長引く将来への不透明感

長引く将来への不透明感
経営者ブログ 鈴木幸一 IIJ会長
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61184550W0A700C2000000/

『書物に没頭していても、テレビをはじめとするメディアに、少しでも触れる時間があると、ますます、突出した振る舞いが緊張関係を増大している米中など世界の厳しい状況が耳に入る。中国は、香港に対する「一国二制度」といった統治から、国際的な批判に対して、まったく顧慮せず、香港も中国の「1国1制度」へと、厳しい転換を実現した。また、ロシアは国民投票によって憲法改正を実現し、プーチン政権の超長期化が可能となった。経済の破綻リスクを考えれば、米中対立もおのずと、決定的な事態には進むことはないだろうというのが、メディアの論調だが、長い歴史を見れば、中国が他国と対等な関係という枠組みで付き合ったのは、19世紀以降のわずかな時間でしかない。中国にとって、中国はいつも世界の中心であるという存在の形態が、すべての基本である。一方、米国が世界の中心として存在するようになったのは、20世紀のことである。14億人とされる人口を抱え、近未来に米国を抜いて超経済大国になろうとする中国、軍事費の増大に歯止めがない中国が、一時的にはともかく、長期的に米国との協調を第一義とする政策を実行することは、極めて難しい話である。素人から見ても、中国とは、そうした大国としての歴史を持つ国なのである。ところで、21世紀の鍵となるIT(情報技術)では、中国があっという間に米国と並ぶ存在となっている。膨大な人口、広大な国土、多民族の中国を一つの国として統治していくために中国ほど、ITを徹底的に利用できる大国はない。インターネットの徹底的な利用、拡大において、最も障害となるのは、監視につながるプライバシー問題なのだが、なによりまず、個人ではなく国家が優先する施策を実現できる中国に、制度や仕組みにおいて、先進民主主義国がキャッチアップできると思えない。』
『ところで、新型コロナウイルスが広がる世界で、インターネットが画期的な役割を果たしている状況を見るにつけ、なんとも言えない感慨を持ってしまう。インターネットが電話に代わる通信の基盤になると確信し、本格的な商用化を目指してIIJを創業、30年近くになる。「あらゆる情報がネット上に存在するようになり、通信が電話からインターネットに変わることにより、ネット上にある情報にどこからでも自在にアクセスできるようになる」。インターネットは20世紀最後の巨大な技術革新であり、インターネットの爆発的普及が始まった以後の世界は、政治、経済、産業に始まって、人々の暮らしに至るまで、すべての仕組みを変えてしまう。技術革新の本質は、通信と情報(コミュニケーションとインフォメーション)が、コンピュータサイエンスという同じ技術基盤の上で発展することの未来を、念仏のように繰り返し話していたのだが、理解をしてくれる人は少なかった。ひとえに私の話し方に問題があったのかもしれない。』
『IIJを設立したのは、1992年。米国のナスダック市場に上場したのは99年である。株主総会をはじめ、決算発表、株主や投資家向け広報のIRといった会では、あらゆる質問に対し、ほとんどすべてを私が答えていた。だが、海外の投資家の方々には興味を持っていただくのに、日本の投資家の方や、企業経営者の方には、上記のような話を繰り返す私に対し、「鈴木さんの話は、理解し難い」というのが定評となってしまったようだ。親しくしていただいた商社のトップの方には、「英語で話すと、鈴木さんの話は分かりやすくなって、会話もはずんで、理解できる」と、そんな評判を立てられたりした。私の英語が未熟で、ボキャブラリーや言い回しが単純、複雑なニュアンスなど、すべて捨て去らざるを得ないことで、分かりやすいだけのことで、なんだか恥ずかしい思いをした記憶がある。日本語で「愛しています」などと、恥ずかしくて、口が裂けても言えないけれど、英語なら「アイ・ラブ・ユー」と気軽に言えるようなものかもしれないといったレベルの話だと、がくぜんとしたものである。』
『「よくみれば なずな花咲く 垣根かな」。芭蕉の句である。ごく普通の情景を、「よくみれば」といった平凡な言葉をもちいて、優れた芸術表現にしてしまう。いまさらながら、すごいものだと思う。毎週、公園や道端に咲く花を目にしては、写真を撮って、掲載させていただいているのだが、今週の花は、ムクゲである。ムクゲというと、すぐに「道の辺の 木槿(ムクゲ)は馬に 食われけり」という芭蕉の句が浮かぶのだが、着想の次元の違う句である。私にとって、ムクゲの記憶は、子供の頃には残っていた小さな垣根のある家々や路地の風景と重なるようだ。小さな垣根によく見掛けたのが、目立たないムクゲの花だった。「十軒の 長屋とりまく 木槿かな」「夕暮れの 旅僧通る 木槿かな」。いずれも正岡子規の句である。ムクゲの垣根が消えた日本が今の日本なのだが、それが豊かさの象徴なのかどうか。年を重ねると、昔の風景が、鮮明な形で思い起こされるようだ。』

インターネットイニシアティブ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%A4%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96

ムクゲ/むくげ/木槿
https://www.uekipedia.jp/%E8%90%BD%E8%91%89%E5%BA%83%E8%91%89%E6%A8%B9-%E3%83%9E%E8%A1%8C/%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%82%B2/

 ※ 馬に食われたムクゲは、どの品種だったものか…。「道の辺の 木槿(ムクゲ)は馬に 食われけり」…。オレも、大好きな句だ…。何より、その破壊力が凄まじい…。人間にとっては、「鑑賞の対象であるムクゲ」も、馬にとっては、かっこうの「餌」に過ぎない…。ムシャムシャと、一心不乱に喰っているのだろう…。あの馬に独特の、鼻面や口元や、その動き…、咀嚼する時の音まで聞こえてくるようだ…。
 「そうか、お前にとっては、ごちそうか…。」一旦は、そう思ったであろう芭蕉だが、その獣と人の「とらえ方」の断絶を感じたその瞬間に、同時に、限りない「生命」としての連続・連帯に思い至ったような気がする…。