「掃海部隊」について(その1)

海自に「掃海部隊」と言うものがあることを、知ってるか?

最近、中東がきな臭く、「機雷」とか、「海峡封鎖」とか、取りざたされる感じなんで、そう言うことになると、この部隊がまた活躍することになるかもな…、と思って、紹介することにした。

https://www.mod.go.jp/msdf/mf/other/about/index.html

〔掃海部隊の紹介〕
 掃海隊群の誕生
昭和29年7月に自衛隊が発足、同年10月に防衛庁長官直轄部隊として第1掃海隊群が新編され、更に昭和36年には自衛艦隊の下に第2掃海隊隊群が新編、昭和44年には第1掃海隊群も自衛艦隊の下に編入されました。これ以降、第1掃海隊群は主に業務掃海と諸訓練を、第2掃海隊群は主に戦術その他の研究開発を担当しました。
掃海隊群は平成12年3月に第1掃海隊群と第2掃海隊群が1つに集約されて誕生した部隊です。

 掃海隊群改編
平成28年7月1日付で掃海隊群(司令部・横須賀)は新たな部隊改編を実施しました。
その一つは、大型輸送艦3隻で編成する第1輸送隊(呉)を隷下に編入するとともに、司令部要員の増員を得て、海上自衛隊で唯一の「水陸両用戦部隊」となったことであり、これにより従来にも増して、陸上自衛隊水陸両用部隊や航空自衛隊、更には米海軍・海兵隊とともに様々な訓練に参加するようになりました。
一方で機雷戦部隊も第1及び第3掃海隊において、掃海母艦と掃海艦艇を組み合わせた隊編成とする改編を実施し、機雷戦部隊の運用効率向上を図っています。

部隊の機構は、こんな感じ。

※ 「掃海」とは、文字通り「海域を、掃除する」というもので、敷設された機雷などを、除去して、艦船が安全に航行できるようにする…、ということだ。

※ 部隊の来歴・歴史を物語ると、以下のようなものだ。

『戦後の日本の沿岸海域には米国が敷設した約10,700個の機雷と日本海軍が防御用として敷設した約55,000個の機雷が残存していました。これらの機雷による船舶の沈没などの被害から 海上交通の安全を確保することが、わが国復興上の急務とされ航路啓開業務が行われました。
昭和25年には連合軍の要請により朝鮮戦争で敷設された機雷の除去に派遣され、平成3年には湾岸戦争後のペルシャ湾掃海作業のため、自衛隊初の国際貢献として海外に派遣されるなど の活動をしてまいりました。
また、大型掃海母艦の特性を活かし災害時の物資補給や掃海艇等の機動性を用いて捜索救援に従事しております。
平成20年3月、海上自衛隊体制移行に伴い、掃海隊群司令が地方隊掃海隊及び地方隊水中処分隊の水中処分班に対しても練度管理統括者として部隊を育成、向上させる役割を担い、年に約3回の機雷戦訓練と年に1回の実機雷処分訓練を実施しております。
また、水陸両用戦訓練として平成27年6月から10月の間、DawnBliz15に参加し、平成28年10月から11月には28FTX/KeenSword17を行っているほか、陸上自衛隊が西部方面隊で実施した日米共同方面隊指揮所演習「ヤマサクラ」にも掃海隊群の幕僚が参加しました。』

※ 太平洋戦争敗北後の日本の復興は、まず「シーレーン」を確保して、海外から必要な物資を運搬しなければならなかったが、それにはまず米軍及び日本軍が敷設した機雷の除去から始めなければならなかった…、という話しだ。上記の記述だと、合わせて6万5千700個の機雷があった…ということだ。気の遠くなるような数だな…。

※ 敗戦の5年後には、朝鮮戦争が勃発し、その時にも、この掃海部隊は活躍した。

※ 平成3年には、湾岸戦争後のペルシャ湾の掃海作業に駆り出され、派遣されて、活躍している。

※ その後、島嶼部への侵攻・占領などに対処するため、海自に水陸両用戦闘部隊(日本版海兵隊とも称されている)が設置されることになったんだが、それがこの掃海部隊に包摂されていたことは、知らんかった…。おおすみ型輸送船の保有、LCAC(ホバークラフト。エルキャックと、言うらしい)の操船に習熟していると言うことからの、判断だろうな…。

https://www.mod.go.jp/msdf/mf/other/history/index.html(日本の掃海史)