米中経済の断裂不可避…。

米中経済の断裂不可避 中国が最悪想定あえて暴露
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61241030X00C20A7I10000/

『南シナ海で米海軍の原子力空母「ロナルド・レーガン」と「ニミッツ」の2隻が軍事演習を実施し、同じ頃、中国海軍も南シナ海、東シナ海と黄海で実戦演習をした。米中が同じ海で軍事的に張り合う異例の事態である。

そんな緊張の中、中国国内で大きな話題になっている論文がある。中国内と世界が長期にわたり新型コロナウイルス感染症から抜け出せない事態を前提にした内容は衝撃的だ。産業サプライチェーン(供給網)の断裂、人民元圏と米ドル圏の分断が招く米中経済の事実上のブロック化。そんな最悪のシナリオに備える覚悟を中国国民に迫っている。

■危うい習近平政権の将来設計

論文の書き手は中国共産党の政党外交を担う対外連絡部の元副部長、周力(65)。閣僚級に相当する立場にいた高級党官僚である。その警告は、目下の中国政府の公式見解と大きく異なり、極めて先鋭的だ。ポイントは以下の6点である。(※ 番号は、オレがつけた)

1、「対米関係悪化の加速に備え、闘争レベルが全ての面で上がる事態に備えよ」

2、「外部の需要の萎縮に対応し、サプライチェーン断裂への準備を怠るな」

3、「新型コロナウイルス感染症の常態化、ウイルスと人類の長期的な共存に備えよ」

4、「米ドルの覇権から脱するため、一歩一歩、人民元と米ドルのデカップリングを実現する準備をしよう」

5、「地球規模の食糧危機の爆発に備えよ」

6、「国際的なテロ勢力の復活に備えよ」

冒頭で紹介した軍事的対峙がエスカレートする実際の戦闘を回避できたとしても、中国経済は当面、かなり苦しい我慢を強いられる。その表現は役所の作文と異なり、かなり直接的だ。

「国際組織による今年の世界経済成長予想はマイナス4.9%程度に下方修正され、1930年代の世界恐慌以来、最もひどい経済衰退が進む。我が中国の輸出企業の受注は大きく減り、企業の生産は停滞し、国際的な物流は滞る。原料が供給されず、製品は運び出せない現象が激増し、我々の安定的な成長や雇用確保に巨大な圧力になる」

そう言い切っている。さすがに直接の言及はないが、中国経済もゼロ成長、マイナス成長さえありうる厳しさが浮き彫りになっている。まさに想定外の事態を指す「黒い白鳥」の到来である。

しかも中国、ロシア、イランの企業による国際決済までも大半の情報は、国際銀行間通信協会(SWIFT)が関与する米ドル中心のシステムを通じて米当局に握られているとして、人民元圏の劣勢をにじませた。今後、サプライチェーン分断が進めば、中国の通信機器最大手、ファーウェイ(華為技術)の5G戦略などにも大きな圧力になりうる。

周力の予測が正しいならば、国家主席で共産党総書記である習近平(シー・ジンピン)の政権がこれまで思い描いてきた様々な将来設計も大きく崩れてしまう。それどころではない。こうした「経済ブロック化」から「鎖国システム」にまで突っ込んでいくなら、中国は高度成長の足掛かりとなった2001年末の世界貿易機関(WTO)加盟以前の世界に確実に戻ってしまう。

いや、もしかしたら1979年の米中国交樹立の前にまでタイムスリップしかねない危機に陥る。その少し前は、毛沢東が発動した政治運動である「文化大革命」で多くの無実の人々が反革命の汚名を着せられ、さらに前の「大躍進」では膨大な数の餓死者が出ているのだ。

確かに習近平は最近、「ボトムライン思考」という表現で対米関係を含む最悪の事態に備えるよう号令を発してきた。しかし、どこまで中国を巡る情勢が悪化するのかという「新冷戦」の具体的な水準への言及はタブーだった。

周力は、対米関係悪化に関して、米トランプ政権と米議会による対中圧力の継続的な強化を指摘し、香港国家安全法に絡む香港への優遇の取り消し、米艦船の台湾海峡への派遣、南シナ海での挑発を挙げた。

新型コロナウイルスに「中国ウイルス」という汚名をかぶせて国連安保理決議に盛り込もうとするばかりではなく、中国が保有する米国債を差し押さえて賠償金に充てる形でアフター・コロナの清算をしようとしている。そう批判している。

■共産党独特の特殊な諫言か

唱えたのは単なる学者ではなく、共産党外交の中枢にいた人物である。しかも論文が掲載されたのは、中国政府のシンクタンクである社会科学院が発行する新聞が組んだ「人類運命共同体」特集の一部だ。新聞には簡略版だけが掲載され、全文は他の中国内のインターネットメディアなどを通じて流布された。

新聞紙面は、習近平が唱える国際政治上のスローガンである「人類運命共同体」を持ち上げる宣伝が趣旨なのに、周力論文の内容だけが浮いている。これでは人類運命共同体が、米国にケンカを売る「ブロック経済」的な枠組みであることが浮き彫りになってしまう。

いかにも不可思議な状況だけに、絶望的に見えるシナリオをあえて暴露した意図を巡って様々な解釈、臆測が広がった。

万一、いきなり米中分断に突っ込んでいけば中国国民が動揺し、社会不安につながりかねない。その前に建前を排した本音を暴露し、いわば「ダメージコントロール」につなげる。素直な解釈だろう。「中国は決して負けない」「米国をやっつけろ」。中国国民の読後の感想として多い反応だ。

その一方で「米中分断なんて夢想だ。そんな手法でやっていけるはずがない」という冷ややかな声もかなり聞かれる。中でも気になるのは、共産党独特の意見表明の手法である「暗喩論」である。党の意志に忠実なように見せかけながら批判、諫言(かんげん)する伝統的なやりかただ。

論文後半では既に顕在化している食品価格高騰と、世界的な食糧危機の到来に触れている。中国の大豆輸入は世界最大で、そもそも工業化とともに食糧自給を放棄した歴史がある。グローバル経済が機能する良好な国際環境なしに、中国人の食卓は成り立たない。

論文の最後では国際テロ組織の復活という大胆な予想もしている。食糧危機と国際テロへの対処という2項目は、巨大な食糧輸出国で世界の警察でもある米国との良好な関係なしに解決するのは難しい。

「周力論文は特殊な形の諫言ではないのか」「食い止めにくい上層部の暴走に対し、形を変えて不満を表明している可能性がある」。共産党内の一部には、こうした見方さえある。

周力の経歴も興味深い。1989年のベルリンの壁崩壊から91年のソ連崩壊までの現代史を現地感覚で知り抜いている。外交官としてモスクワに駐在していたのだ。経済的に追い詰められたソ連の自壊を彼がどう分析しているのか大いに気になる。

■「男は一人もいなかったのか」

一方の習近平もソ連崩壊に思い入れが強い。その歴史を反面教師とする強烈な慨嘆の言葉を吐いているのだ。「最後はゴルバチョフの軽い一言でソ連共産党は解散した。党員の比率から見てもソ連は我々を超えていたのに。男は一人もいなかったのか。出てきて抗い戦うような……」。党のトップである総書記に就任したばかりの2012年12月、広東省で口にしたエピソードだ。

何としても共産党が統治する中国を守り抜く。「カラー革命」につながりかねない動きは断固、力で阻止する。そのための強硬手段の一つが、香港で突如、施行された香港国家安全法だった。米国をはじめとする自由主義諸国との関係が犠牲になったり、サプライチェーンの分断が起きたりしても致し方ない。そういう中国共産党独特の政治を優先する考え方である。

習近平の経済ブレーンとして米中貿易第1段階合意を取りまとめた副首相の劉鶴も最近、国内循環を主とした経済への転換に言及している。6月中旬のことだった。そこには、習が対米貿易戦争が勃発した初期に触れた毛沢東式の「自力更生」のにおいがする。

高級党官僚、周力による突然の最悪シナリオ暴露の真意はどこにあるのか。その言葉通り絶望的な米中経済圏の分断に突っ込んでいくのか。軍事的な衝突は本当に回避できるのか。世界中が今、注視している。(敬称略)』