ファーウェイ包囲の切り札…。

ファーウェイ包囲の切り札 米半導体設計ツール断絶
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61231450X00C20A7000000/

『米国が中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)への規制を強化している。包囲網の切り札として浮上してきたのが、最先端半導体の開発に不可欠な「EDA(電子設計自動化)」ツールだ。』
『同社が強みとするプロセッサーや通信用ベースバンドICなどの設計には、米企業製のEDAツールが欠かせない。米企業が提供するEDAツールが業界標準となっているからだ。このEDA分野での圧倒的な優位性を生かすことで、ファーウェイに揺さぶりをかけてきた。

米商務省産業安全保障局(BIS)は5月15日、ファーウェイへの規制強化を目的とした輸出管理規則(EAR)の改正を発表した。その狙いは、同社独自開発の半導体のサプライチェーンにおいて、米企業のソフトウエアや製造装置を利用できなくすることにあるとみられる。』
『EARに基づいた禁輸対象(エンティティーリスト)にファーウェイおよび関連企業が追加されたのは、2019年5月16日である。同日以降、「米国で造られた製品(米国製品)」「米国外で造られた製品(非米国製品)のうち、米国で造られた部品(米国製部品)や米国由来技術の価値が金額ベースで25%を超えるもの」をファーウェイに供給することが禁じられた。裏を返せば、米国産部品や米国由来技術の割合が25%以下の非米国製品ならば供給できるということだ。

エンティティーリスト入り後もファーウェイが独自開発のプロセッサーなどを確保できていたのは、この条件のおかげだろう。同社はこれらの半導体について、傘下の海思半導体(ハイシリコン)で設計し、台湾積体電路製造(TSMC)をはじめとする半導体受託製造会社(ファウンドリー)に造らせてきた。

エンティティーリスト入りでファーウェイがこのサプライチェーンを維持できるかどうかに関心が集まったが、大きな影響はみられず、同社はむしろ独自開発の対象を高周波(RF)半導体などにも広げてきた。だからこそ、米政府は新規制でさらなる強化に踏み出したわけだ。

〔■わずかな可能性も潰す〕

新規制の効果は、まず製造面に表れた。新規制の発表直後、TSMCが米アリゾナ州に半導体前工程工場を建設することを明らかにしたのである。併せて、「ファーウェイからの新規受注を停止」とも報じられた。TSMCはファーウェイからの受託が新規制に抵触すると判断したもようだ。

ファーウェイの最新プロセッサーや次世代通信規格「5G」対応ベースバンドICは、7ナノ(ナノは10億分の1)メートルプロセスを前提に設計されている。現時点で7ナノメートルプロセスの量産能力を持つのは、TSMCの他には韓国サムスン電子だけ。そのサムスンも、米国の狙いを鑑みればファーウェイの依頼を受けるとは考えにくい。とはいえ、数々の技術を取り込んできた中国が、将来的に最先端半導体の量産体制を構築する可能性も完全には捨てきれない。

そこで、米政府はそのわずかな可能性をも潰すために、EDAツールの利用についても規制を強化したのだ。EDAツールの上位3社は、シノプシス、ケイデンス・デザイン・システムズ、メンターといずれも米企業である。

18年秋に明るみに出たファーウェイ「核心的サプライヤー」のリストにもシノプシスとケイデンスの名前があった。ファーウェイやハイシリコンがプロセッサーやベースバンドICなどの設計に米企業のEDAツールを使っているのは間違いない。

そもそも、米企業のEDAツール自体が米国製品の一種であり、エンティティーリスト入りの時点で何らかの影響が出ていてもおかしくなかった。ファーウェイやハイシリコンが既に購入していた分は引き続き使えたとしても、新規に購入したり、アップデートを受け取ったりすることはできなかったはずである。

しかし、実際には前述の通り、大きな影響はみられなかった。このことから、ファーウェイやハイシリコンはグループ外の企業に技術者を出向させるなどして、規制を回避していたのではないかという見方もある。今年5月にBISが打ち出した新規制は、こうした「抜け道」も封じる狙いがありそうだ。

ここで考えられるファーウェイ側の対策は2つある。第1に、米国製以外のEDAツールを中国など米国外で開発すること。第2に、これまでのように何らかの抜け道を探して米国製のEDAツールを使い続けるということもあり得る。ただ、EDAによってつくり出された強固で複雑な半導体設計チェーンを考えると、いずれの試みもほぼ不可能である。

〔■複雑なEDAチェーン〕

EDAと一言で言っても、例えば業務用ソフトは文書作成にWord(ワード)、表作成にExcel(エクセル)、プレゼンテーション作成にPowerPoint(パワーポイント)があるように、用途や機能が異なるツールがある。複数のEDAツールを使うことで、欲しい半導体の仕様を、半導体製造装置向けのデータに変換することができる。

EDAツールは大きく2種類に分類できる。1つが設計そのもの、すなわち仕様などの抽象的なデータを実物に近いデータにする作業を実行するツール(設計系ツール)。もう1つが設計結果を検証するツール(検証系ツール)だ。

現在、EDAツールが扱える抽象的なデータは、欲しいデータの処理内容を表した動作記述で、ソフトウエアプログラミングでおなじみのC言語やC++で表現する。

ただし、この動作記述を、半導体製造装置向けのデータに一気に変換できるEDAツールは存在しない。複数の設計系ツールを使って、順繰りに、抽象度を下げる。抽象度を下げた設計結果が得られると、検証系ツールを使ってその設計結果が正しいかどうかをチェックする。結果が正しければ、次の設計系ツールを使って抽象度を下げる、そして検証するという繰り返しになる。

〔■全ツールを提供できるのは2社〕

市場にある、論理ICの設計系ツールは、主に3種類。動作記述をRTL(レジスター転送レベル)記述に変換する「高位合成ツール」、RTL記述をネットリスト(接続情報)に変換する「論理合成ツール」、ネットリストを製造装置で使うマスクのデータに変換する「配置配線ツール(レイアウト設計ツールとも呼ばれる)」である。

検証系のツールは種類が多いが、代表的なツールとしては、論理回路の機能を動的に解析する「論理シミュレーター」、論理回路の遅延時間を静的に解析する「スタチック・タイミング・アナライザー」、マスクデータを検証する「レイアウト検証ツール」を挙げられる。

ここまでの説明で登場したEDAツールをすべて提供できる企業は、現在、シノプシスとケイデンスの2社だけである。先端プロセスの論理ICを受託製造できる2社、すなわちTSMCとサムスンは、シノプシスとケイデンスのツールを使って設計したICを製造できる体制を築いている。

なお、独シーメンスの傘下に入ったメンターもいくつかのEDAツールを提供しているが、レイアウト検証ツールや論理シミュレーター、高位合成ツールを除くと、シノプシスやケイデンスに比べて影が薄い。

EDAツールとともにIC設計で使われるIPコア(回路の設計情報)について触れておく。英アームが提供するCPU(中央演算処理装置)コアはIPコアの代表例で、論理合成ツールに入力可能なRTL記述として提供される。IPコアを購入することで、そのIPコアの設計をしなくて済む。

〔■中国での開発は無理〕

ほぼすべてのEDAツールは米国製であることから、ファーウェイの機器で重要な役割を担う先端論理ICを、米国由来のソフトウエアなしで設計することは不可能といえる。

EDAツール企業で実際に開発しているのは中国系やインド系のエンジニアが多く、中国系エンジニアが中国に戻ってEDAツールを開発すれば大丈夫だという声がある。実際、中国内でEDAツールを開発するプロジェクトは進行している。こうして、米企業のEDAツールの初期バージョンと等価なEDAツールは開発できるかもしれない。とりあえず動けばいいというICはその初期バージョンで設計できるだろう。

しかし、競合するICに勝るどころか、同じような性能で動くICを設計するのさえ、ほぼ不可能だと思われる。

先端論理ICの設計に使われるEDAツールは、EDA企業、スタンダードセル(基本的な回路)を手掛けるアームなどの企業、ICの受託製造企業、半導体メーカーや大手機器メーカーといった世界中の半導体設計者が協力して最適化作業をして、第2、第3バージョンを仕立てている。中国で開発したEDAツールに対して、こうした最適化が行われることは難しく、そのツールでは市場競争力のある先端ICは設計できないといえる。

EDAツールに関しては、もう1つ留意しておきたいことがある。EDAツールはソフトウエアなので、製造装置と比べて、どこで誰が何のために使ったかは分かりにくい。このため、EDAツールの規制は製造装置のそれに比べて網をかけるのが難しいとの声がある。

しかし、米政府が本気になると、設計結果を得るために使ったツールの情報は比較的簡単に割り出せる。デジカメで撮った写真に付加されるカメラの機種や撮影日時のような情報は、EDAツールで得られた設計データにも存在するのが普通である。設計結果本体は業界標準データ形式で表されるため、どのツールを使ったかは分からないかもしれない。しかし、「付加データを見せろ」と言われれば、一発で分かってしまう。

上述したように、EDAツールは初期バージョンから次々に改良されていく。バージョンが異なると、設計結果に差が生じる。このため、ある設計データがどのバージョンで設計したかが分からないと、品質管理面で問題が起こる恐れがある。設計データの付加データは意外に重要で、設計者がそれを保存しないことはあり得ない。「付加データはないです」とは答えられない。

つまり、抜け道経由で米国製EDAツールを使って設計・検証することは、ほぼ不可能に近いのだ。

(日経クロステック 小島郁太郎、高野敦)

[日経クロステック2020年7月6日付の記事を再構成]