安保史映すミサイル防衛 迎撃頼みに限界

安保史映すミサイル防衛 迎撃頼みに限界
中ロが新兵器 「報復力の抑止」に回帰も
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61085380S0A700C2000000/

『世界のミサイル防衛は転換期に入った。米国がロシアや中国との軍事優位を保つ要素としてきた迎撃ミサイルへの信頼が揺らぎ、攻撃されたら報復する冷戦期型の抑止の比重が再び高まってきた。迎撃が難しい新型ミサイルの開発が進んだことが主因である。戦後の安全保障史を映し出すミサイル防衛の変遷は日本の安保政策とも密接に絡む。

日本政府は6月24日の国家安全保障会議(NSC)で地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」配備計画の断念を決めた。発射時に使うブースターを確実に安全な場所に落とせないと判明したからだと説明した。政府・与党内にはかねて配備の実効性に疑問が出ていた。』
『放物線を描く弾道ミサイルを撃ち落とす日米の迎撃システムは変則的な軌道で飛来する北朝鮮や中国の新型ミサイルに対処できないとの指摘があった。自民党では迎撃システムだけでなく敵基地攻撃能力も持つべきだとの意見が増えてきた。これはミサイル防衛の世界的な潮流である。』
『ミサイル防衛には2つの考え方がある。一つは迎撃などでミサイルを防ぐ能力を持つことにより敵の攻撃する意思をそぐ「拒否的抑止」、もう一つは強烈な報復能力を示すことで攻撃をためらわせる「懲罰的抑止」だ。

ミサイルを防ぐ盾を持つか報復する矛を持つか、という整理である。敵の発射を防ぐための敵基地攻撃は「拒否的抑止」に分類されるものの「懲罰的抑止」につながり得る矛の能力といえる。』
『冷戦期は矛の比重が大きかった。米ソは1960年代、先制攻撃を受けた場合に相手に核兵器で破壊的なダメージを与える報復能力を示すことで互いを安易に攻撃できない環境に置いた。矛と矛を突き合わせる相互抑止の考え方で「相互確証破壊(Mutual Assured Destruction=MAD)」と呼ばれた。

象徴的なのは米ソが72年に迎撃ミサイルの配備を制限する弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約を結んだことだ。盾(ABM)があれば矛(核兵器)を使うハードルは下がる。それなら互いに盾を持つのをやめた方が怖くて核を使えなくなるという「恐怖の均衡」の考え方だった。』
『冷戦が終わると状況は変わった。勝者になった米国は迎撃ミサイル開発に本腰を入れ始めた。クリントン米政権は93年に弾道ミサイル防衛(BMD)計画を発表し、日本など同盟国にも参画を求めた。

91年の湾岸戦争で米軍はスカッドミサイルによる攻撃を受けた。北朝鮮は98年に弾道ミサイル「テポドン」を発射した。防衛大の石川卓教授は「ならず者国家へのミサイル防衛が必要だという認識が米国で広がった」と指摘する。

この流れをブッシュ米大統領が加速させた。2001年にミサイル防衛(MD)計画を発表し、02年にはABM条約を脱退した。

日本も03年に地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)の導入やイージス艦への海上配備型迎撃ミサイル(SM3)搭載を決めた。イージス・アショアの配備計画はこの延長線上にあった。』
『ロシアや中国は米国のミサイル防衛網を突破する新兵器の開発に力を注いだ。たとえば変則軌道で飛ぶミサイルは既存の迎撃システムが対処しにくい。目に見える形で顕在化したのが19年だった。

同年5月以降、北朝鮮が低高度で変則軌道を描く新型ミサイルを相次いで発射した。中国は10月に極超音速ミサイル「東風17号」を初公開した。ロシアは12月に極超音速ミサイル「アバンガルド」を実戦配備したと公表した。

米国も対抗するような動きを示した。同年8月、18年に表明した通りロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約を失効させた。新たな矛として中距離ミサイルの開発を再開するためだった。

ミサイル防衛は矛と盾の組み合わせで構築するものだ。従来の弾道ミサイルに対処する迎撃システムの必要性はなくならないとはいえ、矛に頼る比重が増してきた。』
『石川教授は「盾が主流の時代は短かった。我々は矛の時代に回帰しつつある事実を受け入れる必要がある」と語る。国際関係論が専門の鈴木一人北大教授は「ミサイル防衛で米国優位になっていた軍事バランスが元に戻りつつある」と指摘する。

ミサイル防衛を巡る盾と矛の議論は日米同盟で日本を専守防衛の盾、打撃力を担う米国を矛と呼ぶのと重なる。米国は同盟国により大きな役割を求めるようになり、状況は変化しつつある。

ドイツ駐留米軍の削減計画を公表し、在韓米軍の駐留経費交渉は長期化している。日本との交渉も近く始まる。同盟国は自前の抑止力を備える必要性が高まる。

日本国際問題研究所の戸崎洋史主任研究員は北朝鮮が日本に攻撃を仕掛けた場合の想定として「米国による防衛が間に合わない状況になれば、日本は独自の敵基地攻撃も考えざるを得ない」と述べる。』
『鳩山一郎首相が国会で敵基地攻撃が自衛権の範囲内だと答弁したのは1956年のことだった。敵の攻撃を防ぐために他の手段がなければ憲法9条にも反しないと解釈した。政府は先制攻撃と区別し、国際法上も認められるとの立場をとる。

日本はそれから半世紀以上も必要な装備の導入をしていない。自民党内の議論再燃はミサイル防衛の軸足が「盾」から「矛」に移る世界の潮流と軌を一にする。安保環境の変化を踏まえた流れだといえる。

敵基地攻撃という言葉に抵抗感がある人はいるものの、迎撃が難しい北朝鮮や中国の新型ミサイルへの抑止力として必要だとの見方は強まっている。政府は今夏、新たな安保戦略の策定作業に着手する。机上の空論ではなく現実の脅威を見据えた議論をしてほしい。(安部大至)』