李克強国務院総理がおこなった政府活動報告(以下、活動報告)が、その答えを明確に示している。

活動報告は、まず習近平国家主席が自ら指揮をとって、この問題に対応したという。そして習の指揮の下で、共産党と国務院に設けられた政策調整組織が重要な役割を担ったこと、医療関係者や人民解放軍将兵、そして科学技術者を含む「社会全体」が協力したこと、その結果として「人民戦争、総力戦、阻止戦を繰り広げた」、と力強く語っていた。

活動報告は、これに加えて、興味深いアクター(行為主体)について言及していた。感染症と対峙した「社会全体」のなかに、コミュニティワーカーやボランティアを書き込んだのである。

中国も日本と同様に、自然災害に頻繁に見舞われてきた国家である。2003年春に発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)の後、04年3月の活動報告はSARSにどの様に対峙したかを述べていた。また、08年5月の四川省での大地震の後、09年3月の活動報告は震災復興にどう向き合ったのかを明らかにしていた。先行研究は、この2つの災害に際して、ボランティアが活躍したことを指摘していた。しかし、当時の活動報告は、彼らについては語っていなかった。

ボランティアやコミュニティワーカーは、中国の行政区分の中でも一番末端(都市部では「社区」といわれる草の根レベル)の部分で活躍する人たちである。活動報告が彼らについて言及したことの評価は分かれる。1つの見方は、活動報告は共産党による一党体制を支える末端組織が期待されている役割を忠実に担っていることを説明している、である。しかし、これを別の観点から見るのであれば、共産党の中枢(例えば党中央とそれを支える政府や軍)の活躍だけでは感染症を押し返すことはできなかった、とも読み取ることができる。そうだとすれば、活動報告は共産党の力が中国社会の中で相対化していることを告白しているとも理解できよう。

感染症対策を徹底する要は公衆衛生であり、公衆衛生の主要な担い手はボランティアやコミュニティーワーカーを含む草の根レベルの力量である。彼らを「社会力量」という。指導部は支配を維持するためには、もはや彼らを無視できないのである。1980年代に「改革開放」の道を選択して以来、歴代の指導部は、一元的な政治と経済発展にともなって多元化する社会との間の矛盾に囚われてきた。活動報告は、指導部がコロナとの持久戦を通じて、この矛盾に一層に深く囚われてゆく姿を描いているといえる。

雇用政策が最重点課題に
活動報告は、これとはもう一つ別の観点で「矛盾」が深刻化している現実を語っている。

よく知られているとおり、今年の活動報告は経済成長率についての具体的な目標を書き込まなかった。その理由を活動報告は、「経済の将来展望が予測不可能な状況にあり、数値として示すことが難しいため」と述べているが、重要な意味はそこではない。経済成長の数値目標が書き込まれなかったことは、支配する側(指導部)と支配される側(社会)の間にある「暗黙の交渉」の変更を意味する。これまでの指導部にとっては、経済成長の目標を示し、それを達成することは支配への支持を獲得するための主要な実績であった。しかしコロナの感染爆発の結果、指導部は経済成長とは異なる種類の支持を獲得する必要性に迫られているのである。

活動報告は、それが雇用対策であるという。全人代閉会直後の記者会見の場で李克強総理は、「雇用」は人々にとって「天ほど大きい問題であり」、「この数日、私は中国政府のウェブサイトへの書き込みを見たが、その3分の1ほどは就業に関するものであった」と述べていた。また、全人代での審議を通じて、今年の活動報告は89の修正箇所のうちの31が民生あるいは雇用に関する問題だった。この数値は指導部の関心が雇用に集中していたことの証左である。

感染症と対峙しながら雇用問題を解決する。「感染症対策」が人の移動を制限すること、「雇用対策」が経済活動の活発化を促すことだとすれば、指導部は相反する要求を内包する2つの政策課題と直面していることになる。中央と地方、都市と農村では、政策の力点は異なるだろう。コロナの感染爆発後に、指導部が対峙している内政の課題は、それまでの経済発展という単一で明快な要求に如何に応えるのかという課題から、感染症対策と雇用対策という相反し複雑な要求にいかに応えるのかという課題へと変化したのである。一党支配を持続させるために指導部は、社会が表出する利害の調整能力の強化を求められている。もちろん、この「能力の強化」には、社会に対する管理(=統制)の強化という政策手段も含まれる。指導部の内政に対する不安全感は高まっている。

パワーバランスの流動化を見据え、国家の安全を重視
コロナの感染爆発は世界のパワーバランスにどの様な影響を与えたのか。習近平は、全人代会期中に行われた人民解放軍と人民武装警察部隊の代表団会合において、きわめて率直にその影響についての認識を披露していた。

習近平は、感染爆発が世界のパワーバランスの流動化を促す可能性を内包していること、それが中国の安全と発展にとっても深刻な影響を与えていること、この結果、指導部は最悪の事態を想定して備えるだけでなく、「さまざまな複雑な状況に迅速かつ有効に対処する必要がある」という行動方針を示した。近年、習近平は、世界のパワーバランスが流動化する可能性があること、その結果として国際秩序のゲームのルールが変化する可能性があるという、局面の大きな変化に国際社会が直面しているとの認識を繰り返し示してきた。習近平の言葉を借りれば、「百年に一度の局面の大きな変化(百年未有之大変局)」である。

そして習近平は、2019年1月に開催された省レベルと部長レベルの幹部が出席する会議で、「百年に一度の局面の大きな変化」を迎える上で取り組むべき課題を示していた。それは、発生の確率は低いけれども、万が一発生したら大きな影響をおよぼすリスクである「ブラックスワン」と、確率は高くまた発生した場合は大きな問題をもたらすにもかかわらず軽視されているリスクである「灰色のサイ」といったリスクを未然に防ぐために備えること、そのために「危機をチャンスに変えるために戦略的で主体的な行動を選択する」ことであった。

習近平は、全人代において、「百年に一度の局面の大きな変化」をめぐる認識を一歩深めた発言をした。コロナの感染爆発が、「百年に一度の局面の大きな変化」に影響をあたえ、その結果として自国の安全にも影響をあたえる可能性がある、と指摘したのである。

習近平が示した国家の安全をめぐる問題意識は、2020年の国防支出の増額の妥当性を支える国際情勢認識としても語られていた。全人代会期中、人民解放軍と人民武装警察部隊代表団に所属する報道官は、「経済の将来展望が予測不可能な状況にあり、数値として示すことが難しい」にもかかわらず、国防支出が6.6%の伸びを示した理由を、「発展と安全を一体として進め、憂患意識を高め、治に居て乱を忘れずということが、わが党の国政運営の重大な原則である」という習近平の言葉を引用した上で、次のように述べていた。「国防建設と経済建設の協調的発展が必要」であり、そして「国防予算を積算する際、経済と安全という2つの観点があるが、より重要なことは安全である」。指導部は、いま国家の安全に対する不安全感を大きく強めている。

香港の行方が試金石?
本稿は、全人代を手掛かりにして、指導部の眼前に広がる光景を描いてきた。

市場経済化の道を歩んできた共産党は、一元的な政治と多元的な社会の矛盾に囚われてきた。コロナはこの国内情勢認識をめぐる不安全感を深めた。一方でコロナは「百年に一度の局面の大きな変化」に直面しているという国際情勢認識を一歩深めて国家の安全をめぐる不安全感を突出させた。

これに対して指導部は、「危機をチャンスに変えるために戦略的で主体的な行動を選択する」という行動の方針を示している。しかし内政と外交をめぐる難題に直面している指導部は、持久戦を「戦略的で主体的な行動」を通じて戦い抜いた先の世界、すなわちどのようなコロナの感染爆発後の世界を展望しているのかはまだ示していない。しかし、もしその姿を、私たちは指導部の香港に対する政策を通じて垣間見ているのだとすれば、中国が築こうとしている国際秩序に備えなければならない。

バナー写真:北京の地下鉄車内の画面に映し出された、中国全人代の閉幕式に臨む習近平国家主席=2020年5月28日(共同)』